ガチ恋王子は結ばれたい

波止場と俺はいわゆる幼馴染だ。十二年前、つまり俺が五歳の時に波止場の隣へ引っ越してきてからずっと付き合いがある。
そして俺は、十二年前から美少年だった。
美少年というのは希少価値がある。しかし子供は珍しい子供を持て余すものである。俺は引っ越してすぐ女子にモテ、男子たちには虐められた。
虐められたと言っても突き飛ばされるとか、ちょっと叩かれるとか、そんなものだ。だが家の中で姉たちに「世界一の王子様」と愛され、のびのび育てられた俺にとって、そのショックは凄まじかった。
そこで、庇ってくれたのが同い年の波止場だったのだ。
他の男子たちの間に割って入り、安心させるように微笑んでくれた波止場は大変格好よく、それはもう素敵で素敵で素敵で。あの時の光景は今でも鮮明に思い出せる。
この時恋をしたのだ。頭のてっぺんからつま先まで、魂まで丸焦げになるような恋を。
それから俺は彼と結ばれるために努力をした。勉強だって、運動だって、メイクだってそうだ。周囲の人からは完璧だの、天才だのと褒められた。でもこれだって全て波止場のため。
彼は俺にとって完璧な王子様。だから俺も彼のために完璧な王子様になりたい。
全ては大人になった時、彼に「結婚して」と言ってもらうため。
俺と彼が結ばれる、完全無欠のハッピーエンドのために。


「(はぁ~~かっこいい、かわいい! 完璧! 今日も好きだ!! 好き! 大好き!!)」
幼い頃から波止場は朝に弱い。幼少期からそんな彼の寝ぼけ顔を『起こしに行く』という名目で堪能していたら、いつの間にか毎朝俺が起こしてあげるのが決まりになっていた。役得ってこのためにある言葉だ。
波止場の肩まで伸びた髪には無防備な寝癖がついていて、暗い色の瞳は眠たげ。控えめな瞼は時々ぱちりと瞬きしていた。こういうところはかわいい。
しかしベッドに置かれた手が骨ばっているところとか、唇がちょっと厚めなところとか、百八十センチを超える長身とか、そういうのはセクシーでかっこよくギャップにドキドキしてしまう。
「(好きだ……)」
「おはよう……」
寝惚けているのか二度目の挨拶をかます波止場。かわいすぎる。俺は溢れかけた好きを心の奥へ仕舞い込んだ。
波止場が好きだ。そりゃもうガチ恋だ。俺は波止場と結ばれるために生活し、波止場と添い遂げる気で生きている。
「(だけど、そういうの、ちょーっと王子様じゃなんだよな……)」
俺にとって波止場は王子様。だから俺も王子様でありたい。
そして王子様に『全てを投げ打ち、何がなんでも結ばれようとしてくるガチ恋激重幼馴染』なんてポイントは必要ないのだ。
そりゃ俺だって波止場に俺の全てを受け入れて欲しいが、それ以上にふられたくない。結婚できなければどんな努力も水の泡だ。
もちろん、結婚の優先順位が高いだけで受け入れてもらうのを諦める気はない。なに、一度付き合えばこっちのものだ。付き合ったあとに本性を徐々に晒していき、その過程で俺にメロメロ骨抜き首ったけにすればいい。
「ふふ、逃げられると思うなよ……」
「……? 王子くん、何か言った?」
「何も」
危ない。欲望が出てしまった。
とにかく全ては付き合ってから。波止場に告白してもらうまではガチ恋本性を隠さなければ。
だから俺はあくまで完璧に、王子様然とした笑みを浮かべてみせる。
「ほら、とりあえずベッドから起き上がれよ。学校だぞ学校」
「う、うん……」
波止場はもぞっとベッドから起き上がる。その際に長い前髪が落ちて、彼の目を隠してしまった。完全に隠れているわけではないので角度によっては見えるが、見えないときはとことん見えない。
ちょっと勿体ないが、これはいつも通り。確実に波止場の両目を見られるのは、今や朝起こしに来る俺だけの特権なのだ。
結婚したら毎朝起こしてやるからな。結婚結婚言ってるが、俺たちが結婚できる年齢になっても法的に無理な可能性もあるのでその場合は事実婚でもいい。
