「結局、嫁さんに逃げられた男の幽鬼だったてことか?」
あやかしを祓った数日後。
紗樹は帝都治安維持局に呼び出されていた。
報告書の最終確認をしてほしいと頼まれたからだった。
来客用の簡素な個室に通され、千早、幸弥と共に、作成途中の報告書を読み込んでいく。
どの花嫁たちもやはり紗樹と同じ手口で攫われ、夫婦の真似事を強要されていたらしかった。
千早が音もなく報告書をめくる。
「だろうな。被害者の証言も一致している」
この報告書が受理されることで、今回の事件は完了となるのだそうだった。
同時に紗樹のお役も御免となる。
これで最後。
ちらと隣に座る仮初の夫に目を向けた。
ともにいられるのは、あとどのくらいだろうか。
あのあと──あやかしが根城にしていた廃屋の裏手で、折り重なるように倒れている花嫁たちを見つけた。
皆衰弱していたが、あの廃屋はこの世とあの世の狭間のような場所にあり、だから時間の流れがうつつよとは異なるため、なんとか命は取り留めたそうだった。
それでも、心に負った傷は深い。
二度と一人では外を歩けないかもしれない。
しかしそれはきっと、彼女たちの家族が時間をかけて癒してくれるに違いなかった。
妻が見つかったと知り駆けつけた夫たちは皆、涙を流して喜んでいたから──。
「ったく、人騒がせな野郎だぜ。他人の嫁さん狙うなんざ」
「そうですね。でも、解決してよかったです」
幸弥に同意し、紗樹は、晴れやかな窓の外へと目を向けた。
今日も帝都は快晴で、なんの問題もないかのように見える。
けれど地上では、悲しみや憎しみ、欲望といった怨嗟がうずまき、それらは時として人々に襲いかかっている。
千早たちに安寧はないのだ。
「それと、もうすぐあんたも解放できると思うから。あと少し待っててな、紗樹ちゃん」
「はい」
幸弥が立ち上がり、うーん、と伸びをした。
契約終了まで、あと少し。
長くても二、三日には終わるだろう言われた。
報告書の確認を終えた紗樹も立ち上がる。
「それじゃ、わたしはこれで」
「はいはーい、気をつけてね」
喋り続ける幸弥とは裏腹に、千早は口数が極端に少なかった。もう無理に会話をする必要は無くなったからだろう。
それでも──これでお別れは寂しい。
せめて同業の端くれとして、たまになら会いに行っても許されるだろうか。
勇気を振り絞ろうとした、そのとき。
「紗樹、送っていく」
つと千早も立ち上がり、慌てて紗樹もそのあとを追った。幸弥がひらひらと片手を振る。その笑顔は、なんだかいつも以上にやついていた。
夕暮れの帰り道、どこかで蝉が鳴いていた。
妖対策課から白陵路家の屋敷まではそう遠くない。
橙に染まった補正のされていない砂道を、千早と二人、並んで歩く。
すれ違う人には夫婦に見えるだろう距離だった。
ふと千早が言った。
「紗樹」
「はっはい」
反射的に答えると、千早が立ち止まった。
屋敷はすぐそこだった。
千早は紗樹を見つめたまま、硬い声をあげる。
「事件が解決できたのはきみのおかげだ。改めて、礼を言わせてほしい」
「いえ。わたしのほうこそ、助けてもらって、ありがとうございました」
深々と頭を下げたあと、懐にいつも忍ばせている香袋を取り出す。
「これがあったから、悟くんも追いかけてきてくれたみたいです」
「ああ。悟も労ってやらないとな」
「はい、喜びます」
小さな笑顔を交わしあったあと、紗樹は今しかないと話を切り出した。
「千早さん。これは、その、このまま貰ってもいいでしょうか? とても気に入ってしまって。やっぱりお代はお支払いしますから」
仲睦まじい夫婦の真似事をするために買ってもらった香袋。けれど紗樹にとっては、初めての、それも好きになった男からの贈り物だった。
後生大切にしたいと、そっと頼み込む。
