ガチ恋王子は結ばれたい

案の定、課題は捗らなかったらしい。波止場は授業中に「じゃあこの課題を……湊、前に出て解説書け」と言われ、できませんと背を丸めていた。
「うぅ……」
その一件ですっかり落ち込んだ波止場は、引き続き背を丸めながら弁当を食べている。隣に座りながら落ち込んだ彼をどう励まそうか考えた。
昼休みは空き教室で波止場と昼食を取る。これもお決まりの流れだ。王女姉さんが作ってくれた弁当を食べながら、じめじめしたオーラ満載の彼に声をかける。
「大丈夫だって。先生も怒ってなかっただろ? 実際、お前ができなかった問題集の課題って難しいやつだし」
「でも……」
「でもじゃないって。反省も大事だけど、落ち込みすぎも良くないぞ」
波止場の口に唐揚げを放り込んだ。もきゅもきゅと頬を膨らませ彼がそれを噛み締める。ほっぺが良く動くところがかわいい。弁当、全部あげたくなってしまう。
「美味しい……」
「だよな。王女姉さん、また腕上げてる」
「そ、それもあるけど、俺はその、王子くんが、たべ、あの、たべ」
「俺が何?」
波止場を見るが、彼は慌てたように視線を彷徨わせ始めた。そして唇を舐めると「なんでもない」と呟き、亀みたいに首を引っ込める。
「ふぅん……」
なんでもないようには見えないが、ただでさえ弱ってる時にしつこく追求すると波止場はパニックになってしまう。だから少し気にする程度に留めつつ、微笑みかけた。
「な、波止場。本当に無理なら俺が勉強教えるから、いつでも言ってくれよ」
あくまで自然に、自然に。勉強会にかこつけてデートしたいなんて下心が透けないように、友達っぽく。
波止場は空中に視線を彷徨わせたあと、うんと頷いた。
「その時はお願いするね。いつも、ごめんね」
「だから謝るなって。波止場は十分頑張ってるんだからさ」
「で、でも俺が解けなかった問題、結局王子くんが解いてくれたし……」
へにょへにょと波止場の背が丸まっていく。
確かに指名された波止場が解けなかったあと
「じゃあ湊……といえばお前だな、皇。代わりに解いてみろ」
と俺が指名されたが、別に嫌ではなかった。なんなら二人セット扱いが嬉しかったくらいだ。内心「こんなの学校公認じゃん……」とか思ってたし。
「俺、情けないな……。こんなんじゃ……」
波止場の背は際限なく丸まり続け、とうとう机に突っ伏しそうになる。その背をぺちんと叩いた。
「お前にはお前しかない、いい所あるだろ? いちいち落ち込むなって」
「……うん。ありがとう、王子くん」
叩いたところを軽くさすってやると、波止場がくすぐったそうに笑う。それが嬉しくて、つられて笑ってしまった。二人きりの教室で二人分の笑い声が響く。
「じゃあ、はいこれ」
「んぐ」
そこで口の中になにかが差し込まれる。噛むと、じゅわっと出汁の味が広がった。優しい塩味と卵のマイルドさ、だし巻き玉子だ。
「俺からもお礼に、あげる」
「……」
一拍遅れてあーんしてもらったことに気付いた。胸の内から喜びが溢れて飛び跳ねそうになるが、だし巻き玉子を飲み込んでそれをひた隠す。
「ありがとう、美味い」
「本当? それ……昨日のうちに俺が作ったんだ。まずくなくて、よかった」
「(手作り!?)」
それを先に言ってくれもっともっと味わって食べたのに。そう思うが、既に遅い。
仕方ないので今の味を脳裏にゴリゴリ刻み込みつつ、残念そうに見えないよう表情を取り繕った。
「そっか。美味いよ」
「へへ」
ふにゃふにゃと波止場が笑う。かわいい。俺がどうにかなってしまう。
楽しく話しながら昼食を終えるが、まだ昼休みは残っていた。弁当箱を片付け、残り時間をだらだらお喋りに費やす。
「え、今日の朝、フレンチトーストだったんだ。いいなぁ」
「波止場、好きだもんな。あのハムとチーズが入ったやつ」
「うん。普通のお店だとハムとチーズが入ってない、甘いのしかなくて……。も、もちろんそれも好きなんだけど」
「まー、中々ないよな。じゃあ今度うち来いよ。王女姉さんなら喜んで作ってくれるだろうし……、そうじゃないなら俺が作るよ」
「王子くんが作ってくれるの?」
ぱっと波止場の表情が明るくなった。その表情に心臓が脈打つ。心がそわついて、指先が勝手に揺れた。
「そうだけど……そんな喜ぶことか? 俺より王女姉さんの方が料理、美味いぞ」
「で、でも……。俺、せっかくなら王子くんに作って欲しくて……。嫌だったら、いいんだけど」
「嫌じゃねぇよ。俺が作るって言ったんだし」
「ほんと? う、嬉しい.……」
頬を染めてもじもじしつつ喜ぶ波止場を前に、王女姉さんからフレンチトースト作りを学ぶことを決意した。
「(波止場の人生に刻まれる最高のフレンチトースト、食わせてやるからな……)」
「王子くん……? な、なんか気合入ってるね?」
危ない。急いできらっきらの王子様スマイルを浮かべる。
「そうか? 料理なんて久しぶりだからかもなー。ほら、いつもそういうのは王女姉さんがやりたがるからさ」
「そっか……?」
訝しげにしつつも、波止場は一応納得のか頷いた。危なかった。
それから、いつも通り二人で他愛ない話をして過ごした。
朝も昼も放課後も俺たちはずっと一緒。十二年前からずっと、ずっと一緒だ。
付き合ってはいないものの、付き合うのは時間の問題。万が一波止場が約束を忘れていても、今の波止場から好意を感じるのは確かだ。
俺たちはいつか結ばれる。今は結ばれる前の穏やかで幸せな序章。
そのはずだと信じていた。この時までは。