清水寺の観光を終えれば、次は伏見稲荷大社だ。バスでまた参道近くに降り、波止場と一緒にそこをのぼっていく。
「また坂だね」
「そうだな」
「疲れたら言ってね。俺、王子くんの分の荷物も持つから……」
「いいよ。バスで休憩したし、全然平気」
やたら心配してくる波止場と共に、清水寺の時同様参道をのぼり続ける。
伏見稲荷大社ということで、参道にある店のあちこちには狐のグッズが置かれていた。白くてふわふわの狐たちが俺たちを見つめている。
「かわいいね、狐」
「あぁ。結構色んな種類もあって、見応えあるな。全部かわいい」
何気なく店を覗き込むと、白い狐をモチーフとしたミニアルバムが売っていた。『旅行の思い出を飾ろう』と宣伝されているそれを手に取り、宮子を思い出す。
「(宮子、アイドルの写真集めてるって言ったし、こういうの喜ぶかもな)」
如何せん宮子にはいつもお世話になっている。一緒に修学旅行に来たとはいえ、お土産も必要だろう。波止場に待ってくれるように言い、アルバムを買ってから戻る。
「ただいま」
「おかえり。……アルバム買ったの?」
「そ。宮子用に」
俺が彼女の名を出すと、波止場が「……そっか。猫目さんに」と呟いた。妙に感情の読み取れないその声に思わず顔を上げてしまう。
「波止場?」
「う、ううん。なんでもない。その、かわいいアルバムだなって」
「だよな。狐モチーフなんて他じゃあんま買えないだろうから、これいいなって」
「そ、そう。そうだよね……そう……」
「それに狐ってかわいいしな」
「うん……」
波止場が背を丸めた。歩きにくそうなので軽く背をつつくと、彼はばねじかけの人形みたいに勢いよく背を逸らす。
「えっ、な、なに、王子くん。なにかついてた?」
「いや、歩きにくそうだなって」
恥ずかしがる波止場はかわいいが、ちょっと触っただけでそんなに緊張されると若干複雑だ。
意識されてるヤッターと背中くらい気にすんなよ俺たちがいつかキスする関係になった時どうするんだがせめぎ合う。
「ほら、行くぞ」
ちょっと買い物している間に班のみんなはばらばらになってしまった。 一応近くにいれば班行動だろうと納得し、引き続き参道をのぼる。
そうして無数に続く鳥居の元へと辿り着いた。
「おお……すごいな。マジですごい」
「うん。赤くて……じゃなくて、朱色で綺麗だね。多い分迫力もあるし、すごいなぁ……」
幾重にも重なった鳥居は山へと続いている。その姿はまさに圧巻だ。神秘的とか、神聖とか、そういう言葉では表しきれないほどの厳かさを感じる。
周囲の人々が本殿の方に流れていく。バスの中でもらったパンフレットを眺め、上を指差した。
「上でもお参りできるらしいな。班のみんなも上がってくし、俺たちも行こうぜ」
そう言いながら二人で幾つもの鳥居を潜り、階段を使って上を目指す。あちこちに制服を着た少年少女が立っていた。多分、俺たちと同じ修学旅行生だろう。
くるりと周囲を見渡すと、少し離れたところに三国さんが立っているのを見かけた。
「あっ」
そのまま彼女に近寄ろうとするが、波止場に腕を握られる。
「どこに行くの」
不意にそう囁かれた。妙に重苦しい言葉だった。振り返ると波止場が俺をじっと見ていた。視線は感じるが、目は髪で隠れているので表情は読めない。
「いや、ちょっと」
そこでもう一度三国さんの方を見たが、彼女はもう人混みに紛れていた。ここから彼女を探すのは無理だろう。
「なんでもない。ちょっと気になったことがあってさ」
「そっか……」
そこで波止場は慌てて手を離し、頭を下げる。
「ご、ごめん。その、あの、急にどこか行きそうになったから心配で」
「大丈夫だって。山の中で急にはぐれたりしねぇよ」
彼も心配してくれたのだろう。確かに観光地と言えど山だ。はぐれたらまずい。三国さんと話すよりそっちの方が重要だ。
「うん……」
波止場は囁くような声でそう言って、頷いた。
話しながら階段をのぼり切り、開けた場所に辿り着く。参拝所らしきそこには多くの人がおり、絵馬を飾ったり何かの列に並んだりしていた。