「他にも色々と買っていただきましたが、そちらも、千早さんがご面倒でしたらわたしが買い取ります。全部女物でしたし。あと、それから、もしよろしければなんですけれど、これからも時々、会いに行ってもいいですか。微力でしょうがお仕事のお手伝いを、出来ればと」
「紗樹」
なぜか、頬に手を伸ばされていた。
絹の手袋越しに、知ったぬくもりが伝わってくる。
「全部やる。きみに贈ったものは、すべてきみのものだ。返さなくていい」
とくりと心臓が鳴った気がした。
真摯な瞳に見つめられて、息が苦しくなる。
「千早、さん」
「……きみと過ごした一カ月足らず。俺は家に帰ることが楽しみになっていた」
「……」
「きみの作る食事は美味しいし、あたたかくて、ほっとした」
そんなふうに思っていてくれたのか。
紗樹は嬉しくなって、頬に添えられた千早の手に自分の手を重ねた。
「わたしも、楽しかったです。不謹慎かもしれませんが、このひと月──」
「俺はこれからも、きみと一緒に時を重ねたい」
遮るように言われた言葉を、紗樹は瞬時には理解できなかった。間抜けに、ただただ見つめ返してしまう。千早は言った。
「別れたくない。このままきみと、本当の夫婦になりたい」
手を、ぎゅっと握りしめられていた。
「きみが好きだ。俺の本当の妻になってくれないか。伯父上のもとへなど戻したくない」
目を見開いてしまう。こんな嬉しいことが、現実だとは思えなくて。
夕日が千早の瞳をやわらかく照らしていく。緊張したような頬には、赤みがさしていた。
「……どう、だろうか」
返事を聞かれているのだとわかって、紗樹はあたふたと頷き返した。
「えっええ! ええ! わたしも千早さんを」
喉の奥がつっかえた。泣きそうになっていたことに気づく。それでも、紗樹は懸命に想いを吐き出した。
「心から、お慕いしておりました」
「……紗樹」
千早がはにかんだように微笑み、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとう。不束な男だが、よろしく頼む」
「わたし、こそ」
頬にあたる軍服の飾りが少し痛かったけれど、それよりも喜びの方が強くて、紗樹は、おずおずと彼の広い背中に手を添えた。と、ことさら強く抱きしめられる。
ああ、やっぱり夢かもしれない。
幼い頃から伯父には蔑まれ、人間の友人なんて誰ひとりいなかったのに。
涙が頬を伝っていく、そのとき。
「ああ、紗樹! こんなところにいた!」
「悟くん……!」
元気な、少しだけしわがれた声が足元から聞こえ、見下ろせば、悟が野草を抱え立っていた。どうしてかぷんぷんと怒っている。
「すっげー美味い草見つけたのに全然帰ってこねーんだもん! 早く晩飯にしようぜ! ほら、旦那も!」
言って、悟はさっさと屋敷の方へ駆け出してしまった。
まるで自分の住処かのように。
でも、今日からは本当にここが紗樹の家になるのだ。
夏の夜の香りが近づき、胸の奥が切ないような気持ちになる。
「いいところを邪魔してくる」
悔しそうに言いながらも、千早は楽しそうだった。
紗樹を抱きしめていた腕を緩め、代わりに手を繋いでくる。
そうして、やさしい瞳で見つめられた。
「帰ろうか。紗樹」
「──っはい! 千早さん」
その後。
二人で源一郎に結婚の許可をとりに行くと、彼は酷く狼狽えていた。
しかし、千早の提示した結納額にてのひらを変えたように快く承諾する。
最後まで厄介者でしかなかったのだと気落ちした紗樹だったが、千早の「ただし」と続けられた言葉にまた救われた。
「金輪際、二度と妻には近づかないと約束ください」
伯父は構わないと千早が差し出した念書にも署名した。千早の用意周到さには舌を巻いてしまう。けれどこれで、紗樹の傷は少しだけ遠ざけられた。
それに加え、外界に出るようになって紗樹は気付いたことがあった。