「よし、起きたか? 意識ははっきりしてるか?」
「うん。大丈夫だよ、王子くん」
「良かった。じゃあ今日も待ってるから、準備終わったら学校に行くぞ」
こく、と波止場が頷く。二人でリビングへ戻ると、波止場は急いで朝食を食べ始める。
その姿をうっとり眺めながらソファーに座らせてもらい、彼の支度が終わるのを待つ。
彼を起こし、彼を待ち、一緒に登校すること。これが小学校時代から続く平日朝のルーティンになっていた。高校二年生の今日日まで同じ学校に通えている事実にも感謝だ。
波止場のご両親はたまに「よその家の子に起こして貰うなんて」と言うが、俺は「将来的にこの家の子にもなるんだから気にせず言って欲しい」と思っている。
「王子くん、お待たせ」
準備中の波止場を堪能しながら残りの予習を済ませていると、制服に着替えた波止場が戻ってきた。髪がぴょんと跳ねている。
夏休みが終わって九月になったものの、まだまだ残暑。俺も彼も半袖だ。一応俺は薄手の上着を羽織っているが。
「(波止場、半袖も似合うなー。あんま他の人に見せびらかすのは勿体ない……いや、世界中の人間に波止場の良さを見せびらかしたい……)」
矛盾する気持ちに葛藤しつつ、その髪に手を伸ばした。
「お前寝癖、直ってないぞ」
「え、ほんと?」
波止場が申し訳そうにしながら身をかがめる。180センチ超えの波止場と172センチの俺では結構な差があるのだ。そういう気遣い、大好きと思いながら寝癖を直す。髪は既に寝癖直しミストで濡れていたので、手ぐしで直った。
「王子くんの方が髪長いのに、いつも綺麗だね。さすがだよ」
申し訳なさそうな波止場がそう言って、俺の髪を見やる。確かに俺の髪は背中の半分まで行くくらい長い。
何故なら、小学生時代に波止場が「王子くんの髪って綺麗だね」と言ったからだ。俺は彼が好きと言ってくれた部位を増やすために伸ばしている。
「当然だろ。ほら行くぞ、波止場」
「う、うん」
二人で揃って家から出る。波止場は眩しそうに目を細めてから、はにかんで笑った。
「そうだ。王子くん、今日、綺麗だね」
心臓が止まったかと思った。膝から崩れ落ちそうになったが無理矢理立て直し、あくまでスマートに微笑む。
「そ、そ、そうか?」
声が震えてしまった。馬鹿野郎我慢しろ。
「うん。いつも綺麗だけど……。今日はいつもより綺麗に見えるな。なんでだろう……」
波止場の指が伸びて、目元にちょんと触れた。それから硝子細工にでも触れるような優しい手つきで目元を撫でられる。
「(好き……!)」
当たり前のように優しく触られ息が詰まった。言葉が出ないまま波止場を見上げていると、指を引っ込められてしまう。
「ご、ごめん。つい。メイクしてるのに触っちゃった」
「いや、別にいいって。褒めてくれたんだろ? 今日は新しい下地試したんだけど、調子よくてさー」
完全に止まりかけた心臓を無理矢理動かし、全然気にしてませんよみたいな雰囲気を出す。
しかし内心バクバクだ。俺は震える指先を誤魔化すため、手を握りこんだ。
「(波止場、好き……! 今のは格好よすぎるだろ!! うおお!)」
こっそりスマホのインカメで自分の顔を確認する。よし、美しい。
「ありがとう、波止場。……お前がそう言ってくれて、嬉しいよ」
そして、きっちり溜めに溜めてから王子様スマイルを作った。波止場が僅かに頬を赤らめ、視線を落とす。
「うん……」
おいこれは脈アリだろ。勢いで「付き合って」と言いそうになり、無理矢理言葉を飲み込む。
彼はあの時「僕から言うね?」と言ってくれたのだ。俺はあの約束を信じているし、愛してもいる。だから俺からは言わない。彼に相応しい王子様になって待つだけだ。
「こ、今度こそ行こっか。王子くん」
「あぁ」
俺はそのまま波止場と並び、学校へ向かった。
いつか手を繋いで行きたいなと、そんなことを考えながら。