ガチ恋王子は結ばれたい

そのあとはバスでホテルに戻り、二人で夕食を食べ、二人で大浴場に行った。
まさに順調。完璧すぎる修学旅行だ。最高すぎて「学校行事なのにこんな新婚旅行的感覚でいいんだろうか?」と訳のわからない疑問すら浮かんでしまう。
しかし今日はまだイベントがある。そう、同室で一夜を明かすという特大イベントが。
修学旅行の宿泊先は大きなホテルだった。二人一部屋で部屋割りは自由。自由ということは、俺と波止場と一緒ということだ。
「(部屋割り自由、助かる〜〜!)」
部屋割りが自由なのは「班行動はいいとして、流石に同室が仲の悪いやつだったら困るよな」という配慮なのかもしれない。その配慮にも感謝。
風呂を済ませて部屋に戻ってきた俺たちは、それぞれのベッドに座った。
風呂上がりの波止場の髪はしっとり濡れており、首筋に張り付いている。なんかドキドキする。さっきまで全裸だったけど。
「風呂、広くて気持ちよかったな」
「うん。家だと大きいお風呂には入れないから……。良かったね」
波止場がこっちを振り向いて笑う。パジャマ代わりのジャージがよく似合っていた。
俺が来ているのはゆったりとしたルームウェアを着ている。もちろんかわいいやつにした。
「髪長いからさ、ドライヤーの威力心配だったんだけど、めっちゃ強力なやつ置いてあったな」
「そうだね。助かるね」
こく、と波止場が頷く。その拍子に目が合ったが、逸らされた。
波止場はさっきから執拗に背筋を丸めたり伸ばしたりしており、手も開いたり閉じたりしている。
「(なんか、緊張されてる気がする……)」
波止場は緊張しいだが、二人きりでここまでガチガチなのは珍しい。
もしかして二人きりで一夜という事実を意識してくれているのだろうか。そうならめちゃくちゃ脈アリだ。
けれどそんな簡単に「その態度って、二人きりだからか?」と聞ける訳ない。それって王子様ではなさすぎる。もっとスマートであるべきだ。
「波止場も髪、長いよな。そう言えばなんで伸ばし始めたんだ?」
緊張をほぐそうと他愛ない話を振ってみる。波止場は「え、髪?」と言いながら肩まで伸びた髪を指に絡めた。
「だって王子くんが伸ばしてるから」
当たり前のようにそう言われてしまった。それは単に真似ているだけなのか、俺とお揃いにしたいからなのか、もっと深い意味があるのかどれなんだ教えてくれ。
いくらでも解釈できそうな言葉たちに悶々としてる間に彼はトランプを取り出し、ベッドに並べた。
「ねぇ、王子くん。新幹線の続き、やろうよ」
「……やろうよって、波止場はもう賭けられるものなくないか? お菓子、俺に負けてほとんど無くなっただろ」
本当に取り立てる気はないのだが、ちょっとからかい半分で言ってみる。波止場はうぅと頭を抱え、不安そうな顔で提案した。
「じゃあ俺、自分を賭けるよ。どう、かな?」
「波止場を?」
今すぐやろう。
出そうになった本音を食い止めた。かなり食い気味になりそうなところを我慢し「へぇ〜〜ふ〜〜ん」くらいの態度に留める。
「うん。一日荷物持ち権とか……どうかな。王子くんはお菓子でいいよ」
「乗った!」
我慢したはずなのにかなり乗り気な返事になってしまった。俺の馬鹿野郎。
「(撮影にかこつけて水族館とか自然公園とか行ったけど、これがあればもっと自然に色んなところへ連れ出せるな……!)」
そんな下心全開でした勝負は、俺の圧勝だった。
何故か波止場が不自然なくらい弱かった気もするが、トランプなんて八割運なのでこんなものだろう。
「あ、あはは、負けちゃった……。やっぱり強いね、王子くん」
「今回は運が良かったな。付き合ってもらう場所、今から考えておくから楽しみにしとけよ」
「うん」
そこで不意に肌寒さを感じた。腕を擦ると、波止場が心配そうに声を顰める。
「寒い?」
そう言われて、室内が結構寒い事に気付いた。夜になって冷え込んだのだろう。
風呂上がりの時は身体が温かくて気にならなかったが、トランプしている間にその熱は冷めてしまった。
「ちょっとな。寝る時の上着、持ってこれば良かった」
波止場と買ったカーディガンはあるが、流石にあれを着て寝たら寝苦しいだろう。そもそもしわになる。
エアコンがあるので暖房でもつけようか。視線でリモコンを探したところで、波止場が自分のベッドのシーツを引っ張った。
