桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 ──夜が苦痛でしかなかった。
 心安らかでいられる夜など、あるはずがなかったのに。

「……李花」

 寝台で眠る少女の白いほほに、指先でふれる。
 すこしふれただけだというのに、ふわりと、甘い香りが舞う。
 みずみずしい果実に似た香りだ。
 伽羅の香が薄れても、かたわらにある甘やかな香りとぬくもりは、変わらぬまま。

「っ……俺は、なにをしているんだ」

 嫁入り前の娘に、ぶしつけにふれるなど。
 いいや、俺が嫁にもらったのだったか。
 あぁもう、違う。
 自分で自分がわからない。

(これ以上は、よくない気がする)

 直感的に判断して、部屋を出る。
 むろん李花を起こさぬよう、足音を消して。
 まだ薄暗い明け方。
 自室に戻ると、あるはずのない人影があった。

「よっ! イイ顔してんね。昨晩は愛しの姫君としっぽりやれたか〜い?」
「……俺の部屋だぞ。不法侵入はやめろと何度言えばわかる、四蓮(スーリェン)
()()()親友じゃん。つれないこと言わずに仲良くしようぜ〜」

 案の定。長椅子に腰かけ我が物顔でくつろいでいたやつは、友という名の腐れ縁だ。
 四蓮は自由気ままな男だが、俺の前では特に奔放だ。
 具体的には、猫を被るのをやめる。

「無駄話はいい。さっさと要件を言え」
「はいはい、なにから話すかな」

 四蓮はふざけたやつだが、並外れた洞察力を持つ。
 ゆえに俺の腹心として、情報収集をになう。