この目を見て、珍しいと驚かれることはあっても好意的な反応もあることを。
紗樹の六畳とちょっぴりだった世界は、日に日に広がっていく。
「いやあ、でも、めでたしめでたしで良かったな、千早くん」
ある日、結婚祝いだと立派な鯛を持ってきた幸弥は、感慨深そうに言った。彼も千早も非番が重なったとかで、遊びに来てくれたのだった。
「実はさ、こいつ紗樹ちゃんと離縁したくないってずーっと悩んでたんだよ」
「まぁ」
氷漬けされた鯛を受け取りながら、紗樹は微笑む。
「わたしも同じ気持ちだったので嬉しいです。幸弥さんも、良かったら夕飯食べて行ってくださいね」
「え、いいの? お言葉に甘えよ〜」
千早はとても迷惑そうな顔をしていたけれど、ついでだから仕事の話をしようと、二人は書斎へと上がって行った。
だから、腕によりをかけようと台所で意気込む紗樹は知らなかった。幸弥が「紗樹を失った倉掛宮の未来は危ういよ」と千早をからかっていたことなんて。
◇
今日が終わりを迎える頃。
寝室のベッドの上で、紗樹は千早にじっと瞳を見つめられていた。
「また、男に話しかけられていたな」
「お仕事ですよ。肩にあやかしが乗っていて」
千早は堪え難いと言ったように紗樹を抱き寄せる。
「あまり頑張りすぎるな。ゆっくりでいいんだ」
「……はい」
そっと額に唇を押し当てられる。
結婚後、紗樹は千早に術を習いながら、少しずつあやかしの対処方法を覚えていた。この目を活かし、彼と生きていくために一つでも武器を増やしたくて。
「紗樹」
千早の唇が、ゆっくりと目尻、頬、唇へと移動してくる。まだまだ慣れない甘い夜の予感に、紗樹はぎゅっと彼の服を握り返した。
夜は幕を下ろすように更けていく。
かくして。
不吉だと言われ続けた青い目をした少女は、心やさしい青年と結婚をし、帝都を守り、守られながら、それはそれは末長く幸せに暮らしたのだった。
(了)
あやかしを祓った数日後。
紗樹は帝都治安維持局に呼び出されていた。
報告書の最終確認をしてほしいと頼まれたからだった。
来客用の簡素な個室に通され、千早、幸弥と共に、作成途中の報告書を読み込んでいく。
どの花嫁たちもやはり紗樹と同じ手口で攫われ、夫婦の真似事を強要されていたらしかった。
千早が音もなく報告書をめくる。
「だろうな。被害者の証言も一致している」
この報告書が受理されることで、今回の事件は完了となるのだそうだった。
同時に紗樹のお役も御免となる。
これで最後。
ちらと隣に座る仮初の夫に目を向けた。
ともにいられるのは、あとどのくらいだろうか。
あのあと──あやかしが根城にしていた廃屋の裏手で、折り重なるように倒れている花嫁たちを見つけた。
皆衰弱していたが、あの廃屋はこの世とあの世の狭間のような場所にあり、だから時間の流れがうつつよとは異なるため、なんとか命は取り留めたそうだった。
それでも、心に負った傷は深い。
二度と一人では外を歩けないかもしれない。
しかしそれはきっと、彼女たちの家族が時間をかけて癒してくれるに違いなかった。
妻が見つかったと知り駆けつけた夫たちは皆、涙を流して喜んでいたから──。
「ったく、人騒がせな野郎だぜ。他人の嫁さん狙うなんざ」
「そうですね。でも、解決してよかったです」
幸弥に同意し、紗樹は、晴れやかな窓の外へと目を向けた。
今日も帝都は快晴で、なんの問題もないかのように見える。
けれど地上では、悲しみや憎しみ、欲望といった怨嗟がうずまき、それらは時として人々に襲いかかっている。
千早たちに安寧はないのだ。
「それと、もうすぐあんたも解放できると思うから。あと少し待っててな、紗樹ちゃん」
「はい」
幸弥が立ち上がり、うーん、と伸びをした。
契約終了まで、あと少し。
長くても二、三日には終わるだろう言われた。
