(手……掴まれたままなんだけど……!)
キャンパスを抜けて駅へと続く並木道を歩きながら、俺は自分の手首に巻きついた高城の大きな手に意識が集中してしまっていた。
高城の指先は長くて無骨で、驚くほど温かい。彼の歩幅に合わせて必死についていく俺の腕を、痛くない程度の絶妙な力加減でしっかりと掴んでいる。
すれ違う女子高生やサラリーマンがチラチラと俺たちを見ていく気がして、恥ずかしさで耳の裏まで真っ赤になっていく。
「た、高城……あのさ……」
「ん?」
「手……手首、もう離してくれても……俺、逃げたりしないし……」
消え入りそうな声で訴えると、高城は足を止めて振り返った。
じっと俺の顔を見つめ、真っ赤になった俺の耳元まで視線を落とすと、フッと満足そうに口元を緩める。
「お前、油断するとすぐ他の奴につかまるだろ。迷子紐みたいなもんだ」
「迷子紐って! 俺、二十歳の大学生だよ!?」
「中身は迷子の小学生並みに危なっかしいけどな」
「うぐっ……!」
言い返せないのが悔しい。高城は俺の手首からすっと力を抜くと、今度はごく自然に、俺の手のひらに自分の指を絡めようとしてきた。
「ひゃっ!?」
思わず跳ね上がって手を引くと、高城は「冗談だ」とくつくつ低く笑った。心臓に悪すぎる。この男、クールな顔をして時々こういう意地悪を仕掛けてくるから油断ならない。
高城が連れてきてくれたのは、大学から少し離れた路地裏にひっそりと佇む、レトロな雰囲気のジャズ喫茶だった。
店内は薄暗く落ち着いた照明で、心地よい音楽が流れている。キャンパスのガヤガヤした喧騒とは無縁の、大人な空間だ。
「ここ、高城の行きつけ……?」
「まあな。静かだし、サークルの奴らもめったに来ない。ここならお前も『陽キャのフリ』をしなくて済むだろ」
高城は奥のボックス席のソファーに俺を促し、自分は向かい側に腰を下ろした。
(高城……わざわざ俺が気疲れしない店を選んでくれたんだ……)
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。どこまで過保護で、どこまで優しいのだろう。
メニュー表を開くと、美味しそうな洋食のメニューがずらりと並んでいた。
「すいません、注文いいですか。特製オムライスふたつと、食後にアイスコーヒーふたつで」
「え、あ、ちょっと高城! 勝手に決めないでよ!」
「お前、どうせ迷って決められないだろ。ここのオムライス、卵がトロトロで絶品だぞ。嫌いか?」
「き、嫌いじゃないけど……」
「じゃあ決まりな。俺が奢るって言ったろ」
高城は手慣れた手つきで店員にオーダーを伝えると、肘をついてあごを乗せ、正面から俺の顔をじーっと見つめてきた。
(な、なに……!? なんでそんなに見つめてくるの……!?)
逃げ場のない正面からの視線に、俺は居心地が悪くなって視線を泳がせた。
目の前にある水のグラスを両手で包み込み、ストローを口にくわえてちびちびと飲む。
「……瀬名」
「は、はいっ!?」
「お前、サークルやめたいのか?」
思いがけない問いかけに、俺はストローを口から離し、目を見開いた。
高城の瞳は、冗談ではなく本気で心配している色を宿している。
「……やめたいってわけじゃないよ。ただ……向いてないのかなって、昨日は落ち込んでただけで」
俺は視線をグラスの氷に落とし、ぽつぽつと胸の内を明かした。
「サークルの人たちはみんな良い人だし、華やかでかっこいいから、憧れて入ったんだ。でも、みんなのテンションについていこうとすると、どうしても空回りしちゃって……。『あいつ、ノリが寒いな』とか『無理してて痛いな』って思われてるんじゃないかって、怖くて」
一度口に出すと、情けないコンプレックスが溢れ出てくる。
「高校までの自分を変えたくて頑張ってみたけど……やっぱり根っこが陰キャのコミュ障だと、急に陽キャになんてなれないんだよね。高城みたいに、自然体でかっこよくて周りから好かれる人に、俺もなりたかったんだけどな……」
自嘲気味にへらっと笑ってみせた、その時だった。
