桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

「それで李花ちゃん、『桃娘伝説』について知りたいって話だったけど、なんかわかった?」
「いえ……はじめて聞くお話でした。母も『桃娘』と同じ北方の出身でしたが、これといって故郷の話はしませんでしたし……」
「李花ちゃんのお母さんって?」
李霞(リーシャ)といいます。……いなくなりました」
「いなくなった?」
「はい、わたしが七つのときに」

 なぜわたしを置いていってしまったのか。
 母さまに、なにが起きたのか。
 わたしは、なにも知らない。

(たずねたところで、教えてくれるひとなんていなかったもの…………ん?)

 そこで、ふと気づく。
 宵月さまが、難しい顔で黙り込んでいることに。

「どうされました……?」
「李霞……その名を、どこかで聞いたことがあるような気がする」
「本当ですか!?」

 思わぬひと言に、わたしは身を乗り出してしまう。

「どこで聞いたのだったか……日記を読み返せばわかるかもしれん」
「日記……宵月さまの、ですか?」
「こいつ筆まめなんだよ。意外だろ?」
「意外は余計だ、四蓮」

 ぴしゃりと言い放ったのち、宵月さまは部屋を出て行かれる。
 向かった先は、書斎の方角だ。
 宵月さまの背を見送って、四蓮さまがつぶやく。

「狼族ってのはさ、気性が荒い種族なんだ。特に酷い迫害を受けていたから、学がなくて字が読めないやつも多かった」

 紫水晶のまなざしに、からかいの色はない。

「でも宵月は、狼族にしては温厚な性格だと思うよ。学ぶことにも意欲的だった。いまだに『古き良き狼族ガー!』とかわめいてる連中もいるけど、俺は、あいつがあいつだからここにいる」

 時代は移ろってゆく。
 その分岐点に立たされたとき、ひとはどの道を選ぶのか。

「変化を恐れずに受け入れてゆく……おふたりとも、すてきです」
「ははっ、照れちゃうね」

 飄々と涼しげな面持ちを崩さない四蓮さまが、すこし耳を赤らめていて。
 ……まぶしいな、と思った。

(宵月さまのこと、もっと知りたい……)

 そんなことを求めてしまうわたしは、欲ばりなのだろうか。