ガチ恋王子は結ばれたい

「王子くん。今日の課題、終わってる?」
波止場の家から学校までは歩いて二十分前後。隣を歩く波止場の横顔に見とれながら、一緒に通学路を歩いていた。正直毎朝おいおい登校デートだぜ! とと思っている。
「当然、昨日の時点で終わってる。予習もばっちりだ」
「だよね。王子くん、いつもちゃんと終わらせてるもんね。偉いよ」
「そう言うってことは、今日の課題終わってないのか」
「うん。恥ずかしいんだけど、今日の課題は難しくて、まだちょっと残ってるんだよね」
波止場はいつも夜のうちに課題を終わらせるが、たまに夜だけでは時間が足りず朝の教室で残りの課題をする。
波止場はその度に気まずそうにするが、別にそれが悪いとは思えなかった。
「全然普通だろ。うちの学校、課題が多いし仕方ないんじゃないか?」
俺たち二人はバリバリの進学校に通っている。そこは進学校らしく、ありえないほど課題が出るのだ。課題さえこなせば予習も復習も受験勉強もできるのが唯一の救いだが、波止場には少し大変だろう。
何せ彼は成績が良かった俺と同じ学校に入るため、平均程度だった偏差値を一生懸命上げてこの高校に入ってくれたのだ。
あの時は感動した。波止場の受験番号が合格者の欄にあるのを見た瞬間、自分の合否確認を放り出して泣いてしまったくらいだ。
「波止場、俺が勉強教えようか? 俺たちクラスも同じなんだからさ、課題だって同じところ出てるだろ」
この高校に入ってから何度も何度も繰り返した提案を繰り出す。だが波止場は今回も首を振る。
「ううん。王子くんに頼ってばっかりじゃいられないよ……。そ、それに最近、成績がちょっと上がってきたんだ! 中の下くらいにはなれてきたし……」
彼はそこで僅かに浮かべていた笑みを引っ込め、背中を丸めて落ち込んでしまう。涼しい風が寂しく吹き抜けていった。
「で、でも王子くんはいつも上位五番以内だよね。こんな話聞いても全然だよね。比べると恥ずかしいよ……」
「恥ずかしくなんかねぇよ」
自虐めいた笑いがこもったその言葉を、遮った。
「波止場は頑張ってるし、その努力だって十分実を結んでる。そもそもうちの学校で中の下って全国的に見れば上位だぞ。胸張れよ」
何一つ恥ずかしいことなんてない。波止場は今日も完璧だ。じっと見つめると、彼はますます背を丸めてしまった。
「う、うん……。ありがとう、王子くん」
「いいって」
「ありがとう……」
もう一度お礼を言われる。俺の即物的な部分が「お礼に手でも繋いでくれねぇかな」とも言いだしたので、殴って黙らせた。
そうしていると学校が近付いてくる。そして学校が近付くほど、あちこちから視線を感じた。
「あ、王子様だ」
誰かが囁き、噂し、俺を盗み見る。尊敬と好意のざわめきが広がった。
「あのさ、王子って本名なんでしょ? で、苗字が皇! 本当に王子じゃん」
「顔、良~~!」
「髪長いけど、手入れされてるよね。マメなところマジ推せる」
きゃあきゃあと歓声が聞こえ始める。毎朝のことだが何度聞いても嬉しい。
王子様ロールプレイと綺麗な顔が幸いし、俺は学校の王子様ポジションを貰っていた。名前も王子だし、収まりが良かったのだろう。
このポジションを嫌がる人もいると思うが俺は満足している。褒められると嬉しいし。
「てか、今日、いつもよりビジュ良くない?」
誰かがそう言った。向けられる視線の数がぐっと増える。いつもならこっそり見ている生徒たちが、今日は顔をこっちに向けて俺を見ていた。
「わ、ほんとだ」
「そう? いつも顔良くない?」
ひそひそ声が増え、密度を増していく。視線と噂が俺たちを包んでいる。
「お、王子くんっ!」
そこで波止場が不自然な大声で名前を呼びながら、不自然に両手をわたわたさせた。
「波止場? どうしたんだ?」
