禍津神の最愛なる生贄 〜復讐の刃を抱く花嫁は、死霊の王に情愛で溶かされる〜


耳元で囁かれる低く掠れた声。

次の瞬間、永火の顔が紗和の首筋へと沈み込んだ。

「っ……!」

鋭い痛みが走る。
皮膚を薄く切り裂かれ、直接血を啜り上げられる生々しい感触。

喰われるという本能的な恐怖に紗和は思わず身を強張らせたが、予想に反して、明確な痛みは最初の一瞬だけだった。

傷口から伝わる永火の体温はひどく冷たいのに、血を吸い上げられるたびに、紗和の身体の奥底から奇妙な熱がじわじわと広がっていく。
それは毒のように甘く、脳の芯が麻痺していくような痺れを伴っていた。

艶めかしい水音が、静寂の落ちた部屋に響く。

永火の喉が上下するたび、紗和は自分の命が吸い取られていくのを感じる。
それなのに、なぜか振り払うことができない。
むしろ、彼に噛み付かれている場所を中心に、抗いようのない甘い熱が全身を侵食していく。

(これが、化け物の……)

膝から力が抜けそうになるのを、紗和は強く両手を握りしめて必死に堪えた。
ただの餌として屈してなるものかと、霞む視界の中で永火の広い肩を睨みつける。

どれほどの時間が経っただろうか。
紗和が朦朧とする意識の中で息を荒らげていると、不意に永火がゆっくりと顔を離した。

「……ふぅん」

永火の端正な唇は、紗和から奪った血でひどく艶やかな紅に染まっていた。
彼は親指で自らの口元を無造作に拭うと、いつもは氷のように冷たい赤い瞳に、ほんのわずかな――けれど確かな熱を帯びて、紗和を見つめ下ろした。

「なるほど。これは、ひどく上質な血だ。私の内にある『淀み』が、心地よく凪いでいく」

永火の奥底では、ながいこと待ち焦がれていた魂の味に、狂おしいほどの歓喜が渦巻いていた。
しかし彼は氷の仮面で感情をすべて覆い隠し、あくまで「利害で結ばれた相手」としての態度を崩さない。

「せいぜい栄養をつけることだな、お前の血が枯れれば、お前の憎む相手を地獄へ落とすという契約も、その時点で破棄になるのだから」

永火は用は済んだとばかりに紗和から離れると、振り返ることもなく部屋を出て行った。

バタン、と扉が閉まる。
一人残された紗和は、ベッドの上に崩れ落ちた。
首筋の噛み跡を手で押さえると、そこだけが火傷をしたように熱い。

(……絶対に、負けないわ。最後まで私の命をくれてやる代わりに、必ず……!)

命を削る契約の重さを肌で感じながらも。
紗和の瞳には、決して消えることのない復讐の炎が宿っていた。