放課後、俺たちは約束通りショッピングモールを訪れていた。
「ええっと……どこから行く?」
波止場は案内板の前で無数にある服屋を眺めている。そんな彼をおいて案内板を覗き込み、波止場のリュックを引っ張った。
「ぐるっとモール、一周してから決めようぜ。ほら、まずあそこ入るぞ」
まず、手近にあった服屋に入る。波止場も大人しくついてきて、物珍しそうに並んだ服を眺めていた。
宮子からは事前に「自撮りの衣装は制服以外ならなんでもいい。ジャンル不問」と言われているので、彼女に気兼ねすることはない。
であれば、俺が欲しい服は一つ。
「(波止場と修学旅行デートする際の、波止場好みの服、欲しい……!)」
俺は波止場の好みを知らない。さりげなく雑誌を見せて「どの服が好きなんだ?」ときいても「どれもかっこいいね。王子くんなら全部似合いそう」しか言わないからだ。
気持ちは嬉しいが、俺が欲しいのはそんな言葉ではない。
今日こそ彼の好みを知ると決意を固めながら、近くにあったネイビーのオーバーシャツを手に取った。布地もしっかりとしており、高級感がある。
「これとか、どう? スキニーパンツとか合わせやすそう。波止場、好きか?」
「似合うと思うよ。王子くん細身だから、シルエットも綺麗になりそう」
にこりと笑う波止場。多分彼は心からそう言っているのだろう。しかし俺が欲しいのは彼の好みど真ん中のファッションである。
「そういうの嬉しいけど、お前の好みは? かわいい系が好きとか、綺麗系が好きとかないわけ?」
うっかり「お前の好みの服を買いたい」みたいな好意バレバレの言葉が出るが、波止場は困ったように眉を下げるばかりだ。
「ううん……」
彼はそのまま身を屈め、顔をじろじろとみてくる。前髪の隙間から刺さる視線に背筋がぞわぞわした。でも、嫌な感覚ではない。
「王子くんは、やっぱりなんでも似合うよ。だからその、なんでもいい……になっちゃうかな」
心底困ったように頷かれてしまった。ききたいのはそれじゃないのだが、これ以上は言えなかった。
「わかったわかった。……とりあえず、最低限必要なシャツとか靴下の替えとか買うか。波止場もいる分は買えよ」
「うん」
俺たちはとシャツや靴下の替えを揃え、ついでに修学旅行用のタオルも買う。二本で千円のタオルがあったので、安いからと言う名目でお揃いのタオルにした。いい買い物だった。このタオル、使うのが勿体無い。
しかし本命は修学旅行用の服である。波止場に恋させる、最高の服だ。
「波止場、次あっち」
波止場は「なんでも持つよ」の言葉通り、買ったものを全部持ってくれた。そんな彼と共にあちこちの店を見て回り、服を眺める。気になった服は許可を貰い、撮影させてもらった。
「次あっち、それでその次はあっちな」
そんな感じで一通りの店を見て回り、ジューススタンドで休憩する。俺は期間限定巨峰ジュースを、波止場は定番商品のレモネードを飲んでいた。
甘く芳醇なそれを飲みつつ、撮った服を表示させる。そこから厳選に厳選を重ね、最終候補に残った二枚の写真を波止場に見せた。
「あのさ、このアウターとカーディガンならどっちがいいと思う? ここで選んだのに合わせてコーデ組もうかなって」
そこにあるのはグレーのアウターとオフホワイトのカーディガンだ。コートは薄手で軽く、カジュアルながら格好いい雰囲気を出している。カーディガンはざっくり編み込まれた可愛らしいもので、どこか柔らかい雰囲気を演出していた。
「お前、どっちがいいと思う?」
ここで迫っているのは「かっこいい系とかわいい系」の二択である。綺麗系とかも入れたかったが、選択肢が多いと波止場が困りそうなのでやめた。
この二択でお前の趣味を暴いてやる。どれだけ拒否しても絶対選ばせてやるからな。
「え? 王子くんが着たい方でいいんじゃないかな、俺、どっちも似合うと思うよ」
波止場は微笑んでそう言う。だが、そんなのでは納得できない。
