桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

「そう、ですね……嫌いな食べ物は、ありません。なんでも食べます。ただ……」

 ──得体の知れない北方民族の血を引く娘なんて、だれも相手にするわけないでしょう。
 ──いやだわ、あんなぼろ布のために。

「寂しかったり、だれかの大事なものをないがしろにするひとは、嫌いです」

 無自覚のうちに、暗い表情をしていたのだろうか。
 瞳からこぼれそうになった涙を、長い指先がぬぐう。

「おまえには、大事なものがあるんだな」
「……はい。母さまの、領巾(ひれ)が……舞が得意なひとだったから、わたしにも教えてくれました」
「舞ができるのか」
「……すこしだけなら」
「俺はまったく舞えん。それにくらべれば、えらいものだ」
「独特な価値観をお持ちですね……ふふっ」

 大真面目に言うものだから、笑ってしまった。
 すると宵月さまも「ふ……」と口もとをほころばせ、わたしを抱き込んだ。

「おまえを害するやつがいるなら、俺が守ってやる」

 さらり、さらり。
 長い指先は、いつしかわたしの髪を梳いていた。

「だから李花、気が向いたらでいい。おまえの舞を、俺に見せてくれ」

 たくましい胸に抱かれ、思いきり呼吸する。
 宵月さまの香りが、ぬくもりが、わたしを満たす。
 生きているのだと、実感した。

「はい、宵月さま……きっと」

 わたしという存在は、このとき、産声を上げたのかもしれない。