擬態陽キャは隠しきれない〜人見知りな俺、過保護なハイスペ男子に甘やかされています〜

翌朝。アラームが鳴る十分前に目が覚めた俺は、ベッドの中で天井を見つめたまま、しばらく身動きが取れずにいた。

(……夢じゃ、なかったんだよな……)

まぶたの裏に焼きついているのは、昨夜の居酒屋の裏手にあるベランダで見た高城の姿だ。
暗がりの中で光る切れ長な瞳、耳たぶに触れてきた指先の熱、そして耳元で囁かれた言葉。

『俺がお前と一緒にいたいんだよ』

(〜〜〜っ!!)

思い出すだけで顔が爆発しそうになり、俺は掛け布団を頭までかぶって激しく悶絶した。
高城柊真。サークル内でも大学内でも一目置かれるクール系ハイスペック男子。そんな彼が、大学デビュー失敗寸前のダサい俺に、なぜか目をかけて過保護に接してくるのだ。

(落ち着け瀬名葵! 高城はただ、放っておけない不器用なやつを親切心でお世話してくれてるだけだ! 勘違いして調子に乗ったら一瞬で嫌われるぞ!)

必死に自分に言い聞かせ、胸の動悸を鎮めようとする。
だけど、スマートフォンの画面を開くと、昨夜高城から届いていたメッセージが目に入った。

『明日の1限、経済学だろ。講義棟の前で待ってる』

短いメッセージなのに、どこか逃がさないという意志を感じて胸が跳ねる。
俺は「了解! よろしくお願いします!」と打ちかけて、あまりにも堅苦しいかと思い、「わかった! ありがとう!」と打ち直して送信した。

気合いを入れて鏡に向かい、明るく染めた髪をワックスで整え、少し派手めなシャツに袖を通す。
今日も俺は「イケてる大学生」としてキャンパスに向かわなければならない。本当はパーカーとスウェットで隅っこに隠れていたいけれど、一度作った仮面を脱ぐのは、まだ怖かった。

午前八時四十五分。
朝の澄んだ空気に包まれた大学のキャンパスは、一限に向かう学生たちで行き交っていた。

第一講義棟の大きな階段の前に着いた俺は、思わず足を止めた。

「あ、瀬名くんおはよー!」
「瀬名、昨日はお疲れ〜!」

すれ違うサークルの知り合いに「おはよー! 昨日は楽しかったね!」と爽やかな笑顔を振りまく。よし、完璧な応答だ。顔の筋肉も今日はちゃんと動いている。

そうやって自分に合格点を出していたその時、階段の横にある大きな木陰に、人集まりができているのが見えた。

「ねえ、あの人って『アルカディア』の高城くんじゃない?」
「かっこいい……誰か待ってるのかな?」
「声かけたいけど、なんか話しかけづらい雰囲気あるよね」

女子学生たちのひそひそ話す声が聞こえてくる。
その視線の先にいたのは、黒のロングコートを羽織り、スマートフォンの画面を眺めながら壁にもたれかかっている高城だった。

相変わらず次元の違うスタイルの良さと洗練されたオーラで、そこだけドラマの撮影現場のようになっている。

(うわぁ……やっぱりめちゃくちゃ目立つな……)

俺みたいな擬態陽キャが近づいていい空間ではない気がして、一瞬後ずさりしかけた。
だが、その瞬間に高城がすっと顔を上げた。

大勢の学生が行き交う中で、高城の視線がまっすぐに俺を捉える。
彼の手がポケットから出され、俺に向かって軽く招くように動いた。

「瀬名。遅い」

通りかかった周囲の学生たちが一斉に俺を振り返る。
「え、あの人高城くんの友達?」「瀬名くんって子だよね?」なんて視線が集まり、俺の皮膚が一気に収縮するような緊張感に襲われた。

(ひえぇぇ……目立つ! めっちゃ目立つよ高城!!)

俺は心の中で悲鳴をあげながら、ひきつった笑みを浮かべて高城のもとへ駆け寄った。

「お、おはよう高城……! 待たせちゃってごめん!」

「別に。今来たところだ」

高城は画面を消してスマホをポケットにしまうと、ごく自然な動作で俺の隣に並んだ。
そして、俺の顔を上から下までじろじろと覗き込んでくる。

「な、なに……? 俺の顔、なんか付いてる……?」

「……お前、昨日ちゃんと眠れたか? 目元、少しクマできてるぞ」

「えっ、嘘!? ちゃんとコンシーラーで隠したはずなのに……!」

慌てて自分の目元を手で覆うと、高城がフッと息を吐いて呆れたように笑った。

「冗談だよ。顔色は悪くない」

「なっ……! 意地悪言わないでよ!」

「はいはい。ほら、行くぞ。遅刻する」

高城は俺の肩をポンと叩き、一緒に講義棟の階段を上り始めた。
その歩幅は、普段の彼ならもっと大きいはずなのに、背が少し低い俺の歩幅にきっちりと合わされていた。

講義室に入ると、すでに三割ほどの席が埋まっていた。
階段状になっている大教室で、俺はいつもの癖で一番端っこの後ろから二番目の席に向かおうとした。陰キャの習性として、目立たない端の席が一番落ち着くのだ。

ところが、高城は俺の腕をかるく引っ張った。

「あっち行くぞ」

「え、でもあそこ端っこだし落ち着くよ?」

「端っこは寒気通るから寒い。それに、あそこだとスライドが見えづらいだろ」

そう言って高城が連れて行ってくれたのは、中央やや後ろの、見やすくて暖房の風が直接当たらない絶妙な良席だった。

「ほら、座れ」

「う、うん……ありがとう」

通路側に高城が座り、奥の席に俺が座る形になる。
高城が隣にいるだけで、なぜか大きなバリアに守られているような妙な安心感があった。

講義が始まると、教授の淡々とした声が教室に響き渡る。
俺はノートとシャープペンを取り出し、必死に板書を書き写し始めた。単位を落とすわけにはいかないので、授業は真面目に受ける派だ。

ガリガリとペンを走らせていると、ふと横から刺さるような視線を感じた。

チラリと隣を見ると、高城が頬杖をついたまま、ノートをとる俺の手元や顔をじっと見つめていた。

(……え? なんでこっち見てるの……?)

