ガチ恋王子は結ばれたい

「大きくなったら結婚して!」
これが初めて、彼にかけた言葉。
「わかった、約束する。大人になったら……今度は、僕から言うね?」
これがその時、彼から貰った返事。
この時、俺は本能と運命で理解した。この人は俺の王子様なんだ! と。
そして俺は心に決めた。何がなんでも、絶対、どんなことがあろうと、あらゆる障害を乗り越えてこの人と結ばれようと。
この人が俺の王子様なら、俺もこの人の王子様になろうと。
そうして、十二年が経過した。


朝起きて最初にすること。それは『ベッドサイドの鏡を覗き込むこと』だ。
「うん……。今日も超美人」
卓上鏡に映りこんだ俺は、今日も輝いていた。その白い肌は真珠のように艶やかで、長い髪は絹糸のようにさらさらで、唇は薄く、色素の薄い瞳はミステリアス。肉体のしがらみすら超越したようなこの美貌はあらゆる人間を虜にするだろう。
つまり、いつも通りの美しい俺だ。
「今日も完璧に『王子様』だな」
だが見惚れている時間はない。美しさのチェックが終われば、今度は『王子様』の準備が始まる。
まずは今日の授業の予習。王子様とは賢くあるべきだ。
といっても一通りの勉強は昨日のうちに済ませてあるので、ノートとまとめプリントを軽く再確認する程度に留めておく。
それが終わればスポーツウェアに着替え、ランニングだ。朝五時の街はひんやりしており、人気もまだ少ない。寝起きの街を抜け、近くの丘を一時間ほどかけてぐるりと回るのがお決まりのコースだ。
もちろん、行きと帰りに隣の家の二階窓を見つめるのは忘れない。これが一番大事。
そして自室での筋トレを済ませてシャワーを浴びる頃、二人いる姉のうち一人が起きてくる。
「あら。おはよう、王子くん。今日も早いのね」
「おはよう、王女(おうじょ)姉さん」
俺__皇 王子(すめらぎ おうじ)は、王女姉さんに笑いかけた。王女姉さんはおっとりとした笑みを返し、キッチンに立つ。家事をこよなく愛する彼女は皇家の家事担当だ。
制服を着て髪を乾かしている間にフレンチトーストが完成し、食卓に並ぶ。
「んごご……」
匂いに釣られるようにして、不明瞭なことを言いながら父が起きてきた。母ともう一人の姉、姫(ひめ)姉さんはまだ寝ているようだ。
「美味しい?」
「うん、今日も美味しいよ」
「あら、今日もなんて。うふふ、王子くんってば」
王女姉さんと話をしていると、半分寝ぼけたままの父さんが微笑んだ。
「ふふ……ふふふ……」
頭は回っていなさそうなのに、俺たちが楽しく話しているのを察して笑っているらしい。さすが子供を溺愛する父さんだ。自分の子供に『僕たち夫婦の王女様、お姫様、王子様』という意味で名前をつけるだけはある。
チーズとベーコンの入ったフレンチトーストはあまじょっぱくて美味しかった。
「ご馳走様」
食べ終えた皿を片付け、洗面所で丹念に歯磨きをする。マウスウォッシュも忘れない。
それが終わればメイクだ。先日買った下地を取り出す。肌馴染みがいい上にカバー力も高いとSNSで大評判だが、その実力やいかに。
「……お。マジでいいな、これ……」
下地は評判通り、肌馴染みもカバー力もよかった。これはリピだなと思いつつ、しっかりスポンジで塗り込んでいく。
鏡に映る俺の肌は陶器のように滑らかで透き通るようだ。ここからファンデーションを塗り、ベースは完璧。ポイントメイクに移る。
ここで大事なのは主張しすぎない程度にナチュラルに、しかし華やかにであること。この境界線を見極めるのが特に大事だ。華やかすぎるとメイクが濃くなるし、ナチュラルすぎると印象が薄くなる。
「…………」
集中しながら鏡に向かい、アイシャドウやリップを塗る。うん、今日も上手くいった。
「さっすが、完璧。これは『王子様』だろ」
最後にあらゆる角度から自分をチェックして、準備完了。忘れ物がないことを確認してスクールバッグを担いだ。
「よし、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
王女姉さんが見送り、父さんが半分寝ながら手を振る。二人に手を振り、隣の家に向かった。
隣にある家は普通の一軒家だ。二階建てのそれを見ると口元が勝手ににやつく。咳払いし、笑みを片付けた。
危ない。油断するな。自分にそう言い聞かせながらもらっている合鍵で中に入る。いつものことなのでインターホンは押さない。
「おはよう、王子くん」
「王子くん、おはようー!」
リビングから二人分の声が聞こえた。この家に住む『彼』のご両親、つまりは将来俺の義両親になる人たちの声だ。リビングを覗きこみ、軽い挨拶だけ済ませる。
そのまま階段をのぼった。目指すは二階のとある部屋、俺の愛しい、運命の人の部屋。
部屋に入ると彼の匂いがした。ベッドの上にある布団はこんもり盛り上がっており、その膨らみを見ているとなんだか堪らなくなってしまう。
逸る足を落ち着かせながらベッドに近寄った。布団を掴んで、剥がす。
「ぅ……」
ベッドの中にいた彼が、寝起き特有の掠れ声をあげる。何度聞いてもマジでいい声だ。録音したい、この声に毎朝起こしてほしい。
「おはよ、波止場(はとば)」
できるだけ綺麗に見えるよう笑いながらそう言った。ベッドの彼は何度か瞬きをし、ようやく目の焦点を合わせる。
「……おはよう、王子くん」
俺の幼馴染であり運命である港 波止場(みなと はとば)は、ゆるりと微笑んだ。