「えっと……」
思い切り言葉を濁す波止場。その間もあちこちから視線を感じる。
「あ、ええと、その……」
波止場はとにかく手足をばたばたさせていた。後ろから「なんかあのでかいの、邪魔! 見えないじゃん」ととんでもない野次が飛ばされる。
波止場がでかければでかいほどいいんだ。趣味が合わないな。そう思ってたところで、一人の女子生徒が近寄ってきた。快活そうなショートカットと小麦色の肌が眩しい、かわいい子だ。俺に向いてた視線が彼女に移る。
「あ、あの。私潮見 渚(しおみ なぎさ)って言って、一年で、皇先輩の後輩で、あの、一年で」
彼女は足を子鹿のように震わせて、緊張しきった表情を浮かべている。そのまま三回くらい自己紹介を繰り返した後、結構な勢いで手紙を押し付けてきた。
「ふ、ファンです。いつもありがとうございます!」
真っ赤な頬とぷるぷる震える健気な肩。それについ微笑みが漏れた。その手紙を丁寧に、決してしわがよったりしないように受け取る。
「ありがと。あんたみたいな人が見ててくれるから、俺も王子様やり甲斐ある。渚ちゃんね。……覚えたから、もう忘れないよ」
封筒には王冠のシールが貼られていた。「これって俺イメージで貼ってくれたのか? 嬉しい」と素直に言えば、彼女は口をはくはくさせながら頷く。
そして凄まじい勢いで逃げていき、校門で待っていた別の女子生徒に抱きついた。渡せたー! という元気な声が聞こえ、その女子生徒が渚の頭を撫でる。麗しい友情。
「ファンレターだって。ありがたいよな」
SNSをやってる訳でも、頻繁に他者と交流してる訳でもないのに、たまにこうしてファンになってくれる子がいる。この学校に入ってから三通目のファンレターだ。
「うん……。ら、ラブレターじゃないんだね……」
波止場は非常に変な顔をしながら言った。酸っぱくて硬いと思って食べたものがどろどろで無味だった時みたいな顔だ。
「あの雰囲気はガチファンレターだな。なんとなくわかる」
「ふ、雰囲気でわかるんだ」
「まーな」
波止場がますます変な顔をする。この光景を心の中の「波止場のレアな表情フォルダ」に入れておく。
「わかるのって、告白慣れしてるからだよね。……王子くんって、彼女、欲しい?」
「えっ」
突然の言葉に動揺してしまった。俺が欲しいのは彼女じゃなくてお前なんだがという前のめりすぎる台詞が喉まで出掛かり、強引に引っこめる。
「ごめん。つい、その、気になっちゃって」
「別にいいよ。お前は?」
できるだけ自然に「お前も彼女欲しいか?」と問いかけたつもりだった。ここで「王子くんとなら……」みたいな返事を求めてたが、波止場は質問内容を「告白されたら彼女欲しいか?」だと勘違いしたらしい。
「俺なんかに告白してくれる女の子なんていないと思うし……」
彼はよりにもよってそう言った。
「は?」
威圧的な声が出てしまった。波止場が怯えたので、王子様のように微笑む。波止場は赤面した。ごまかせたみたいだ。
「(波止場……俺たちの約束、忘れてないよな? 俺たち結婚するんだよな、今度はお前からプロポーズしてくれるんだよな!?)」
心の中で問いかけるが、返事は来ない。今の発言は「王子くんは男の子だから女の子には含まれていない」的な解釈をすることで心の平穏を保つ。
「(……って言っても、十二年も前のことだからな)」
なんだかんだ言いつつ、本当は十二年前の約束なんて覚えてる方が変だとわかっている。波止場が忘れていたって仕方のないことだ。
だから彼が万が一忘れていても仕方ない。我慢する、妥協する。
俺が彼に告白して貰えるような王子様になれば、結果は同じなのだから。
ファンレターをきゅっと握った。俺が王子様であることを他者が証明してくれる。
それが強く俺の心を支えていた。