「ええっと……参拝する?」
「んー、でも参拝するだけでも結構並んでるな。後にしようぜ」
「じゃあ、その……お守りみる? 絵馬も売ってるみたいだよ」
「あ、いいな。波止場もそれでいいか?」
「うん。王子くんの行きたいところが、俺の行きたいところだよ」
なんだその殺し文句は。
二人で社務所に向かう。社務所には様々な種類やデザインのお守りが並んでいた。御札や祈祷の申込用紙もある。さすが大きい神社って感じだ。
「お。これ、かわいいな」
その中に、狐の根付があった。木片にデフォルメされた狐の横姿が描かれたものだ。ふっくらしたしっぽとキリッとした目付きのバランスが良い。
「こういうの、ザ京都って感じでいいよな。買おうかな」
「それ、家族のみんなのお土産に?」
「や、自分用。家族からは八ツ橋の京都限定味買ってきてって言われてる」
「そっか……」
波止場も根付をひとつ手に取り、それを見つめる。
班員の男子が手を振るのが見えた。彼は俺たちを見つけると声を張り上げる。
「今、参拝できそうだぞ!」
「マジか、今行く! 波止場も、いいだろ?」
「う、うん」
そのまま参拝所の方に向かう。波止場は少し遅れてついてきた。
男子生徒の言った通り、参拝所の列はさっき見た時よりだいぶ短くなっていた。すぐに自分の番が来て、参拝をこなす。
それから人の波に押されるようにして参拝所を離れた。本当にたまたま空いていただけのようで、参拝所はまた人で賑わい始める。
「ラッキーだったな。教えてくれたやつにも感謝だ」
「そうだね。王子くんは何、お願いしたの?」
参拝所を眺めつつ、波止場が問いかける。
「んー、別に。これからも見守ってくださいって感じだから、具体的なことはお願いしてないな」
「え、そうなの? かっこいいね……」
波止場が尊敬の眼差しをこちらに向けてくる。つい気分が良くなってにやりと笑ってしまった。慌てて王子様らしい、堂々とした笑みに切り替える。
実際、俺はあまり祈らない。神様を信じていないとかではなく、欲しいものは自分で手に入れると決めているからだ。
この欲しいものとは波止場である。俺の目標は十二年前から一切変わっていない。
「(まぁ、波止場がなんで一緒にいられないって言い出したのか教えてって祈ろうかとは思ったけど……。……約束があるもんな)」
波止場はこっちを見つめていたものの、何かに気付いた様子で落ち込み始めてしまった。
「王子くんは偉いね……。凄いね……」
なんかまたじめじめしている。その背中をべちんと叩いた。
「何落ち込んでるんだ。俺のお願いが嫌だったのか?」
「え、あ、そ、そんな。王子くんに嫌なところなんてないよ」
そう言いつつ、波止場の落ち込みは止まらない。
「波止場はなにお願いしたんだ?」
だからこの雰囲気を誤魔化すように問いかけた。彼は俺を見た後、参拝所を見て、自分の手元を見る。
「俺、俺は……」
それから息を大きく吸って、吐いて、覚悟を決めたようにポケットから何かを取り出した。
「こ、これ。王子くんにちゃんと渡せますようにって……」
彼の手に握られていたのは、さっき俺が見ていた狐の根付だった。
「さ、さっき狐はかわいいって言ってたよね。それにこれ見た時もかわいいって言ってて、だから、邪魔にならないかなって」
波止場は根付を持っていない手を誤魔化すように振る。
「変な意味じゃなくて、あの、その、本当にいつもお世話になってるから、だからここでお礼したいなっていうか。アイス代も返してもらったし、それならせめてと思って。その」
つらつら重ねられる言葉は、あまり聞こえなかった。ただ差し出されたその根付に視線を奪われる。
「(波止場がプレゼント、くれた……!)」
アイスのような消え物とは違う、明確な贈り物を前に心が浮き足立つ。表情が喜びでだらしなく崩れそうになるのを必死に耐えた。
「あ、ありがと。くれる、のか」
「うん。受け取って欲しい……」
「じゃあ、貰う」
