笑ってみて、緋咲先輩


 若さ故の積極性…グイグイ感が強い。圧がすごい。なのに、不快な感じがしないのはなぜだろう。

 「まあ、その…高1の時付き合ってた大学生の人に、せっかく綺麗な顔してるんだから、そんな変な顔で笑わない方がいいよって言われたんだ」

 「…え、」

 「俺は、思い切り笑うと顔がクシャってなるから…それまで気にしてなかったんだけど、その人に言われてから笑わないように意識するようになった。初めて付き合った人だったから、嫌われたくなくて…」

 「…その人とはどうなったんすか?」

 「去年相手から言われて、別れた。その人はクールでミステリアス?な美人系が好みだったみたいで、俺は顔がタイプだったから付き合ってみたけど、思ったのと違ったらしい」

 喋りすぎたか…?

 柊弥くんが真面目な顔して、少し眉を下げながらも俺を真っ直ぐ見て聞いてくれるから…。つい口が緩んでしまったのかもしれない。

 「あ、えっと、だから、柊弥くんみたいに素敵な笑顔で笑えたらよかったのかもなって…」

 「…先輩はその人に言われたから、気にして笑わないようにしてるってことですよね」

 「え、まあ…、今はもう好きとかはないけどな…。初めて好きになった人に言われたことだから、ずっと頭に残ってるのかもしれない。あと癖づいてしまったな、笑わないようにすることが」

 誰にも話したことがなかった、笑わない理由。 まさか後輩に話すことになるとは…。

 柊弥くんは俺から目線を外し、少し顔を下げて何かを考えているようだ。こんな他人の失恋話と過去の話を聞かされて、暗い気分にさせてしまったに違いない。

 「柊弥くん、気を悪くさせたね。ごめ…」
 「緋咲先輩!!!」
 「…っ!え?は、はい、ぅわ!?」
 「こちょこちょこちょこちょ~!」

 なぜだ。なぜか突然、柊弥くんに両脇ら辺をくすぐられ始めた。純粋にくすぐったいせいと、不意打ちだったせいで、口と目元がついほころびてしまう。

 「ぶっ…っ!!あっはははは!!!ちょ、柊弥く…!くすぐった…っ、ふはははっや、やめ…!」

 あれ?

 あれ?もしかして…。

 俺は今…声を出して笑ってる…?

 「…やっと笑ってくれた」
 「え…」
 「これは最後の切り札でしたけど…いても立ってもいられなくて、くすぐらせてもらいました」
 「最後の切り札…?って?」
 「俺ずっと先輩に笑ってほしかったんです。クールで誰も笑顔を見たことがないって言われてる先輩の…あの笑顔をもう一度見たいって思ってました」

 柊弥くんは俺の両肩を優しく掴み、ふんわり綿あめみたいに微笑む。

 「そんな理由があったなんて知らなかったけど…。俺はずっと、先輩の笑顔めっちゃ可愛いと思ってます」
 「!?えっ!?な、何を急に…」
 「顔をクシャッてさせて、口を大きく開けて笑ってる今の先輩の笑顔、何度も見たいです。だから変な顔だなんて思わないで」

 柊弥くんは、ただ飼い犬みたいに懐いてくれてて、俺を構うと面白いらしいから会いに来てるだけだと思ってた。なのに、そんな真剣な眼差しで、真剣な低い声で言われたら…胸の奥底がむず痒くなってしまう。

 「なんで、そんな優しいことを言ってくれるんだ…?」
 「…誰にでもこんなこと言う訳じゃないっすよ。緋咲先輩だから。たくさん優しくしたいし、たくさん笑ってほしいし、たくさん構いたいんです、俺」

 全身に火が灯るような感覚だ。柊弥くんが向けてくれる言葉が、視線が、全部熱くて突き刺さる。鎖みたいに絡みついた過去の思い出と言葉が、溶かされていくように…。

 なんだか、彼の言ってくれることを信じてみたいと思ってしまう。

 「だから…「いたいた!おーい!柊弥!」」