桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

 ──月に、呑まれたかと。

 ばかげたことだとわかっている。
 だけど、そう錯覚してしまうのも仕方ない。
 真冬の池に落ちたとき、わたしが最後に目にしたもの──
 あれはたしかに、水面(みなも)に浮かぶ満月だった。

「──何者だ、小娘」

 びしょ濡れで岸辺にうずくまるわたしを、見下ろすひとがいる。

(……月、だ)

 夜空に浮かぶ満月。
 その白い逆光を背に、男のひとがたたずむ。
 ぎらつく黄金の眼光で、わたしを睨みつけながら。

「わ、わたしは李花(リーファ)……(リュウ)李花と、申します」
「……柳? 柳の血を引く者が、こんなところにいるものか」

 ハッと、鼻で笑われた。
「冗談も大概にしろ」とでも言わんばかりに。

「なぜなら、悪しき柳王朝は滅びたのだから。百年前、大義のために決起したわれら獣人族の手によってな」
「……えっ」

 柳王朝が、滅びた? 百年も前に?
 このひとは、いったいなにを言っているの?

「もう一度問う。──おまえはなぜ、わが(ラン)族の宮にいる、人間」

 そんなこと、わたしが知りたい。

(嘘だわ、こんなの……)

 池に落ちた、ただそれだけなのに。

(信じられない……)

 気がついたら、百年後の世だったなんて。