ぎこちないやりとりをしつつ、根付を受け取る。手の中に転がるそれは光り輝いているみたいだった。
嬉しい。嬉しい。こんな嬉しいことってあるだろうか。俺は今日という日を心の中に記念日として飾る。
「大事にするな」
「うん……」
根付を握る。その時、社務所が目に入った。いいことを思いつき笑みを作る。
「そうだ、俺も買ってくるよ。で、交換ってことでお前にやる。いいだろ?」
「え」
交換なんて言ったが、その実波止場とお揃いにしたいだけだった。しかし波止場はぶんぶんと首を振ってしまう。
「もしかして、いらないか?」
「いらないとかじゃなくて、ええっと、あのね、その……」
ちらりと社務所を見たり、俺の根付を見たりと忙しいリアクションをする波止場。それはいらないという反応じゃなかった。どちらかというと嬉しい時の反応だ。
しかし顔色的に困っているようにも見えて、何が何だかよくわからない。
「(欲しいけど困ってる……遠慮してるってことか?)」
それなら買って渡してしまおうか。社務所へ一歩近寄ってみる。
「待って!」
波止場が大きな声で俺を引き留めた。周囲の人々が驚いたように彼を見て、波止場は自分の口を塞ぎ縮こまってしまう。
しかし縮こまりつつも、そっとポケットから何かを取り出した。俺に根付を渡した時と同じ、緊張と決意が滲んだ動作だった。
「……本当はもう、自分の分、買った……から……」
彼の手には俺が持っているのと同じ根付があった。少し遅れて、お揃いという事実に気が付く。
「……」
波止場は言い訳みたいに言葉を並べたりせず、黙っていた。
「じゃあ、お揃いだな」
嬉しかった。喜びのまま笑みを作る。さっき根付をもらった時とは桁違いの喜びがあった。
こんな嬉しいことはあるだろうかと思ったばかりなのに、波止場はそれをやすやすと更新させてくれる。こいつは本当に最高だ。
「うん。王子くんと、お揃い。俺、一生大事にする……!」
波止場は眩しいくらいに嬉しそうな笑顔を浮かべ、根付を胸に抱いた。抱きしめられる根付に嫉妬しつつも、嬉しかった。
俺もきっと、これを一生大事にする。
「また坂だね」
「そうだな」
「疲れたら言ってね。俺、王子くんの分の荷物も持つから……」
「いいよ。バスで休憩したし、全然平気」
やたら心配してくる波止場と共に、清水寺の時同様参道をのぼり続ける。
伏見稲荷大社ということで、参道にある店のあちこちには狐のグッズが置かれていた。白くてふわふわの狐たちが俺たちを見つめている。
「かわいいね、狐」
「あぁ。結構色んな種類もあって、見応えあるな。全部かわいい」
何気なく店を覗き込むと、白い狐をモチーフとしたミニアルバムが売っていた。『旅行の思い出を飾ろう』と宣伝されているそれを手に取り、宮子を思い出す。
「(宮子、アイドルの写真集めてるって言ったし、こういうの喜ぶかもな)」
如何せん宮子にはいつもお世話になっている。一緒に修学旅行に来たとはいえ、お土産も必要だろう。波止場に待ってくれるように言い、アルバムを買ってから戻る。
「ただいま」
「おかえり。……アルバム買ったの?」
「そ。宮子用に」
俺が彼女の名を出すと、波止場が「……そっか。猫目さんに」と呟いた。妙に感情の読み取れないその声に思わず顔を上げてしまう。
「波止場?」
「う、ううん。なんでもない。その、かわいいアルバムだなって」
「だよな。狐モチーフなんて他じゃあんま買えないだろうから、これいいなって」
「そ、そう。そうだよね……そう……」
「それに狐ってかわいいしな」
「うん……」
波止場が背を丸めた。歩きにくそうなので軽く背をつつくと、彼はばねじかけの人形みたいに勢いよく背を逸らす。
「えっ、な、なに、王子くん。なにかついてた?」
「いや、歩きにくそうだなって」
恥ずかしがる波止場はかわいいが、ちょっと触っただけでそんなに緊張されると若干複雑だ。
意識されてるヤッターと背中くらい気にすんなよ俺たちがいつかキスする関係になった時どうするんだがせめぎ合う。
「ほら、行くぞ」
