桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 真紅の衣裳をまとい、盃を交わす。
 かたちばかりの婚礼を終えれば、いよいよ後戻りはできない。

 紺青の闇に、欠けた月が浮かぶ夜ふけ。
 香がただよう部屋にて、東宮さまを待つ。

(愛されなくてもいい)

 身寄りも教養もない。
 わたしにあるのは、この身ひとつだけ。

(契約のためだけの関係だとしても……わたしは)

 覚悟は、決まった。
 そうして迎えた初夜。

「精一杯、つとめさせていただき……」
「──痩せ我慢はよせ」

 部屋を訪れた東宮さまが、抑揚のない声で遮る。
 とんっと肩を押され、わたしは、あっけなく寝台へ沈み込んでしまった。

「本当は恐ろしいんだろう、俺が」

 寝台が軋み、東宮さまに組み敷かれる。

「恐ろしい……?」
「まだ虚勢を張るつもりか」

 わたしを見下ろす月色の瞳には、苛立ちがにじんでいた。

「狼は月明かりに狂う。今宵の俺は高ぶっているからな。嘘偽りは吐かないほうが身のためだぞ」
「っ……!」

 まばたきのうちに、両手首が寝台へ縫いとめられる。

「いまさら逃げられると思うなよ。おまえの命は、俺がにぎっているのだからな」

 東宮さまの目は血走り、口のすきまからは鋭い牙がのぞく。
 そしてなにより。ひとならざる獣の耳が、夜色の毛を逆立てていた。

(これが、東宮さまの真のお姿……)

 まさしく、ひとの姿をした獣だ。
 ぞわぞわと、肌が粟立つのを感じる。