ガチ恋王子は結ばれたい

クラスメイトたちがわいわいしながらくじを交換すること、しばらく。
班が決まったのはホームルームが終わる五分前だった。
「じゃあ、班ごとに回るコースを決めてください。ホームルーム中に決まらなくても、放課後までに決めてくれればいいので」
学級委員長がそう言って、クラスメイトたちが「はーい」と軽い返事をする。その流れにしたがって俺たちも班ごとに集まり、コースを決めることになった。
二班になったのは俺と波止場、それから仲良さげな女子二人と一組の男女カップルだ。
カップルは腕を組みながらきゃっきゃと声をあげている。女子二人も何かを囁き合い、楽しそうだ。
苦しそうなのは俺の隣でアルマジロみたいに背を丸めている波止場だけである。
「で、コース、どこにする?」
カップルのうち、女子の方が声をあげた。彼女はファイルから事前に配布されていた修学旅行の資料を取り出して並べる。
「コースって言っても行くところは全部同じで、どの順番で回るか程度の違いしかないですよね。一つのコースに集中すると先生が抽選で振り分けるらしいですし、正直どれでもいいっていうか……」
二人組のうち一人がそう言い、資料を指差す。そこには「一番コース 伏見稲荷大社から清水寺へ」「二番コース 清水寺から伏見稲荷大社へ」と書いてあった。
「だよね〜〜。うちら二班だから、二番コースでもいい?」
カップルのうち女子の方がそう提案する。元々班行動のコースなんてあまり気にしていないのか、全員がその提案に頷いた。
「じゃ、二番コース希望で提出っと」
彼女はすらすらと提出用紙に希望コースを書き込み、学級委員長に提出する。そして自分の恋人の元に戻っていちゃつき始めた。
女子生徒たちも寄り添い合い、自由行動の計画を練り始める。
この場の雰囲気に取り残されているのは俺と波止場だけだ。
「波止場」
「!!」
名前を呼ぶと、波止場がこっちが驚くくらい肩を跳ねさせた。
「な、何?」
波止場は俺を見ないように俯いている。彼の長い前髪が俺たちを遮るように垂れている。
心臓が緊張でドクドクと鳴った。なんでもないと言ってしまいたかったが、宮子のことがちらつく。
彼女が手伝ってくれたのに、俺だけ何もしないなんておかしい。俺も努力しなくてはいけない。
「あのさ……。俺、お前のこと、怒らせたか?」
王子様らしく綺麗に笑って、何気ないよう問いかけたつもりだった。しかし喉の奥が少しだけ引き攣る。
悲しみとか苦しみとか恋しさが、胸の中で強烈に渦巻いていた。
「修学旅行、一緒に行きたいよ。それで楽しみたい」
その時ホームルームの終わりを、昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴った。
「……ごめん、王子くん」
波止場は立ち上がり、俺を見て、怯えるように目を逸らす。そのまま走って教室を出て行った。
「え? 何?」
班のメンバーが驚いた様子で顔を見合わせる。残された俺は唖然と波止場がいなくなった方向を眺めていた。
「波止場……」
同時に悲しみとか苦しみとか恋しさを押しのけて、怒りの炎が揺れた。イライラが燻り、噴出する。
「あいつ……っ!」
勝手に「一緒にいられない」とか言って人を悩ませて、既読スルーして、直接接したら逃げ出す。
いくら俺が波止場に心の底からメロメロだとしても許せない。普通に、ブチギレだ。
「……ふ、ふふ……」
波止場がいく場所なんて大体想像がつく。ずっとずっとずっと一緒にいたのだ。
なぜあいつは俺から逃げられるなんて思っているのだろう。甘い、甘すぎる。まぁそんなところも好きだが。
「待ってろよ、波止場……」
何も持たずに教室を飛び出した。彼の行きそうな場所を考え、その中から『音楽準備室』を選ぶ。
あそこは狭くて、暑くて、荷物も多くて、昼休みは誰も使わない。逃げ込むならぴったりだ。
それに何より、音楽準備室は波止場と一緒に行ったことがない。
「(俺を避けてるってことは、俺に関する場所も避けてるはずだ)」