ちょっと買い物している間に班のみんなはばらばらになってしまった。 一応近くにいれば班行動だろうと納得し、引き続き参道をのぼる。
そうして無数に続く鳥居の元へと辿り着いた。
「おお……すごいな。マジですごい」
「うん。赤くて……じゃなくて、朱色で綺麗だね。多い分迫力もあるし、すごいなぁ……」
幾重にも重なった鳥居は山へと続いている。その姿はまさに圧巻だ。神秘的とか、神聖とか、そういう言葉では表しきれないほどの厳かさを感じる。
周囲の人々が本殿の方に流れていく。バスの中でもらったパンフレットを眺め、上を指差した。
「上でもお参りできるらしいな。班のみんなも上がってくし、俺たちも行こうぜ」
そう言いながら二人で幾つもの鳥居を潜り、階段を使って上を目指す。あちこちに制服を着た少年少女が立っていた。多分、俺たちと同じ修学旅行生だろう。
くるりと周囲を見渡すと、少し離れたところに三国さんが立っているのを見かけた。
「あっ」
そのまま彼女に近寄ろうとするが、波止場に腕を握られる。
「どこに行くの」
不意にそう囁かれた。妙に重苦しい言葉だった。振り返ると波止場が俺をじっと見ていた。視線は感じるが、目は髪で隠れているので表情は読めない。
「いや、ちょっと」
そこでもう一度三国さんの方を見たが、彼女はもう人混みに紛れていた。ここから彼女を探すのは無理だろう。
「なんでもない。ちょっと気になったことがあってさ」
「そっか……」
そこで波止場は慌てて手を離し、頭を下げる。
「ご、ごめん。その、あの、急にどこか行きそうになったから心配で」
「大丈夫だって。山の中で急にはぐれたりしねぇよ」
彼も心配してくれたのだろう。確かに観光地と言えど山だ。はぐれたらまずい。三国さんと話すよりそっちの方が重要だ。
「うん……」
波止場は囁くような声でそう言って、頷いた。
話しながら階段をのぼり切り、開けた場所に辿り着く。参拝所らしきそこには多くの人がおり、絵馬を飾ったり何かの列に並んだりしていた。
「ええっと……参拝する?」
「んー、でも参拝するだけでも結構並んでるな。後にしようぜ」
「じゃあ、その……お守りみる? 絵馬も売ってるみたいだよ」
「あ、いいな。波止場もそれでいいか?」
「うん。王子くんの行きたいところが、俺の行きたいところだよ」
なんだその殺し文句は。
二人で社務所に向かう。社務所には様々な種類やデザインのお守りが並んでいた。御札や祈祷の申込用紙もある。さすが大きい神社って感じだ。
「お。これ、かわいいな」
その中に、狐の根付があった。木片にデフォルメされた狐の横姿が描かれたものだ。ふっくらしたしっぽとキリッとした目付きのバランスが良い。
「こういうの、ザ京都って感じでいいよな。買おうかな」
「それ、家族のみんなのお土産に?」
「や、自分用。家族からは八ツ橋の京都限定味買ってきてって言われてる」
「そっか……」
波止場も根付をひとつ手に取り、それを見つめる。
班員の男子が手を振るのが見えた。彼は俺たちを見つけると声を張り上げる。
「今、参拝できそうだぞ!」
「マジか、今行く! 波止場も、いいだろ?」
「う、うん」
そのまま参拝所の方に向かう。波止場は少し遅れてついてきた。
男子生徒の言った通り、参拝所の列はさっき見た時よりだいぶ短くなっていた。すぐに自分の番が来て、参拝をこなす。
それから人の波に押されるようにして参拝所を離れた。本当にたまたま空いていただけのようで、参拝所はまた人で賑わい始める。
「ラッキーだったな。教えてくれたやつにも感謝だ」
「そうだね。王子くんは何、お願いしたの?」
参拝所を眺めつつ、波止場が問いかける。
「んー、別に。これからも見守ってくださいって感じだから、具体的なことはお願いしてないな」
「え、そうなの? かっこいいね……」
波止場が尊敬の眼差しをこちらに向けてくる。つい気分が良くなってにやりと笑ってしまった。慌てて王子様らしい、堂々とした笑みに切り替える。
実際、俺はあまり祈らない。神様を信じていないとかではなく、欲しいものは自分で手に入れると決めているからだ。