「波止場、俺のお願いなんでもきいてくれるんだよな?」
「え? もちろんそうだけど……どうかしたの?」
「じゃあ、どっちがいいと思う? ほら決めろよ。言え」
ぐいとスマホを押しつければ、波止場が戸惑いの声を上げる。しかし心を鬼にしてそれを無視して執拗にスマホを押し付けた。
「どっちを着てる俺が見たい?」
その言葉と共に波止場の目が真剣になった。彼は俺からスマホを受け取ると、画面と睨めっこしながら考え込む。
「…………」
「…………」
波止場の横顔を見ていれば時間なんていくらでも潰せるが、無言のまま突然五分近く放置されるとは思わなかった。ジュースを飲みつつ彼を待つ。ちょっと退屈になってきたところで、波止場は頭を抱えて唸り始めた。
「おい、大丈夫か?」
「王子くん、どっちも似合うよ。決められないよ……」
ちょっと可哀想になってきた。しかし俺だって波止場の好みを知りたい。修学旅行で彼好みの服を着てデートを決めたいのだ。譲れない。
「いいから。ほら、決めろって。かっこいい系とかわいい系、どっちが好きなんだ?」
「うぅ……」
波止場は散々悩み、じっと何度も服と俺を見つめ、最終的に震える指でカーディガンを指さした。
「……こっち」
「おっけー。じゃあこれ、買いに行こうぜ。これに似合う服も一式買うからついてこいよ!」
波止場が「あぁでもやっぱりこっちも」とか言い出す前に歩き出す。波止場は困った顔をしながらも俺の後ろをついてきた。
「(かわいい系、かわいい系か……)」
部屋にかわいい系の服はいくつあっただろうか。今度私服で会うときはかわいさに気をつけなくては。浮き足立つのをおさえられず、波止場の見てないところでこっそり笑った。
「(やってしまった……)」
跳ねるように機嫌よく歩いていく王子くんの後ろを歩きながら、俺はひたすら自己嫌悪に陥っていた。
頭の中にあるのはさっき選んだ白のカーディガンと「どっちが好きなんだ?」の言葉。
あのカーディガンはかわいかった。あれはきっと、王子くんによく似合うだろう。
けど、俺があれを選んだのはかわいい系が好きだからとか、王子くんに似合いそうだからとかじゃない。
女の子はかっこいい人に惹かれるらしい。じゃあ、かわいい服を着て貰えば、女の子から魅力的に思われにくいかなと思ったのだ。
これは王子くんに恋する人間を減らすための卑劣な工作に過ぎない。しかも、姑息だ。
「(俺って本当、情けない……)」
王子くんは一緒に行く俺に気を遣って好みの服を着てくれると言うのに、俺が服を選んだ基準はこれだ。
王子くんならなんでも似合うからなんでも好きと言うのは事実だが、それはそれとしてあまりに情けなすぎる。
しかも安直にかわいいカーディガンを選んでしまったせいで、今度は「王子くんがかわいくなって男の子にモテ始めたらどうしよう」という不安も湧いてくる。王子くんの魅力の前に同性かなんて関係ない。好きになった俺が言うんだから間違いない。
足元が泥にでもなったかのように足が重い。王子くんの顔を見られなくて下を向いていると、不意に彼が顔を覗き込んできた。
「わぁっ!?」
驚いて飛び退くと、王子くんの方も驚いた顔をする。
「そんな驚くことないだろ」
王子くんを驚かせてしまった。ずぅんと気分が落ち込んできた。こんな自分を見られたくなくて背を丸めると、王子くんが一歩詰め寄って俺の制服を引っ張る。
「ほら、行こうぜ」
それから、笑いかけてくれた。
王子くんは綺麗だ。勉強してる時の横顔も、無防備な寝顔も、何気ない瞬間だって、信じられないくらい綺麗だ。
でも、こうやって笑っているときは特に綺麗に見える。さらさらの髪が天使みたいに揺らめいて、瞳は光そのものみたいに輝いて、白く滑らかな頬が笑みを作るたび、つま先から頭のてっぺんまで焦げ付くほどの恋に落ちてしまう。何度だって。
「うん」
だから情けなさなんて忘れて、彼の後をついて歩いた。それが逃避だってわかってはいるけど、全部忘れてでも彼と一緒にいたくて仕方がなかった。