報告書の確認を終えた紗樹も立ち上がる。
「それじゃ、わたしはこれで」
「はいはーい、気をつけてね」
喋り続ける幸弥とは裏腹に、千早は口数が極端に少なかった。もう無理に会話をする必要は無くなったからだろう。
それでも──これでお別れは寂しい。
せめて同業の端くれとして、たまになら会いに行っても許されるだろうか。
勇気を振り絞ろうとした、そのとき。
「紗樹、送っていく」
つと千早も立ち上がり、慌てて紗樹もそのあとを追った。幸弥がひらひらと片手を振る。その笑顔は、なんだかいつも以上にやついていた。
夕暮れの帰り道、どこかで蝉が鳴いていた。
妖対策課から白陵路家の屋敷まではそう遠くない。
橙に染まった補正のされていない砂道を、千早と二人、並んで歩く。
すれ違う人には夫婦に見えるだろう距離だった。
ふと千早が言った。
「紗樹」
「はっはい」
反射的に答えると、千早が立ち止まった。
屋敷はすぐそこだった。
千早は紗樹を見つめたまま、硬い声をあげる。
「事件が解決できたのはきみのおかげだ。改めて、礼を言わせてほしい」
「いえ。わたしのほうこそ、助けてもらって、ありがとうございました」
深々と頭を下げたあと、懐にいつも忍ばせている香袋を取り出す。
「これがあったから、悟くんも追いかけてきてくれたみたいです」
「ああ。悟も労ってやらないとな」
「はい、喜びます」
小さな笑顔を交わしあったあと、紗樹は今しかないと話を切り出した。
「千早さん。これは、その、このまま貰ってもいいでしょうか? とても気に入ってしまって。やっぱりお代はお支払いしますから」
仲睦まじい夫婦の真似事をするために買ってもらった香袋。けれど紗樹にとっては、初めての、それも好きになった男からの贈り物だった。
後生大切にしたいと、そっと頼み込む。
「他にも色々と買っていただきましたが、そちらも、千早さんがご面倒でしたらわたしが買い取ります。全部女物でしたし。あと、それから、もしよろしければなんですけれど、これからも時々、会いに行ってもいいですか。微力でしょうがお仕事のお手伝いを、出来ればと」
「紗樹」
なぜか、頬に手を伸ばされていた。
絹の手袋越しに、知ったぬくもりが伝わってくる。
「全部やる。きみに贈ったものは、すべてきみのものだ。返さなくていい」
とくりと心臓が鳴った気がした。
真摯な瞳に見つめられて、息が苦しくなる。
「千早、さん」
「……きみと過ごした一カ月足らず。俺は家に帰ることが楽しみになっていた」
「……」
「きみの作る食事は美味しいし、あたたかくて、ほっとした」
そんなふうに思っていてくれたのか。
紗樹は嬉しくなって、頬に添えられた千早の手に自分の手を重ねた。
「わたしも、楽しかったです。不謹慎かもしれませんが、このひと月──」
「俺はこれからも、きみと一緒に時を重ねたい」
遮るように言われた言葉を、紗樹は瞬時には理解できなかった。間抜けに、ただただ見つめ返してしまう。千早は言った。
「別れたくない。このままきみと、本当の夫婦になりたい」
手を、ぎゅっと握りしめられていた。
「きみが好きだ。俺の本当の妻になってくれないか。伯父上のもとへなど戻したくない」
目を見開いてしまう。こんな嬉しいことが、現実だとは思えなくて。
夕日が千早の瞳をやわらかく照らしていく。緊張したような頬には、赤みがさしていた。
「……どう、だろうか」
返事を聞かれているのだとわかって、紗樹はあたふたと頷き返した。
「えっええ! ええ! わたしも千早さんを」
喉の奥がつっかえた。泣きそうになっていたことに気づく。それでも、紗樹は懸命に想いを吐き出した。
「心から、お慕いしておりました」
「……紗樹」