この欲しいものとは波止場である。俺の目標は十二年前から一切変わっていない。
「(まぁ、波止場がなんで一緒にいられないって言い出したのか教えてって祈ろうかとは思ったけど……。……約束があるもんな)」
波止場はこっちを見つめていたものの、何かに気付いた様子で落ち込み始めてしまった。
「王子くんは偉いね……。凄いね……」
なんかまたじめじめしている。その背中をべちんと叩いた。
「何落ち込んでるんだ。俺のお願いが嫌だったのか?」
「え、あ、そ、そんな。王子くんに嫌なところなんてないよ」
そう言いつつ、波止場の落ち込みは止まらない。
「波止場はなにお願いしたんだ?」
だからこの雰囲気を誤魔化すように問いかけた。彼は俺を見た後、参拝所を見て、自分の手元を見る。
「俺、俺は……」
それから息を大きく吸って、吐いて、覚悟を決めたようにポケットから何かを取り出した。
「こ、これ。王子くんにちゃんと渡せますようにって……」
彼の手に握られていたのは、さっき俺が見ていた狐の根付だった。
「さ、さっき狐はかわいいって言ってたよね。それにこれ見た時もかわいいって言ってて、だから、邪魔にならないかなって」
波止場は根付を持っていない手を誤魔化すように振る。
「変な意味じゃなくて、あの、その、本当にいつもお世話になってるから、だからここでお礼したいなっていうか。アイス代も返してもらったし、それならせめてと思って。その」
つらつら重ねられる言葉は、あまり聞こえなかった。ただ差し出されたその根付に視線を奪われる。
「(波止場がプレゼント、くれた……!)」
アイスのような消え物とは違う、明確な贈り物を前に心が浮き足立つ。表情が喜びでだらしなく崩れそうになるのを必死に耐えた。
「あ、ありがと。くれる、のか」
「うん。受け取って欲しい……」
「じゃあ、貰う」
ぎこちないやりとりをしつつ、根付を受け取る。手の中に転がるそれは光り輝いているみたいだった。
嬉しい。嬉しい。こんな嬉しいことってあるだろうか。俺は今日という日を心の中に記念日として飾る。
「大事にするな」
「うん……」
根付を握る。その時、社務所が目に入った。いいことを思いつき笑みを作る。
「そうだ、俺も買ってくるよ。で、交換ってことでお前にやる。いいだろ?」
「え」
交換なんて言ったが、その実波止場とお揃いにしたいだけだった。しかし波止場はぶんぶんと首を振ってしまう。
「もしかして、いらないか?」
「いらないとかじゃなくて、ええっと、あのね、その……」
ちらりと社務所を見たり、俺の根付を見たりと忙しいリアクションをする波止場。それはいらないという反応じゃなかった。どちらかというと嬉しい時の反応だ。
しかし顔色的に困っているようにも見えて、何が何だかよくわからない。
「(欲しいけど困ってる……遠慮してるってことか?)」
それなら買って渡してしまおうか。社務所へ一歩近寄ってみる。
「待って!」
波止場が大きな声で俺を引き留めた。周囲の人々が驚いたように彼を見て、波止場は自分の口を塞ぎ縮こまってしまう。
しかし縮こまりつつも、そっとポケットから何かを取り出した。俺に根付を渡した時と同じ、緊張と決意が滲んだ動作だった。
「……本当はもう、自分の分、買った……から……」
彼の手には俺が持っているのと同じ根付があった。少し遅れて、お揃いという事実に気が付く。
「……」
波止場は言い訳みたいに言葉を並べたりせず、黙っていた。
「じゃあ、お揃いだな」
嬉しかった。喜びのまま笑みを作る。さっき根付をもらった時とは桁違いの喜びがあった。
こんな嬉しいことはあるだろうかと思ったばかりなのに、波止場はそれをやすやすと更新させてくれる。こいつは本当に最高だ。
「うん。王子くんと、お揃い。俺、一生大事にする……!」
波止場は眩しいくらいに嬉しそうな笑顔を浮かべ、根付を胸に抱いた。抱きしめられる根付に嫉妬しつつも、嬉しかった。
俺もきっと、これを一生大事にする。

