結局俺は薔薇の香水と宇宙の香水、それからいくつかのお香を買った。波止場も森の香水と、家族のお土産用にお香を買っていた。
それから二人で祇園やそこに連なる大通りを巡り、ショッピングを楽しんでから集合時間ギリギリにホテルへ戻った。
「色々持ってもらってごめんな、波止場」
「ううん。全然気にしないで」
現在、俺の荷物はほとんど波止場の元にある。ついついあれこれ買ってしまったので、波止場の荷物はかなり重そうだ。
「おーい。ちょっと伝達事項があるから集まってくれ。いないやつにはあとから伝えといてくれよ」
そこでホテルのロビーにいた先生が声を上げた。わらわらと生徒たちが先生に近寄っていく。
「波止場、俺、荷物置いてくるよ。伝達事項聞いといてくれ」
「いいよ、俺が置いてくる。王子くんこそ、伝達事項後で教えてね」
波止場は微笑み、荷物を抱えて部屋に戻ってしまった。代わりに先生の方へ向かう。
伝達要項は大浴場にタオルの忘れ物があったとか、そんなものだった。しかし先生はそのまま
「いやー、それにしても修学旅行か。先生ももちろん高校の時に行ったんだけど、その時は広島だったんだな。それで」
と長々自分の思い出話を始める。
「うわ……長くなりそう」
「もう疲れたよー。部屋帰りたいよー」
周囲の生徒がざわついた。しかし先生は上機嫌で広島焼きの感想を語り続けた。
そうして三十秒の伝達と十分近い思い出語りが終わり
「じゃ、解散。今日も大浴場お借りするけど、荷物忘れないようになー」
という言葉と共にようやく解放される。
「疲れた……」
どった疲労が湧いてきた。たかだか十分の話だが、歩き回って疲れた身体には毒だ。
一旦部屋に戻り休もう。そう思ってエレベーターの方に足を向けると、声をかけられた。
「皇くん」
声をかけてきたのは、三国 円さんだった。ふわふわのワンピースを纏い、控えめな微笑みを俺に向ける。
「お話したことないよね。初めまして、私、三国っていいます」
「あぁ、初めまして。三国 円さん、名前は聞いてますよ」
俺の言葉を聞いて彼女はぱっと表情を明るくする。お姫様であり、花のような女の子だなと思った。
それから彼女は周囲を見渡し、ひっそりと俺に囁く。
「ごめんなさい。その、二人でお話したいことがあって……。ついてきて貰っても、いいかな?」
「あー……」
彼女が恥ずかしそうに、それでいて期待と熱を秘めた目で俺を見ている。覚悟の決まった雰囲気から何となく『お話したいこと』の内容を察してしまった。
多分、告白だ、これ。
「いいよ。どこ行けばいい?」
俺は頷いた。波止場がいる限りその告白は受け入れられないのだが、王子様な俺が魅力的に見える気持ちはよくわかる。
誰かに恋する気持ちは、それ以上によくわかる。あのがむしゃらになれる感情を無下になんて、できない。
「あっちの非常階段の方まで、いい?」
「うん。いいよ」
二人で人目を気にしながら非常階段の方へ向かう。
薄暗いそこは無人だった。寒々しい階段が上へ上へと続いている。
「……来てくれてありがとう」
その中で三国 円は緊張しきった声でそう言って、精一杯の笑みを作ってみせた。この笑みを前にすると不気味な非常階段が花畑にすら見えてくる。
「わかってると思うんだけど、言うね。私、皇くんが好きです」
告白の時、敬語を使う人は多い。それは緊張しているからなのかもしれないし、胸の内を丁寧に明け渡したいからなのかもしれない。
「最初は一目惚れで……それからこっそり見ているうちに、もっと好きになりました」
それなら、とても素敵な敬語の使い方だ。
「もちろん皇くんとは話したことがないので、皇くんは戸惑うと思います。だからこれは告白ですが、付き合ってとはいいません」
彼女は勇気を振り絞るように唇を一度引き結んだ。手が震えている。足が震えている。
それなのに彼女は俺から目を逸らさなかった。俺も目を逸らさない。
「……皇くん」
彼女の大きな瞳は希望と期待と不安で怖いくらいに煌めいている。
「私とお友達に」
その時、背後で音がした。三国さんが顔を強ばらせ、俺は反射的に振り返る。
「あ……\」
非常階段の入口に立っていたのは、波止場だった。
彼は顔を強ばらせ、恐れるようにこちらを見ている。目には罪悪感が浮かんでいた。
「港くん」
三国さんが波止場を呼ぶ、驚いたように。しかしそれはすぐに申し訳なさそうな声色に変わった。
「港くん……ごめんね」
なぜここで三国さんが謝るのか分からなかった。その言葉を受けて波止場が弾かれるように走り出す。
多分俺がすべきことは、告白現場を見られた三国さんへの対応だ。それが王子様だし、人としても必要なことだと思う。
それでも俺は波止場の方を見た。彼を追いかけようと反射的に走り出し、その足を無理矢理止めて三国さんの方を振り返った。
「三国さん、今の話」
「皇くん。いいよ。私の事は気にしないで」
三国さんは俺を見て何もかもを悟ったような瞳で笑った。何だか悲しくなった。しかしここで俺が悲しむのは間違いだと分かっている。だから、微笑んだ。
「うん。行ってきます」
