擬態陽キャは隠しきれない〜人見知りな俺、過保護なハイスペ男子に甘やかされています〜


(えっ……高城……!?)

心臓がドクンと跳ね上がり、喉の奥に冷たい塊が落ちていくような感覚がした。
背後から響いた聞き覚えのある低い声に、俺は血の気が引くのを感じながら勢いよく振り返った。

薄暗いベランダのドアの脇に立ち、こちらを見つめていたのは、間違いなく高城柊真だった。
黒髪のすき間から覗く切れ長でクールな瞳が、暗がりの中で静かに光っている。

(やばい、やばいやばい! いつからそこにいた!? どこから見られてた!?)

脳内で警報が激しく鳴り響く。
「人付き合い、マジでしんどい……」なんて情けない独り言を聞かれていたら完全におしまいだ。俺が必死に築き上げてきた「イケてる大学生」の設定が一瞬で崩壊してしまう。

俺はひきつる頬の筋肉を総動員して、無理やり引きつった笑顔を貼り付けた。声が高ぶらないよう、できる限りフランクで陽気なトーンを作って話しかける。

「あ、あはは、高城! びっくりした〜! なになに、高城も風にあたりに来た感じ? 中、けっこう熱気すごかったもんね!」

必死に身振り手振りを交えながら、大げさに笑ってみせる。
だが、高城は俺のわざとらしいテンションに付き合う風でもなく、無表情のままゆっくりと歩み寄ってきた。

カツン、カツンと靴底がベランダのコンクリートを叩く音が、静かな夜の空気に響く。
彼が近づいてくるたびに、背が高い彼の影が俺を覆い尽くしていくようで、俺は思わず手すりに背中を押し付けた。

「……お前、それ疲れないのか」

「え……? なにが……?」

「笑顔」

高城は俺の目の前で足を止めると、ため息混じりに低く言った。
そして、右手に持っていたものを俺の頬へポンと押し当ててきた。

「ひやっ……!?」

突然頬に触れた温もりに、俺は思わず変な声をあげて跳び上がった。
見ると、それは自販機で買ってきたばかりと思われる、湯気の立ちそうな缶のコンポタージュだった。

「冷えてただろ。ほら、持て」

「あ、ありがとう……って、え? コンポタージュ……?」

「居酒屋のドリンク、お前全然飲んでなかったろ。ウーロン茶の氷ばかりつついてた」

「っ……!」

心臓が嫌な跳ね方をした。
見ていたのか。大勢でワイワイ騒いでいたあの座敷で、高城は俺の手元まで観察していたというのか。

「あのさ、瀬名」

高城は両手をポケットに突っ込み、俺の隣で手すりに肘をついた。横顔のラインが美しすぎて、思わず見惚れそうになる。しかし、彼から発せられた言葉は俺の心を容赦なく撃ち抜いた。

「お前、酒も強いフリして一口も進んでなかったし、周りの会話に無理やり頷いてるから首が折れそうになってたぞ」

(全部……全部バレてる……!!)

頭の中が真っ白になった。
顔から火が出そうなほど熱くなる。隠せていたと思っていたのは自分だけで、俺の痛々しい「陽キャごっこ」は高城から見れば全部分かりやすいコメディだったのだ。

「う、嘘だ……俺、ちゃんとみんなと盛り上がってたし! サークルの雰囲気にも慣れてきたし……!」

みっともなく足掻いて、語気荒く言い返してみる。
だけど、高城は怒る様子もなく、ただ静かに俺の顔を見つめてきた。

「じゃあ、なんでここで泣きそうな顔してんだよ」

「っ……」

言葉が詰まった。
泣きそうな顔。自分がそんな表情をしていたなんて自覚はなかった。ただ、張り詰めていた緊張と、バレてしまった恥ずかしさ、そして自分の不器用さへの情けなさが混ざり合って、視界がじんわりと滲んでくる。