「ええっと……どこから行く?」
波止場は案内板の前で無数にある服屋を眺めている。そんな彼をおいて案内板を覗き込み、波止場のリュックを引っ張った。
「ぐるっとモール、一周してから決めようぜ。ほら、まずあそこ入るぞ」
まず、手近にあった服屋に入る。波止場も大人しくついてきて、物珍しそうに並んだ服を眺めていた。
宮子からは事前に「自撮りの衣装は制服以外ならなんでもいい。ジャンル不問」と言われているので、彼女に気兼ねすることはない。
であれば、俺が欲しい服は一つ。
「(波止場と修学旅行デートする際の、波止場好みの服、欲しい……!)」
俺は波止場の好みを知らない。さりげなく雑誌を見せて「どの服が好きなんだ?」ときいても「どれもかっこいいね。王子くんなら全部似合いそう」しか言わないからだ。
気持ちは嬉しいが、俺が欲しいのはそんな言葉ではない。
今日こそ彼の好みを知ると決意を固めながら、近くにあったネイビーのオーバーシャツを手に取った。布地もしっかりとしており、高級感がある。
「これとか、どう? スキニーパンツとか合わせやすそう。波止場、好きか?」
「似合うと思うよ。王子くん細身だから、シルエットも綺麗になりそう」
にこりと笑う波止場。多分彼は心からそう言っているのだろう。しかし俺が欲しいのは彼の好みど真ん中のファッションである。
「そういうの嬉しいけど、お前の好みは? かわいい系が好きとか、綺麗系が好きとかないわけ?」
うっかり「お前の好みの服を買いたい」みたいな好意バレバレの言葉が出るが、波止場は困ったように眉を下げるばかりだ。
「ううん……」
彼はそのまま身を屈め、顔をじろじろとみてくる。前髪の隙間から刺さる視線に背筋がぞわぞわした。でも、嫌な感覚ではない。
「王子くんは、やっぱりなんでも似合うよ。だからその、なんでもいい……になっちゃうかな」
心底困ったように頷かれてしまった。ききたいのはそれじゃないのだが、これ以上は言えなかった。
「わかったわかった。……とりあえず、最低限必要なシャツとか靴下の替えとか買うか。波止場もいる分は買えよ」
「うん」
俺たちはとシャツや靴下の替えを揃え、ついでに修学旅行用のタオルも買う。二本で千円のタオルがあったので、安いからと言う名目でお揃いのタオルにした。いい買い物だった。このタオル、使うのが勿体無い。
しかし本命は修学旅行用の服である。波止場に恋させる、最高の服だ。
「波止場、次あっち」
波止場は「なんでも持つよ」の言葉通り、買ったものを全部持ってくれた。そんな彼と共にあちこちの店を見て回り、服を眺める。気になった服は許可を貰い、撮影させてもらった。
「次あっち、それでその次はあっちな」
そんな感じで一通りの店を見て回り、ジューススタンドで休憩する。俺は期間限定巨峰ジュースを、波止場は定番商品のレモネードを飲んでいた。
甘く芳醇なそれを飲みつつ、撮った服を表示させる。そこから厳選に厳選を重ね、最終候補に残った二枚の写真を波止場に見せた。
「あのさ、このアウターとカーディガンならどっちがいいと思う? ここで選んだのに合わせてコーデ組もうかなって」
そこにあるのはグレーのアウターとオフホワイトのカーディガンだ。コートは薄手で軽く、カジュアルながら格好いい雰囲気を出している。カーディガンはざっくり編み込まれた可愛らしいもので、どこか柔らかい雰囲気を演出していた。
「お前、どっちがいいと思う?」
ここで迫っているのは「かっこいい系とかわいい系」の二択である。綺麗系とかも入れたかったが、選択肢が多いと波止場が困りそうなのでやめた。
この二択でお前の趣味を暴いてやる。どれだけ拒否しても絶対選ばせてやるからな。
「え? 王子くんが着たい方でいいんじゃないかな、俺、どっちも似合うと思うよ」
波止場は微笑んでそう言う。だが、そんなのでは納得できない。
「波止場、俺のお願いなんでもきいてくれるんだよな?」
