桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 ──はじまりは、数刻前。

「……わたしひとりで、『幽池(ゆうち)』に?」
「離宮を建てるために、必要なこと。美鈴(メイリン)さま直々のご命令でございます」
「でも、あの広大な荒れ地をひとりで整備するのは。何ヶ月かかるか……」
「はぁ……ご自分の立場が、おわかりでいらっしゃらないようですね」
「っ……!」
「妹君とは格が違うことを、いい加減理解なされませ。柳李花第一公主(こうしゅ)

 早朝。
 あばら小屋で(むしろ)(くる)まるわたしを叩き起こしたのは、異母妹(いもうと)──美鈴の侍女だった。

「得体の知れない北方民族の血を引く娘なんて、だれも相手にするわけないでしょう」

 侍女は息をするように、暴言を吐く。

「薄気味悪い髪ね。まるで老婆だわ」

 最後に唾を吐き捨て、侍女は去っていった。

(……情けない)

 侍女にあなどられても、なにも言い返せない自分が。
 だけど、この世に生まれて十八年。
 なにも言わずにいるほうが、ぶたれない。そう学んだ。

「はぁ……寒い……」

 立てつけの悪い戸をくぐると、そこは冴え凍る銀世界。
 びゅうびゅうと吹きつける北風が、肌を刺すようだ。

「だれかが一緒にいてくれたら、寒くないのに……なんて」

 笑ってしまうけど、願うだけならいいよね。

(わたしもいつか、だれかに必要とされたいな……)

 寂しいのは、嫌だもの。

「……母さま」

 すっかり色が落ちてしまった薄桃の布を丁寧に折りたたみ、ふところにしまい込む。
 舞の得意な母さまが使っていた、大事な大事な領巾(ひれ)
 わたしに遺されたのは、これだけ。

「わたしは、大丈夫」

 暗示をかけて、軒下に立てかけてあった竹箒をつかむ。
 心を無にして、わたしは冷たい雪の小路(こうじ)を踏みしめた。