この学校で一緒に行ったことがない場所なんて限られている。本当にずっと一緒にいたのだから。
「なんか王子、怖い顔してない?」
すれ違った誰かがそう言うが、波止場がいない今は気にならない。
僅かに人の気配がする音楽準備室の前に辿り着くと、扉に手をかけて一気に押し開いた。躊躇いも容赦もなかった。
埃っぽい空気が流れ出た。部屋の隅にあった影が怯えるように震え、こちらを見る。
「え、お、王子くん……!? なんで!?」
波止場は俺を見て悲鳴のような声をあげた。部屋に入り、その声を閉じ込めるみたいに扉を閉じる。
「波止場、お前」
逃げるなとか、なんだんだとか、そう言う言葉をかけてやろうと思っていたはずだった。
しかしいざ二人きりになって対面すると、言葉が上手く出ない。
「……お前」
声の芯がやたら熱くなって、喉の奥も熱くなった。涙が瞼の裏から込み上がってきそうになり、必死でそれを抑え込む。
王子様らしく振る舞っていたはずだった。それなのに俺はキレて彼を追いかけ、今はこんな醜態を晒している。彼への怒りと悲しみと自分への情けなさが渦巻く。
でも、やっぱり、波止場が好きだ。
「お前、どうしてあんなこと」
もう一度言葉をかけようとした瞬間、波止場が俺に手を伸ばした。そのまま有無を言わさず抱きしめられ、強烈な圧迫感と波止場の匂いに包まれる。
「ごめん、王子くん」
波止場は泣いていた。声はもうぶるぶる震えていて、落ちた涙が髪に触れる。彼は「汚してごめん」と慌てて俺の髪についた涙を拭い、それから慌てて「勝手に触ってごめん」と手を引っ込めた。
「ごめん、ごめん、王子くん、ごめん……」
抱きしめてくれたのはほんの一瞬だけで、波止場は手をほどいてすぐ離れてしまう。
それから、さめざめと涙を落とした。それだけで内側にあった感情は風船から空気が抜けるみたいに萎んで、静かになってしまった。
「泣くなよ、波止場」
自然と言葉が出た。
「で、でも、俺が勝手なことして、っていうか俺が情けないせいでこんなの」
波止場が自分の目元を擦った。乱暴に擦ったせいでそこはみるみるうちに赤くなってしまう。しかし涙は止まらず、波止場は赤くなった目元をさらに擦った。
潤んだ瞳が光を受けて宝石のように輝く。波止場が涙声で言う。
「俺にとって、王子くんが一番大事なのに」
頭を殴られたような衝撃があった。波止場は目を伏せる。
「傷つけて、ごめん……」
波止場が悲しんでいる。だから俺も悲しい。でも、今の言葉のせいで頭が弾けてしまった。
悲しかったこととか、怒っていたこととかが全部すっぽ抜けている。
「い、今の、もう一回言って」
つい、王子様ロールプレイを忘れてそう言った。波止場は一瞬ぽかんとした後、素直に言葉を吐き出す。
「傷つけて、ごめん……」
「それじゃなくて!」
思ったより声が大きくなり、波止場の肩が跳ねた。しかし彼はそれでもゆっくりと記憶を辿り、俺の望む言葉を探してくれる。
「俺にとって王子くんが、一番大事なのに……?」
恋は盲目である。俺はその一言ですっかり許す気になってしまった。ここでスマホを手に持っていたら録音してたと思う。
「泣くほど反省してる?」
できるだけプレッシャーにならないよう優しく問いかける。波止場がぶんぶん頷く。
「お、王子くんがそんなに傷つくなんて……思わなかったんだ。だって王子くん、人気者だし。俺なんかいなくても全然変わらないかなって」
でも、と彼が顔をあげてしっかりと俺を見た。まだ目元は赤くて、顔は涙でべしょべしょだけど、髪の隙間から見える瞳は確かな意思のもとに煌めいていた。
「でも、もうしない。王子くんがそんな顔するなら、本当にもう絶対しない。約束する」
こう言う時の波止場は、必ず約束を守ってくれる。俺はそれをよく知っている。
「うん。じゃあ、許す」
「…………」
波止場は無言のまま俺を見つめた後、その場に崩れ落ちた。
「うん……。うん、ありがとう、王子くん」
散々泣いたと思ったのに、波止場の目からどばっと涙が出た。目元が痛くないよう拭ってやると、波止場は「汚れちゃうから、いいよ」なんて言う。
