桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

「……そんな」

 俺は、書斎で立ち尽くしていた。
 古びた日記を持つ手が震える。
 つたない字で記された一文から、目が離せない。
 ここには、遠いむかし、尊敬する祖父から伝え聞いたことが記されている。

「……『李霞(リーシャ)』」

 彼女の母の名が、たしかにそこに記されていた。
 眠っていた記憶が、呼び起こされる。

「伝説は、真実だった。ならば李花(リーファ)は…………うっ!」

 きびすを返そうとした刹那、頭痛にみまわれる。

「っ……こんなときに、くそ……っ!」

 全身から汗が吹き出す。
 血が沸騰したように、からだが熱い。

 ──狼族特有の、発作だ。

 まだ日は高いというのに。
 月の気配にすら惑わされる俺は、飢えた獣も同然。

「このまま、李花のところへ行くわけには……」
「──宵月! おい宵月!」

 熱に浮かされたうわごとは、けたたましい叫びにかき消される。
 書斎に駆け込んできたのは、四蓮(スーリェン)だ。
 こんなに慌ただしいこいつの姿は、めずらしい。

「……なんだ。そんなに大声を張らずとも、聞こえて……」
「李花ちゃんが部屋からいなくなった」

 ──は?
 李花が、いなくなった?
 そう言ったか、こいつは。