コトン、とテーブルを挟んで高城の手が伸びてきて、俺の額を指先で軽く小突いた。
「いって……!」
「バカ」
高城は眉間に深くシワを寄せて、不機嫌そうに俺を睨んでいた。
「お前、自分のことサボテンか何かだと思ってんのか」
「は? サボテン……?」
「棘だらけで必死に身を守ろうとして、無理して背伸ばそうとしてさ。痛々しくて見てらんないんだよ」
高城の口調は厳しかったけれど、その眼差しには呆れと、それを上回るほどの深い愛おしさが滲んでいた。
「俺はな、お前が他の陽キャみたいに慣れ慣れしく騒いだり、軽々しく女子に笑いかけたりしないところがいいと思ってんだよ」
「……え?」
「不器用で、すぐテンパって、人の顔色ばかり気にして……それでも必死に輪に入ろうと頑張ってるお前を見てる方が、何十倍も愛着湧く。だから『俺みたいな完璧な奴になりたい』なんて吐露すんな。お前はお前のままでいろ」
高城の言葉が、ひとつひとつ胸の深いところに突き刺さる。
完璧に見える高城が、俺のダサくて不器用な部分を、否定するどころか「いいと思ってんだ」と言ってくれたのだ。
(愛着……? それって、どういう意味……?)
頭がパニックを起こしそうになっていると、タイミング良く店員が「お待たせしました」と湯気の立つオムライスを運んできた。
「ほら、冷めないうちに食え」
高城は何事もなかったかのようにスプーンを手にとり、自分のオムライスに切れ目を入れる。
「あ、うん……いただきます……」
俺も慌ててスプーンを握り、黄金色に輝くトロトロの卵とチキンライスをすくって口に運んだ。
「……! 美味しい……!」
口の中に広がる濃厚なバターとデミグラスソースの風味に、思わず頬が緩む。
さっきまでの緊張や悩みが吹き飛ぶくらい、文句なしの絶品だった。
「だろ。だから言ったろ」
高城は俺の反応を見て、満足そうに鼻で笑った。
それから、俺が夢中でオムライスを頬張る姿を、まるでペットの食事でも眺めるような優しい目で見つめている。
「あ、高城も食べなよ。冷めちゃうよ?」
「ああ。……あ、瀬名、動くな」
「え?」
高城が突然立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出してきた。
あっと思う間もなく、高城の長くて綺麗な親指が、俺の口元にそっと触れる。
「っ……!?」
「ソース付いてた」
高城はその親指を自分の口元に運び、ペロリと舐めて見せた。
(ななななななにやってんのこの人ーーーーー!?!?!?)
脳内の全回路がショートした。
口元を拭いてくれただけでもパニックなのに、それを自分の口に入れるなんて、そんなの、そんなの……!
「た、高城……っ! なにやって、それ、汚いし……っ!」
「別に。お前の食い残しだろ」
「そういう問題じゃないよ! 間接キス的な意味で……あ」
口を滑らせて自分で「間接キス」と言ってしまい、俺は速攻で両手で口を塞いだ。
高城は一瞬目を丸くしたあと、底意地の悪い、だけど飛びきり甘い笑みを浮かべた。
「なんだ、自覚あんのか」
「う、うそうそ! 今のは冗談で……っ!」
「瀬名」
高城が低く名前を呼ぶ。
彼はソファーから立ち上がると、向かい側の席ではなく、なんと俺が座っている側のボックス席へと移動してきて、俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「ひえっ……!? なんでこっち来るの!?」
狭いボックス席で、高城の肩と俺の肩がぴったりと密着する。
逃げようと奥へ縮こまろうとしたが、高城の長い腕が俺の背中に回り、壁との間に閉じ込められてしまった。
「お前が可愛すぎるのが悪い」
耳元で落とされた低音ボイスに、俺の全身の毛穴が収縮する。
高城の顔が至近距離まで近づき、彼の吐息が俺の頬を掠めた。
「サークル、無理して続けなくていい。だけど……俺の視界からは消えるな」
「た、高城……」
「わかったか?」
逃げ場のない包囲網。高城の瞳に宿る、どこまでも深くて底知れない「執着」と「庇護欲」に捕らわれて、俺はただコクリと頷くことしかできなかったのだった。