「……別に、泣いてなんか……」

意地を張って視線を下に落とすと、高城がふっと小さく息を吐く気配がした。

「無理すんなよ。お前、根がクソ真面目なんだから。あんなガヤガヤしたノリ、本当は苦手だろ」

「……だったら何だよ」

ぽつりと、掠れた声が口から溢れ出た。
もう仮面を維持する体力は残っていなかった。

(どうせ、痛いやつだって笑うんだろ。大学デビュー失敗だってバカにするんだろ)

自暴自棄な思考がぐるぐると頭を駆け巡る。
俺は渡された缶コンポタージュをぎゅっと両手で握りしめた。温かい缶のぬくもりが、かじかんだ指先に染み込んでいく。

「……俺だって、変わりたかったんだよ」

ポツポツと、誰にも言えなかった本音が溢れ出す。

「高校までの俺、影が薄くて、クラスの隅っこでずっと一人でさ。誰からも話しかけられないし、自分からもうまく話せなくて……すごく寂しかった。だから、大学に入ったら絶対に友達たくさん作って、明るくてノリが良いヤツになって、毎日楽しく過ごしたかったんだ」

言いながら、自分の声が情けなく震えているのが分かった。

「なのに……やっぱりダメだった。頑張って明るく振る舞おうとすると緊張で胃が痛くなるし、会話の輪に入るのも怖くて堪らない……。今日の飲み会だって、みんなが笑ってる理由すら実はよく分かんなくて……俺、ただ必死に笑ってるフリしてただけなんだ……」

途中で息が苦しくなって、言葉を切った。
最悪だ。会って間もないサークルの同期に、こんな惨めな自分語りをしてしまうなんて。引かれるに決まっている。きっと明日からは哀れみの目で見られるか、面倒くさがられて避けられるかのどちらかだ。

ギチ、と缶を強く握りしめ、ギュッと目を瞑って耐えた。

——その時だった。

ぽん、と頭の上に大きな手が乗せられた。

「……え?」

驚いて目を開けると、高城が俺の頭を優しく撫でていた。
乱暴でもなく、馬鹿にする風でもなく、幼い子供をあやすような、驚くほど穏やかで優しい手つきだった。

「よく頑張ったな」

「……っ!?」

耳を疑った。
高城の口から出たのは、呆れや蔑みの言葉ではなく、思いもよらない温かい労いだった。

「お前が毎日必死にサークルに来て、慣れないノリに追いつこうとしてたの、俺はちゃんと見てたよ。誰も声をかけないような場面でも、率先してリアクション取って盛り上げようとしてただろ」

高城の手が、頭からゆっくりと滑り降りて、俺の頬に軽く触れた。
指先が冷えているはずなのに、触れられた場所からじんわりと熱が広がっていく。

「だけどな、瀬名。お前が自分を殺してまで無理して笑ってるのを見るの、俺はすげー不愉快なんだよ」

「ふ、不愉快……?」

「そうだよ。そんな下手くそな笑顔作るくらいなら、大人しく俺の隣にいろ。俺が全部フォローしてやるから」

高城の瞳が、暗闇の中でぞくっとするほど強い熱を帯びて俺を捉えていた。
低い声が、直接鼓膜を揺らして心臓に届く。

(な、なに……今の……?)

頭が追いつかない。
いつもクールで誰とも一定の距離を保っているはずの高城柊真が、なぜか至近距離で、俺を逃がさないようにじっと見つめている。

「……高城……?」

「自分の本当の姿、そんなに嫌いか?」

高城の親指が、俺の耳たぶにそっと触れた。
自分の耳が、沸騰したみたいに熱くなっているのが分かる。

「俺は……必死で不器用なお前のこと、別に嫌いじゃないけど」

むしろ——と言いかけて、高城は言葉を呑み込んだ。
だが、その瞳に宿った強烈な「庇護欲」と「執着」の色を、俺はまだ知る由もなかった。