「え? もちろんそうだけど……どうかしたの?」
「じゃあ、どっちがいいと思う? ほら決めろよ。言え」
ぐいとスマホを押しつければ、波止場が戸惑いの声を上げる。しかし心を鬼にしてそれを無視して執拗にスマホを押し付けた。
「どっちを着てる俺が見たい?」
その言葉と共に波止場の目が真剣になった。彼は俺からスマホを受け取ると、画面と睨めっこしながら考え込む。
「…………」
「…………」
波止場の横顔を見ていれば時間なんていくらでも潰せるが、無言のまま突然五分近く放置されるとは思わなかった。ジュースを飲みつつ彼を待つ。ちょっと退屈になってきたところで、波止場は頭を抱えて唸り始めた。
「おい、大丈夫か?」
「王子くん、どっちも似合うよ。決められないよ……」
ちょっと可哀想になってきた。しかし俺だって波止場の好みを知りたい。修学旅行で彼好みの服を着てデートを決めたいのだ。譲れない。
「いいから。ほら、決めろって。かっこいい系とかわいい系、どっちが好きなんだ?」
「うぅ……」
波止場は散々悩み、じっと何度も服と俺を見つめ、最終的に震える指でカーディガンを指さした。
「……こっち」
「おっけー。じゃあこれ、買いに行こうぜ。これに似合う服も一式買うからついてこいよ!」
波止場が「あぁでもやっぱりこっちも」とか言い出す前に歩き出す。波止場は困った顔をしながらも俺の後ろをついてきた。
「(かわいい系、かわいい系か……)」
部屋にかわいい系の服はいくつあっただろうか。今度私服で会うときはかわいさに気をつけなくては。浮き足立つのをおさえられず、波止場の見てないところでこっそり笑った。
「(やってしまった……)」
跳ねるように機嫌よく歩いていく王子くんの後ろを歩きながら、俺はひたすら自己嫌悪に陥っていた。
頭の中にあるのはさっき選んだ白のカーディガンと「どっちが好きなんだ?」の言葉。
あのカーディガンはかわいかった。あれはきっと、王子くんによく似合うだろう。
けど、俺があれを選んだのはかわいい系が好きだからとか、王子くんに似合いそうだからとかじゃない。
女の子はかっこいい人に惹かれるらしい。じゃあ、かわいい服を着て貰えば、女の子から魅力的に思われにくいかなと思ったのだ。
これは王子くんに恋する人間を減らすための卑劣な工作に過ぎない。しかも、姑息だ。
「(俺って本当、情けない……)」
王子くんは一緒に行く俺に気を遣って好みの服を着てくれると言うのに、俺が服を選んだ基準はこれだ。
王子くんならなんでも似合うからなんでも好きと言うのは事実だが、それはそれとしてあまりに情けなすぎる。
しかも安直にかわいいカーディガンを選んでしまったせいで、今度は「王子くんがかわいくなって男の子にモテ始めたらどうしよう」という不安も湧いてくる。王子くんの魅力の前に同性かなんて関係ない。好きになった俺が言うんだから間違いない。
足元が泥にでもなったかのように足が重い。王子くんの顔を見られなくて下を向いていると、不意に彼が顔を覗き込んできた。
「わぁっ!?」
驚いて飛び退くと、王子くんの方も驚いた顔をする。
「そんな驚くことないだろ」
王子くんを驚かせてしまった。ずぅんと気分が落ち込んできた。こんな自分を見られたくなくて背を丸めると、王子くんが一歩詰め寄って俺の制服を引っ張る。
「ほら、行こうぜ」
それから、笑いかけてくれた。
王子くんは綺麗だ。勉強してる時の横顔も、無防備な寝顔も、何気ない瞬間だって、信じられないくらい綺麗だ。
でも、こうやって笑っているときは特に綺麗に見える。さらさらの髪が天使みたいに揺らめいて、瞳は光そのものみたいに輝いて、白く滑らかな頬が笑みを作るたび、つま先から頭のてっぺんまで焦げ付くほどの恋に落ちてしまう。何度だって。
「うん」
だから情けなさなんて忘れて、彼の後をついて歩いた。それが逃避だってわかってはいるけど、全部忘れてでも彼と一緒にいたくて仕方がなかった。