千早がはにかんだように微笑み、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとう。不束な男だが、よろしく頼む」
「わたし、こそ」
頬にあたる軍服の飾りが少し痛かったけれど、それよりも喜びの方が強くて、紗樹は、おずおずと彼の広い背中に手を添えた。と、ことさら強く抱きしめられる。
ああ、やっぱり夢かもしれない。
幼い頃から伯父には蔑まれ、人間の友人なんて誰ひとりいなかったのに。
涙が頬を伝っていく、そのとき。
「ああ、紗樹! こんなところにいた!」
「悟くん……!」
元気な、少しだけしわがれた声が足元から聞こえ、見下ろせば、悟が野草を抱え立っていた。どうしてかぷんぷんと怒っている。
「すっげー美味い草見つけたのに全然帰ってこねーんだもん! 早く晩飯にしようぜ! ほら、旦那も!」
言って、悟はさっさと屋敷の方へ駆け出してしまった。
まるで自分の住処かのように。
でも、今日からは本当にここが紗樹の家になるのだ。
夏の夜の香りが近づき、胸の奥が切ないような気持ちになる。
「いいところを邪魔してくる」
悔しそうに言いながらも、千早は楽しそうだった。
紗樹を抱きしめていた腕を緩め、代わりに手を繋いでくる。
そうして、やさしい瞳で見つめられた。
「帰ろうか。紗樹」
「──っはい! 千早さん」
その後。
二人で源一郎に結婚の許可をとりに行くと、彼は酷く狼狽えていた。
しかし、千早の提示した結納額にてのひらを変えたように快く承諾する。
最後まで厄介者でしかなかったのだと気落ちした紗樹だったが、千早の「ただし」と続けられた言葉にまた救われた。
「金輪際、二度と妻には近づかないと約束ください」
伯父は構わないと千早が差し出した念書にも署名した。千早の用意周到さには舌を巻いてしまう。けれどこれで、紗樹の傷は少しだけ遠ざけられた。
それに加え、外界に出るようになって紗樹は気付いたことがあった。
この目を見て、珍しいと驚かれることはあっても好意的な反応もあることを。
紗樹の六畳とちょっぴりだった世界は、日に日に広がっていく。
「いやあ、でも、めでたしめでたしで良かったな、千早くん」
ある日、結婚祝いだと立派な鯛を持ってきた幸弥は、感慨深そうに言った。彼も千早も非番が重なったとかで、遊びに来てくれたのだった。
「実はさ、こいつ紗樹ちゃんと離縁したくないってずーっと悩んでたんだよ」
「まぁ」
氷漬けされた鯛を受け取りながら、紗樹は微笑む。
「わたしも同じ気持ちだったので嬉しいです。幸弥さんも、良かったら夕飯食べて行ってくださいね」
「え、いいの? お言葉に甘えよ〜」
千早はとても迷惑そうな顔をしていたけれど、ついでだから仕事の話をしようと、二人は書斎へと上がって行った。
だから、腕によりをかけようと台所で意気込む紗樹は知らなかった。幸弥が「紗樹を失った倉掛宮の未来は危ういよ」と千早をからかっていたことなんて。
◇
今日が終わりを迎える頃。
寝室のベッドの上で、紗樹は千早にじっと瞳を見つめられていた。
「また、男に話しかけられていたな」
「お仕事ですよ。肩にあやかしが乗っていて」
千早は堪え難いと言ったように紗樹を抱き寄せる。
「あまり頑張りすぎるな。ゆっくりでいいんだ」
「……はい」
そっと額に唇を押し当てられる。
結婚後、紗樹は千早に術を習いながら、少しずつあやかしの対処方法を覚えていた。この目を活かし、彼と生きていくために一つでも武器を増やしたくて。
「紗樹」
千早の唇が、ゆっくりと目尻、頬、唇へと移動してくる。まだまだ慣れない甘い夜の予感に、紗樹はぎゅっと彼の服を握り返した。
夜は幕を下ろすように更けていく。
かくして。
不吉だと言われ続けた青い目をした少女は、心やさしい青年と結婚をし、帝都を守り、守られながら、それはそれは末長く幸せに暮らしたのだった。
(了)