そこからは振り返らず、走って非常階段を出た。波止場はちょうどホテルを出るところで、俺は彼を走って追いかけた。
それから二人で祇園やそこに連なる大通りを巡り、ショッピングを楽しんでから集合時間ギリギリにホテルへ戻った。
「色々持ってもらってごめんな、波止場」
「ううん。全然気にしないで」
現在、俺の荷物はほとんど波止場の元にある。ついついあれこれ買ってしまったので、波止場の荷物はかなり重そうだ。
「おーい。ちょっと伝達事項があるから集まってくれ。いないやつにはあとから伝えといてくれよ」
そこでホテルのロビーにいた先生が声を上げた。わらわらと生徒たちが先生に近寄っていく。
「波止場、俺、荷物置いてくるよ。伝達事項聞いといてくれ」
「いいよ、俺が置いてくる。王子くんこそ、伝達事項後で教えてね」
波止場は微笑み、荷物を抱えて部屋に戻ってしまった。代わりに先生の方へ向かう。
伝達要項は大浴場にタオルの忘れ物があったとか、そんなものだった。しかし先生はそのまま
「いやー、それにしても修学旅行か。先生ももちろん高校の時に行ったんだけど、その時は広島だったんだな。それで」
と長々自分の思い出話を始める。
「うわ……長くなりそう」
「もう疲れたよー。部屋帰りたいよー」
周囲の生徒がざわついた。しかし先生は上機嫌で広島焼きの感想を語り続けた。
そうして三十秒の伝達と十分近い思い出語りが終わり
「じゃ、解散。今日も大浴場お借りするけど、荷物忘れないようになー」
という言葉と共にようやく解放される。
「疲れた……」
どった疲労が湧いてきた。たかだか十分の話だが、歩き回って疲れた身体には毒だ。
一旦部屋に戻り休もう。そう思ってエレベーターの方に足を向けると、声をかけられた。
「皇くん」
声をかけてきたのは、三国 円さんだった。ふわふわのワンピースを纏い、控えめな微笑みを俺に向ける。
「お話したことないよね。初めまして、私、三国っていいます」
「あぁ、初めまして。三国 円さん、名前は聞いてますよ」
俺の言葉を聞いて彼女はぱっと表情を明るくする。お姫様であり、花のような女の子だなと思った。
それから彼女は周囲を見渡し、ひっそりと俺に囁く。
「ごめんなさい。その、二人でお話したいことがあって……。ついてきて貰っても、いいかな?」
「あー……」
彼女が恥ずかしそうに、それでいて期待と熱を秘めた目で俺を見ている。覚悟の決まった雰囲気から何となく『お話したいこと』の内容を察してしまった。
多分、告白だ、これ。
「いいよ。どこ行けばいい?」
俺は頷いた。波止場がいる限りその告白は受け入れられないのだが、王子様な俺が魅力的に見える気持ちはよくわかる。
誰かに恋する気持ちは、それ以上によくわかる。あのがむしゃらになれる感情を無下になんて、できない。
「あっちの非常階段の方まで、いい?」
「うん。いいよ」
二人で人目を気にしながら非常階段の方へ向かう。
薄暗いそこは無人だった。寒々しい階段が上へ上へと続いている。
「……来てくれてありがとう」
その中で三国 円は緊張しきった声でそう言って、精一杯の笑みを作ってみせた。この笑みを前にすると不気味な非常階段が花畑にすら見えてくる。
「わかってると思うんだけど、言うね。私、皇くんが好きです」
告白の時、敬語を使う人は多い。それは緊張しているからなのかもしれないし、胸の内を丁寧に明け渡したいからなのかもしれない。
「最初は一目惚れで……それからこっそり見ているうちに、もっと好きになりました」
それなら、とても素敵な敬語の使い方だ。
「もちろん皇くんとは話したことがないので、皇くんは戸惑うと思います。だからこれは告白ですが、付き合ってとはいいません」
彼女は勇気を振り絞るように唇を一度引き結んだ。手が震えている。足が震えている。
それなのに彼女は俺から目を逸らさなかった。俺も目を逸らさない。
「……皇くん」
彼女の大きな瞳は希望と期待と不安で怖いくらいに煌めいている。
「私とお友達に」
その時、背後で音がした。三国さんが顔を強ばらせ、俺は反射的に振り返る。
「あ……\」
非常階段の入口に立っていたのは、波止場だった。
彼は顔を強ばらせ、恐れるようにこちらを見ている。目には罪悪感が浮かんでいた。
「港くん」
三国さんが波止場を呼ぶ、驚いたように。しかしそれはすぐに申し訳なさそうな声色に変わった。
「港くん……ごめんね」
なぜここで三国さんが謝るのか分からなかった。その言葉を受けて波止場が弾かれるように走り出す。
多分俺がすべきことは、告白現場を見られた三国さんへの対応だ。それが王子様だし、人としても必要なことだと思う。
それでも俺は波止場の方を見た。彼を追いかけようと反射的に走り出し、その足を無理矢理止めて三国さんの方を振り返った。
「三国さん、今の話」
「皇くん。いいよ。私の事は気にしないで」
三国さんは俺を見て何もかもを悟ったような瞳で笑った。何だか悲しくなった。しかしここで俺が悲しむのは間違いだと分かっている。だから、微笑んだ。
「うん。行ってきます」
そこからは振り返らず、走って非常階段を出た。波止場はちょうどホテルを出るところで、俺は彼を走って追いかけた。

