笑ってみて、緋咲先輩



 また柊弥くんの耳が赤くなっていて熱そうだ。こんなに風が涼しいのに…何が彼をそうさせるのだろう。

 「…あの、先輩、この前のこと覚えてますか?本当はもっとたくさん言いたいことたくさんあるって話した時のこと」

 柊弥くんは、鼻を搔いて気まずそうに口を開いた。

 「ああ、もちろん。覚えてるよ」
 「…ある、けど。先輩に誤解されたくないのもあります」
 「誤解って?」
 「俺こんなだから、チャラいって言われるタイプだし、どうせ誰にでも言ってるんだろうなとか思われそうで…。でも先輩に伝えてることは全部本気だって、分かってほしくて…」

 時折強めに吹く風が、俯き気味な柊弥くんの白っぽい髪の毛を撫でていく。そして柊弥くんはそれを邪魔そうに払い除けて、心配そうにこちらを見た。

 こんなに明るくてキラキラしてて友達が多い人でも、自信がないことや、自分の不安なところを持っているんだ…。

 本当はチャラくないだろう、人をよく見ているとは気付いてた。でも確かに、柊弥くんが俺に頻繁に会いに来るのは、「周りにいないタイプだから面白くて構いたいだけだろう、飽きたら離れていくだろうに」と思い込んでいたのもある。

 それもきっと、自分とは真逆のタイプで遠い存在だと思っていたから…少なからず柊弥くんに対してそういう偏見を持っていたのは確かだ。更に自分を下げて最初から諦めることで、自分が傷付かないようにしていたのかもしれない。

 でも、それも…違うのだとしたら…。

 「ずっと前から、柊弥くんは人のことをよく見てるなって気付いてた」
 「えっ…」
 「柊弥くんはチャラくないと思う。見た目のことやテンション?のことは分からないが…少なくとも、人間性は真面目なんだろうなって…接してきた俺には分かる」
 「…先輩、」
 「だから、心配しなくていい。柊弥くんが伝えてくれる言葉は真剣だって、分かってる。この前も…何気ない一言に救われた気持ちになった」

 “____先輩の笑顔、めっちゃ可愛いって思ってます。変な顔だなんて思わないで”

 “____何度も見たいです”

 そうだ。あの時の言葉…初恋相手の呪縛から解いてくれるような、そんな温かさがあった。でも、誰でもいいから言われたらよかった訳じゃないと思う。

 柊弥くんだったから…。

 「…っはは、先輩の、そういう恥ずかしくなることもド直球に伝えてくれるところ好きですよ」
 「ド…?」
 「ねぇ、覚えてますか?俺達、去年委員会で一緒だったの」
 「え?ああ、覚えてる。というか、接点ってそれしか無かったよな?」
 「まあ…そうですね。じゃあアレも覚えてますか?」
 「アレ…?」
 「委員会ある日、俺早めに教室着いて誰もいなくて暇で…黒板に落書きしてたんですよ。そしたら緋咲先輩が来て、俺のふざけた落書き見て笑ったんです」

 笑った…?俺が?
 去年そんな事があった…?

 「………悪い、それは全然思い出せない」
 「うっ…!い、いいんですよ…。本当に数分のことだったし、先輩にとっては何でもない日常でしょうから…。でも、俺には違ったんです」
 「違った?」
 「俺の下手くそでふざけて描いた黒板の絵を見て、先輩が吹き出してクスクス笑ったんです。『悪い、不意打ちでつい…面白い絵だな』って」

 柊弥くんは頭の中の思い出をめくるように、嬉しそうな声で話してくれた。その時のことを、全部鮮明に覚えているみたいに。

 ハッキリは思い出せないが、そういえば委員会前の教室で落書きしてた生徒がいたような気がしないでもない。それが柊弥くんだったのか。

 「俺、緋咲先輩はクールでかっこよくて誰も笑顔見た事ないんだって噂聞いてたんですよ。結構校内で言われてるじゃないですか?女子達もそれでキャーキャー言ってたから…。なのにその時、不意打ちとはいえ先輩が笑ってくれたからびっくりして…その笑顔見て俺…心臓撃ち抜かれたみたいに苦しくなって…」

 「え?」

 「その日から、また先輩の笑顔が見たい、俺にだけ笑ってほしい、もっと先輩のこと知りたいって思ってました」

 なんだか、俺まで胸が苦しいような…。撃ち抜かれた感じはしないが、きゅーっと心臓を握られているような感覚…。どうして…。

 この人が、そんな目で…。俺を捕らえたくて仕方ないみたいな視線を向けてくるから。

 「…柊弥くんは、俺の顔に飽きたら離れていくなんて…しないか?」
 「しません。絶対」
 「変な顔で笑ったら勿体ないって…思わないか?」

 突然、優しく触れられた左手。柊弥くんは大きな手で俺の指先をそっと掴むと、それを自分の口元に持っていく。背後で微かに聞こえてきていた生徒達の騒がしい声も、どんどん俺の耳から遠ざかっていくようだ。

 「さっき言いましたよね?何度も見たいって。俺は先輩の笑顔も、ちょっと抜けてるとこも天然なとこも、素直な所も、意外にクソ甘なお菓子が好きな所も、自信なさげな所も、全部可愛いって思ってます」

 さっきの慌てた姿とは一変。俺の手の甲に愛おしそうに唇をゆっくり触れさせる姿は、どこかの国の王子様みたいだ。

 そうか、こんなに涼しいのに柊弥くんの耳がさっきから赤いのは、熱そうなのは…こういうことだったんだ。

 「…柊弥くん、」
 「俺、緋咲先輩のことが好きです」