気になって集中できない。俺はノートの端っこに小声で「どうしたの?」と書いて、高城に見せた。

高城は俺のノートに目をやると、自分のシャープペンを取って、その下にするすると綺麗な文字を書き加えた。

『真面目だな』

たった一言。だけど、文字の最後に小さな星マークみたいなものが描かれていて、思わず吹き出しそうになる。

『高城だって真面目に受けてよ! 単位落とすよ!』

俺が書き返すと、高城はフッと口元を緩め、今度は俺のノートの余白にこう書いた。

『お前のノート見せてもらうから大丈夫』

『図々しい!』

『お礼にメシ奢る』

『……本当?』

『本当。好きなもん食わせてやる』

(うう……モノで釣るなんてずるい……!)

やり取りがおかしくて、思わず口元がゆるんでしまう。
さっきまで「高城と一緒にいたら目立つ」「身の丈に合わない」と怯えていたのが嘘みたいに、胸の奥がぽかぽかと温かくなっていく。

授業中のノートを使った内緒のやり取り。
そんな青臭くて甘いシチュエーションに、俺の心臓は静かにトクトクと甘い音を立てていた。

チャイムが鳴り、一限の講義が終わると、大教室の中がガヤガヤと騒がしくなった。

「ふぅー、終わった〜! 経済学、マジで眠いわ……」

俺が大きく伸びをしながらノートを片付けていると、後ろの席から声をかけられた。

「あ、瀬名く〜ん! 高城くんも!」

振り返ると、同じサークルのキラキラした女子ふたり組——彩花ちゃんと莉子ちゃんが笑顔で近づいてきていた。

「昨日の飲み会、楽しかったね! 瀬名くんってほんと話面白くてさ〜、また今度みんなでランチ行こうよ!」

(っ……! き、来た……! 陽キャ女子からのエンカウント……!)

俺の「擬態陽キャセンサー」が過剰に反応する。
ここで「いいね! 行こう行こう〜!」とノリ良く返さなければ、雰囲気を壊してしまう。俺は瞬時に「笑顔の仮面」を貼り付け、声のトーンを一つ上げた。

「あはは! 本当? 嬉しいな〜、ぜひ行こうよ! 最近できた駅前のカフェとか気になっててさ——」

ペラペラとテンポ良く言葉を紡ぎ出す。
だが、必死に会話を繋ごうとするあまり、手元でシャープペンを握る指先が白くなるほど力が入っていた。心臓が嫌なバクバク音を立て始める。

(やばい……緊張でまた喉がカラカラに……)

その時だった。

「悪い。瀬名、次の講義の資料印刷しに行かないとダメなんだ」

高城がすっと立ち上がり、俺と女子たちの間に割り込むように立った。
その背中は高くて頼もしく、俺を女子たちの視線からすっぽりと隠してくれる。

「えー、高城くん冷たい! 今度瀬名くん借りていい?」

「ダメ。こいつ、次の時間も俺と一緒だから」

高城は一切の躊躇もなく、きっぱりと言い放った。
「ダメ」という拒絶の言葉があまりにも低く、そしてどこか独占欲を含んだ響きを持っていたため、女子二人も一瞬あっけにとられたように目を見開いた。

「え、あ……そ、そうなんだ? じゃあまたサークルでね、瀬名くん!」

「あ、うん! またね……!」

嵐のように去っていく二人を見送りながら、俺は大きく胸を撫で下ろした。

「ふぅぅ……助かった……ありがとう、高城」

「……お前、やっぱり無理してただろ」

高城は振り返ると、眉間にしわを寄せて俺を見下ろした。その瞳には、隠しきれない苛立ちと庇護欲が混ざり合っている。

「愛想笑い浮かべて、指先震えてたぞ」

「うぐっ……見られてた……」

「お前は断るのが下手すぎるんだよ。嫌なら『予定がある』って言えばいいだろ」

「だって、感じ悪いと思われたら嫌だし……せっかく話しかけてくれたのに……」

シュンと首をすくめる俺を見て、高城は重いため息を吐いた。
そして、俺の手に握られていたカバンをひょいと取り上げると、自分の肩にかけた。

「あ、高城! 俺のカバン……!」

「いいから来い。昼飯食いに行くぞ」

「え、まだ二限があるんじゃ……」

「二限は休講だ。通知見てないのか?」

「ええっ!? 本当!?」

高城はフッと笑うと、俺の手首を大きくて温かい手でぎゅっと握りしめた。

「ほら、さっさと行くぞ。お前が変な奴らに捕まる前に、俺が匿ってやる」

「変な奴らって……みんな良い人だよ……! っていうか、手……!」

手首に触れる高城の体温が熱くて、俺の顔は再び沸騰したように赤くなった。
キャンパスの廊下を、高城に手を引かれながら歩く。

通りすがる学生たちがチラチラと俺たちを見ている気がするけれど、高城はまったく気にする様子もなく、ただまっすぐに前を見据えて俺を引っ張っていく。

(高城の手……大きくて、すごく温かい……)

振り払うことなんて、絶対にできなかった。
高城の過保護すぎる優しさに浸浸と侵食されていくのが、怖くもあり——そして、胸が痛くなるほど嬉しかったのだ。