「あ、あの、じゃあ、さ」
波止場の耳が真っ赤になって、その手が面白いくらい震えている。
「俺、荷物持ちじゃなくて、湯たんぽになるよ。二人なら寒くないと思うし……。ベッドも広い、し、二人でも大丈夫……じゃない、かな」
一瞬、言葉の意味を飲み込めなくて手を止めてしまう。
波止場が「冗談だよ」と言い出すのを待った。しかし彼は前髪の隙間からこちらを見つめるだけで、何も言わない。
気恥ずかしいような、妙な沈黙が場を支配する。波止場が俺の答えを待っている。
「あ……」
唇を軽く舐めてから、いつも通りに言った。
「じゃあ、そうする」
いつも通りに言ったつもりだったのに、声は硬くなってしまった。隣のベッドに移動する。波止場が俺を見つめている。
緊張で心臓が止まりそうだ。それなのに頭の中は一周まわってぼんやりしており、夢見るような感覚が抜けないままベッドに入り込む。
「お、お邪魔します……」
波止場もベッドに入り込んだ。直接触れ合っていないものの、波止場はすぐそばにいる。間近に感じる体温にくらくらした。
「寒く、ない?」
「あ、あぁ。全然寒くない」
「良かった……」
身体の全部が熱い。寒さなんてすっかり吹き飛んでいた。
まだ寝るには早すぎることも、この部屋にエアコンがあることも、分かっていた。俺も、波止場も。
「(でも、同じベッドで寝ようって)」
やっぱり、そういうことなんだろうか。この修学旅行で告白してくれるんだろうか。
彼が俺の王子様として、俺を迎えに来てくれるんだろうか。
心臓が脈打つ。背中合わせに眠っていることがもったいないような、けれどこれ以上は耐えられないような気がする。
だから逃げるように目を閉じた。隣にある波止場の吐息が気になって仕方なかった。


ベッドに入った時は眠れるわけないと思っていたのに、身体は長距離移動で疲れまくっていたらしい。
気がついたら眠っており、目が覚めたら朝六時だった。かなり早くに寝たので身体はすっきりしている。
「んん……」
いつの間にか被っていた布団から出ると、波止場の顔が間近にあった。
「!?」
大きな声が出そうになり、奥歯を噛み締めて我慢する。波止場はすやすやと眠っており、気持ちよさそうだ。
そして、彼の手は俺の背中に回されていた。
「(わ、マジか)」
喜びと気恥しさがごちゃ混ぜになり、少し冷静になってきた。寝起きだからまだ頭が働いてないのかもしれない。
だから何となく、彼の頬に手を伸ばした。摘んでみる。柔らかい。
「おお……」
柔らかいが弾力がある。触り心地がいい。つい夢中になってつついていると、波止場が「むにゃ……」と口元をゆがめる。
「やべ」
手を引っこめると、波止場が薄く目を開けた。
「…………」
前髪が降りており、波止場の目元はほとんど見えない。かろうじて開いていることがわかる程度の瞳で彼はじっと俺を見つめる。
それから寝ぼけたように喉を鳴らしつつ、俺の頬に自分の頬を擦り付けてきた。
「あ゛っ!?」
「え……?」
堪らずおさえていた声が出る。波止場がゆっくり身体を離し、静かに瞬きをし、首を振って前髪を片付けてから俺を見た。
「……ご、ごめん」
それからの波止場の行動はスムーズだった。俺から手を離してベッドをおりた彼は、床に座って土下座の姿勢に移行しようとする。
「待て待て待て!」
急いで止めると頭を下げかけていた波止場がギリギリで動きをとめる。
危なかった。俺の王子様の土下座なんて見た日には頭がショックでどうにかなってしまう。
「ごめん……本当にごめん……。お、俺、なんてことを。し、死ぬ。死にます」
「だからいいって! ちょっと頬擦りされたくらい、全然平気。死ぬな死ぬな!」
内心平気ではなかったが平気じゃないといえば土下座アンド切腹されそうだったのでそう言っておく。
「ほ、ほんと? 平気なの?」
「そうだよ。だいたい寝ぼけてたんだろ? お前のせいじゃないって」
「……あ、ありがとう。ごめん……」
波止場がのっそりと立ち上がる。そのまま「着替えてくるね」とシャワールームに入ったので、俺は一人残された。
「……頬擦りされた」
ぼそりと呟き、頬を撫でる。もうそこに波止場の温もりは残っていなかったが、頬擦りされた時の感触は頭の中に残っていた。