「別に汚れないって。涙だろ、涙」
「でも、王子くん、綺麗なのに……」
「……」
好きだなぁ、と思った。
「じゃあほら、もう泣くな。拭うなって言うならそれくらいやってみせろ。な?」
「う、うん」
波止場が歯を食いしばりながら涙を堪える。ちょっと変な顔だったので思わず笑ってしまうと、つられたように波止場も笑った。
「えへへ……」
笑い方、かわいい。うわーめっちゃいいなぁ好きだと堪能していると、ふと疑問がよぎった。
「そういえば、なんで『一緒にいられない』なんて言ったんだ?」
問いかけると、波止場の表情が凍った。仲直りしたのだから流れで話してくれるだろうと思っていたので、その反応に俺も凍りつく。
「……い、言いたくない……」
波止場はたっぷり一分ほど黙った後、意を決したようにそう言った。その顔は青ざめており、手はがくがくと震えている。
「不誠実だって、わかってる。本当は言った方がいいってわかってる。言うべきなんだ。王子くんを悲しませたし、言えないなんかで納得してもらえないってわかってる」
彼は必死に言葉を振りかざした。その表情は真剣で、可哀想なくらいに怯えている。
「でも言いたくない……。い、いつか必ず言うから、今は……」
必死な様子のまま波止場はそう言い切り、機嫌を伺うように俺を見た。俺がここで一言でも否定すればそのまま死んでしまいそうなほど、追い詰められた表情だった。
何も言えなかった。彼をここまで追い詰める何かがあるなら俺が颯爽と解決してやりたいとは思うものの、聞き出したら波止場がどうにかなってしまいそうできけない。
「いつか言うって、絶対約束できるか」
縋るように波止場が頷く。
「じゃあ、今は聞かない」
彼は安堵の息をついた。それから小さく微笑む。なんだかそれが、俺にわからない何かが波止場の中を大きく占領しているのが気に入らなくて、彼の鼻をつんと突いた。
「お、王子くん?」
波止場がきょとんと首を傾げる。
「じゃあきかないでやる代わりに、何してもらおうかな……」
ちょっとした意地悪のつもりでそう言ったのに、何故か波止場はさっきより食い気味に頷いてきた。
「うん! なんでも言って!」
「な、なんでそんなに積極的なんだよ」
思ってもなかったリアクションにこっちがたじろいでしまう。波止場は目を輝かせながら一歩、俺に詰め寄った。
「だって、俺、王子くんにしてあげられることならなんでもしたいよ」
すごい台詞だった。くらっときてしまい「じゃあ俺にプロポーズしてくれよ」と言いそうになって、自分の足を自分で踏んで耐えた。催促はしたくない。
「じゃあ修学旅行で、自由時間もずっと一緒にいるとか?」
「それはご褒美だから、違うよ……。もっと違うこと、頼んでいいんだよ」
試しに言ってみたお願いはあっさり却下された。しかしご褒美発言にドキドキが止まらない。一緒にいるのをそんなに喜んでくれるのか。脈アリすぎて付き合ってないのが不思議に思えてきた。
「そ、そうかもな。っていうか仲直りしたんだし、当然一緒だよな」
「当然かはわからない、けど……。王子くんがいいって言ってくれるなら、どこにでもついていくよ」
さっきから台詞が凄まじい。一瞬、やっぱプロポーズされたのかと真剣に考えてしまった。波止場ははにかんでいるが、こっちはドキドキして心臓が止まりそうだ。
「じゃあ、えっと、えっと……」
ドキドキをおさえながらお願いを探す。今日の出来事が頭の中に流れていき、宮子の顔が浮かんだ。
「服!」
瞬間、俺はそう言った。
「服?」
「そう。新しい服、欲しかったんだ。それに修学旅行は服装自由だろ? 買いに行くから、そこで荷物持ちしてもらうって言うのはどうだ?」
その提案に波止場は笑顔で頷く。
「俺、なんでも持つよ。任せて、王子くん!」
それから俺たちは、昼休みが残り十分であることと弁当箱を持ってないことに気がついた。慌てて教室に戻って二人で弁当を食べ、放課後にショッピングモールに行く約束を交わす。
二人で食べる弁当は、それはそれは美味しかった。