ガチ恋王子は結ばれたい

気もそぞろなまま着替えを終え、食事を終え、二日目の自由行動が始まる。
自由行動とはその名の通り自由行動であり、夕方までにホテルへ戻ればなんでもOKというゆるゆるルールだ。ありがたい。
俺は頬擦りの衝撃が抜けず上っ面だけの王子様ムーブを続けていたが、バスで祇園にたどり着いた所でようやく自分の服に気が付いた。
そう、今来ているのはオフホワイトのカーディガン。それからキャメルのズボンに薄いレースがあしらわれたシャツ。完全かわいい系、波止場の為の服だ。
「波止場」
見て、というように手を広げる。それだけで波止場は全てを察したようで、ふにゃりと口元を綻ばせた。
「似合うよ。王子くん」
「まぁな。かわいい系もいいだろ?」
「うん。とってもかわいい」
その声が少し熱っぽい気がして、背筋がむずむずした。嫌ではないが、嬉しいが、落ち着かない。そんな俺に気がついていないのか、波止場はもう一度言う。
「かわいい、王子くん」
ここは祇園、観光客が行き交う道の端っこだ。その中で囁かれた波止場の声は甘すぎるほど甘いもので、通りがかっただけの老夫婦が「まぁ」と赤面する。
俺も恥ずかしいやら嬉しいやらでぎゅんぎゅん体温が上がりそうになったが、手を握りしめて我慢した。
「王子くん、顔、赤いよ?」
我慢したが、無駄な抵抗だった。波止場は「どうして?」という顔で俺を覗き込んでいる。
波止場は頬擦りしたら土下座するのに、突然「かわいい」とか言って大胆になる。俺がこうなってるのはお前のせいだぞ。
「や、なんでもない」
「なんでもない……本当に?」
「俺の言うこと、信じてくれるだろ?」
その言葉に波止場はちょっと心配そうにしつつも黙り込んだ。
恥ずかしがる自分に鞭を打ち、格好よく笑う。
「波止場に褒められるのが、いちばん嬉しい。ありがと」
ちょっとしたお返しのつもりだったのに、波止場は頭を抱えて蹲ってしまった。
道の端っこにいて良かったと思いながら彼を立たせ、ようやく祇園散策に向かう。
「……街並み、綺麗だね。法で色とか建物の高さとかが厳格に決められてるんでしょ? 凄いなぁ……」
歩道に沿って並ぶ建物は映画やドラマで見るような、歴史ある作りをしていた。瓦屋根や犬矢来をじっくり見たのは初めてかもしれない。竹垣や立て札だって物珍しい。
「それで、王子くんが行きたいのはお香屋さんだっけ?」
「そ。香水も最近出しててさ、そのショップで扱ってるみたいなんだ」
「そっかぁ。……うん、もうちょっとでつきそうだね」
波止場がスマホでマップを見ながらそう言う。彼の言葉通り、五分も歩かないうちに目的地へ辿り着いた。
そこは店と店の隙間にねじ込まれるように存在する、こじんまりとしたショップだった。店の出入口ではお香を焚いており、柑橘系の爽やかさを残した心地よい香りが広がっている。
「お、お邪魔します……」
お洒落な雰囲気に気圧されたのか、波止場が緊張した様子で店に入る。彼に続いて中に入った。
店内には所狭しとお香が置かれていた。こじんまりと言ったものの、入ってみると外見からは想像つかないほどの奥行きがあって結構広い。
お香はどれも凝ったパッケージに入っており、それだけでつい欲しくなってしまう。
「す、すごい。お香ってこんなに種類があるんだ……」
波止場が「俺、白檀と薔薇と金木犀くらいしか知らない」と続ける。
「それだけ知ってれば十分だろ。白檀知ってるのはポイント高いぞ」
「そ、それは、王子くんから貰えるポイント?」
「ん? んー……。じゃあ、そうだ。百ポイントやるよ」
別にそんなつもりはなかったが、突然王子ポイントが実装されてしまった。
「百ポイントも? う、嬉しい……。俺、このポイント大事に使うからね」
波止場は突然与えられた百ポイントに笑みを見せる。かわいい。百億万ポイント加算。
それはそれとしてどう使うつもりなんだろう。ポイント引き換えシステムとか用意した方がいいんだろうか。
「てか、香水どこだろうな。もっと奥か?」
お香にも興味はあるが、まずは香水を試したい。試しに店の最奥へ行くと、香水瓶が並んだ棚を見つけた。硝子製の香水瓶が店内の光を浴びて輝いている。
「あったあった。これ、いいな」
その中にあった真っ青な香水瓶を手に取る。硝子の中には金箔が閉じ込められており、青と金の光が混ざりあっていた。
近くのカードには『宇宙の香り』と表記されている。
「宇宙の香り……」
「宇宙って、ラズベリーの香りらしいな。テスターあるし確認してみようぜ」
テスターの香水を手首にかける。ラズベリーの香りと火薬の匂い、これらが程よく混ざった不思議な香りがした。
「いい匂い。ラズベリーってもっと元気っぽいイメージだったんだけど、これは違うね。もっと大人っぽいって言うか、甘酸っぱい感じが控えめっていうか」
波止場がくんくんとテスターを嗅いで、別の香水瓶に手を伸ばした。
「でも、王子くんにはこういうのもいいと思うな」
そう言って見せてきたのは薔薇の香水のテスターだ。彼は手首に香水をつけると、俺の方にも香水を向ける。
「ん」
宇宙の香水をかけたのとは反対の手首を差し出した。香水を吹きかけられる。手首がひんやりして、くすぐったい。
「うん。やっぱりこういう華やかな匂いも王子くんに似合う」
香水からは華やかな薔薇の匂いがした。派手でありながら上品で高貴なその匂いは、まさに王子様だ。
「そうだな。俺もそう思う」
ヤバい、これが波止場の中の俺のイメージなのか。嬉しい。脳内でこの薔薇の香水を絶対買うものリストに刻み込んだ。
「他だとこれとか、あとこれもいいね」
波止場はそう言って百合の香水やフラワーブーケモチーフの香水を指さしては微笑む。波止場からのイメージを感じられるようで、嬉しかった。
「そういうお前はウッド系が似合いそうだよな」
俺は森の香りと記された香水のテスターを手に取る。緑色の硝子で出来た香水瓶の中で、香水がちゃぽんと揺れた。
「香水はぜひ、手首や首筋などの体温が高いところにかけてみてください。香りが強くなりますよ」
そこでレジにいた店員が微笑みながら声をかけてきた。感謝の言葉を伝え、手首を拭いてから森の香水をかけてみる。
サンダルウッドをベースにハーブ等の匂いを混ぜた、雄大な香りが広がった。しかし思ったよりたくさん出てしまい、手首が香水でびちゃびちゃになる。
「あっ」
テスターなのに無駄遣いしてしまった。これは王子様らしくない。申し訳なさにかられていると、手首を差し出された。波止場だ。
「はい、どうぞ。つけていいよ」
普段日に当たらない手首が白く眩しい。波止場は善意そのものといった表情でにこにこしているが、こっちはドキドキだ。
「ありがとな」
澄ましたようにそう言って、彼の手首に自身の手首を重ねた。波止場は俺に手首を押し付け、擦り付けてくる。
手首を擦り付けられるだけなのに何故か恥ずかしくなり、喉の奥で息が詰まった。
「よし。……うん、いい匂い。王子くんってこんなイメージ抱いてくれてるんだ」
波止場が空気を吸い込んで微笑む。身体が熱くて熱くて、香りが強くならないか不安だった。