キャンパスを抜けて駅へと続く並木道を歩きながら、俺は自分の手首に巻きついた高城の大きな手に意識が集中してしまっていた。
高城の指先は長くて無骨で、驚くほど温かい。彼の歩幅に合わせて必死についていく俺の腕を、痛くない程度の絶妙な力加減でしっかりと掴んでいる。
すれ違う女子高生やサラリーマンがチラチラと俺たちを見ていく気がして、恥ずかしさで耳の裏まで真っ赤になっていく。
「た、高城……あのさ……」
「ん?」
「手……手首、もう離してくれても……俺、逃げたりしないし……」
消え入りそうな声で訴えると、高城は足を止めて振り返った。
じっと俺の顔を見つめ、真っ赤になった俺の耳元まで視線を落とすと、フッと満足そうに口元を緩める。
「お前、油断するとすぐ他の奴につかまるだろ。迷子紐みたいなもんだ」
「迷子紐って! 俺、二十歳の大学生だよ!?」
「中身は迷子の小学生並みに危なっかしいけどな」
「うぐっ……!」
言い返せないのが悔しい。高城は俺の手首からすっと力を抜くと、今度はごく自然に、俺の手のひらに自分の指を絡めようとしてきた。
「ひゃっ!?」
思わず跳ね上がって手を引くと、高城は「冗談だ」とくつくつ低く笑った。心臓に悪すぎる。この男、クールな顔をして時々こういう意地悪を仕掛けてくるから油断ならない。
高城が連れてきてくれたのは、大学から少し離れた路地裏にひっそりと佇む、レトロな雰囲気のジャズ喫茶だった。
店内は薄暗く落ち着いた照明で、心地よい音楽が流れている。キャンパスのガヤガヤした喧騒とは無縁の、大人な空間だ。
「ここ、高城の行きつけ……?」
「まあな。静かだし、サークルの奴らもめったに来ない。ここならお前も『陽キャのフリ』をしなくて済むだろ」
高城は奥のボックス席のソファーに俺を促し、自分は向かい側に腰を下ろした。
(高城……わざわざ俺が気疲れしない店を選んでくれたんだ……)
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。どこまで過保護で、どこまで優しいのだろう。
メニュー表を開くと、美味しそうな洋食のメニューがずらりと並んでいた。
「すいません、注文いいですか。特製オムライスふたつと、食後にアイスコーヒーふたつで」
「え、あ、ちょっと高城! 勝手に決めないでよ!」
「お前、どうせ迷って決められないだろ。ここのオムライス、卵がトロトロで絶品だぞ。嫌いか?」
「き、嫌いじゃないけど……」
「じゃあ決まりな。俺が奢るって言ったろ」
高城は手慣れた手つきで店員にオーダーを伝えると、肘をついてあごを乗せ、正面から俺の顔をじーっと見つめてきた。
(な、なに……!? なんでそんなに見つめてくるの……!?)
逃げ場のない正面からの視線に、俺は居心地が悪くなって視線を泳がせた。
目の前にある水のグラスを両手で包み込み、ストローを口にくわえてちびちびと飲む。
「……瀬名」
「は、はいっ!?」
「お前、サークルやめたいのか?」
思いがけない問いかけに、俺はストローを口から離し、目を見開いた。
高城の瞳は、冗談ではなく本気で心配している色を宿している。
「……やめたいってわけじゃないよ。ただ……向いてないのかなって、昨日は落ち込んでただけで」
俺は視線をグラスの氷に落とし、ぽつぽつと胸の内を明かした。
「サークルの人たちはみんな良い人だし、華やかでかっこいいから、憧れて入ったんだ。でも、みんなのテンションについていこうとすると、どうしても空回りしちゃって……。『あいつ、ノリが寒いな』とか『無理してて痛いな』って思われてるんじゃないかって、怖くて」
一度口に出すと、情けないコンプレックスが溢れ出てくる。
「高校までの自分を変えたくて頑張ってみたけど……やっぱり根っこが陰キャのコミュ障だと、急に陽キャになんてなれないんだよね。高城みたいに、自然体でかっこよくて周りから好かれる人に、俺もなりたかったんだけどな……」
自嘲気味にへらっと笑ってみせた、その時だった。
コトン、とテーブルを挟んで高城の手が伸びてきて、俺の額を指先で軽く小突いた。
「いって……!」
「バカ」
高城は眉間に深くシワを寄せて、不機嫌そうに俺を睨んでいた。
「お前、自分のことサボテンか何かだと思ってんのか」
「は? サボテン……?」
「棘だらけで必死に身を守ろうとして、無理して背伸ばそうとしてさ。痛々しくて見てらんないんだよ」
高城の口調は厳しかったけれど、その眼差しには呆れと、それを上回るほどの深い愛おしさが滲んでいた。
「俺はな、お前が他の陽キャみたいに慣れ慣れしく騒いだり、軽々しく女子に笑いかけたりしないところがいいと思ってんだよ」
「……え?」
「不器用で、すぐテンパって、人の顔色ばかり気にして……それでも必死に輪に入ろうと頑張ってるお前を見てる方が、何十倍も愛着湧く。だから『俺みたいな完璧な奴になりたい』なんて吐露すんな。お前はお前のままでいろ」
高城の言葉が、ひとつひとつ胸の深いところに突き刺さる。
完璧に見える高城が、俺のダサくて不器用な部分を、否定するどころか「いいと思ってんだ」と言ってくれたのだ。
(愛着……? それって、どういう意味……?)
頭がパニックを起こしそうになっていると、タイミング良く店員が「お待たせしました」と湯気の立つオムライスを運んできた。
「ほら、冷めないうちに食え」
高城は何事もなかったかのようにスプーンを手にとり、自分のオムライスに切れ目を入れる。
「あ、うん……いただきます……」
俺も慌ててスプーンを握り、黄金色に輝くトロトロの卵とチキンライスをすくって口に運んだ。
「……! 美味しい……!」
口の中に広がる濃厚なバターとデミグラスソースの風味に、思わず頬が緩む。
さっきまでの緊張や悩みが吹き飛ぶくらい、文句なしの絶品だった。
「だろ。だから言ったろ」
高城は俺の反応を見て、満足そうに鼻で笑った。
それから、俺が夢中でオムライスを頬張る姿を、まるでペットの食事でも眺めるような優しい目で見つめている。
「あ、高城も食べなよ。冷めちゃうよ?」
「ああ。……あ、瀬名、動くな」
「え?」
高城が突然立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出してきた。
あっと思う間もなく、高城の長くて綺麗な親指が、俺の口元にそっと触れる。
「っ……!?」
「ソース付いてた」
高城はその親指を自分の口元に運び、ペロリと舐めて見せた。
(ななななななにやってんのこの人ーーーーー!?!?!?)
脳内の全回路がショートした。
口元を拭いてくれただけでもパニックなのに、それを自分の口に入れるなんて、そんなの、そんなの……!
「た、高城……っ! なにやって、それ、汚いし……っ!」
「別に。お前の食い残しだろ」
「そういう問題じゃないよ! 間接キス的な意味で……あ」
口を滑らせて自分で「間接キス」と言ってしまい、俺は速攻で両手で口を塞いだ。
高城は一瞬目を丸くしたあと、底意地の悪い、だけど飛びきり甘い笑みを浮かべた。
「なんだ、自覚あんのか」
「う、うそうそ! 今のは冗談で……っ!」
「瀬名」
高城が低く名前を呼ぶ。
彼はソファーから立ち上がると、向かい側の席ではなく、なんと俺が座っている側のボックス席へと移動してきて、俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「ひえっ……!? なんでこっち来るの!?」
狭いボックス席で、高城の肩と俺の肩がぴったりと密着する。
逃げようと奥へ縮こまろうとしたが、高城の長い腕が俺の背中に回り、壁との間に閉じ込められてしまった。
「お前が可愛すぎるのが悪い」
耳元で落とされた低音ボイスに、俺の全身の毛穴が収縮する。
高城の顔が至近距離まで近づき、彼の吐息が俺の頬を掠めた。
「サークル、無理して続けなくていい。だけど……俺の視界からは消えるな」
「た、高城……」
「わかったか?」
逃げ場のない包囲網。高城の瞳に宿る、どこまでも深くて底知れない「執着」と「庇護欲」に捕らわれて、俺はただコクリと頷くことしかできなかったのだった。


