しかし、その穏やかな時間は、夜の帳が下りると同時に唐突に終わりを告げた。
ガチャリ、と。
ノックの音もなく扉が開き、冷たい霊気を纏った永火が部屋に入ってきたのだ。
「これはまた――随分と懐かれているな」
永火は、ベッドの上で紗和の膝に頭を乗せる獣と、甲斐甲斐しく紗和の髪を梳かしていたルイを見て、呆れたようにため息をついた。
「散れ、散れ。私の食事の邪魔をするな」
まるで野良猫でも追い払うかのように、軽く手を振る。
すると、あやかし達は「ぴぃっ」と短い悲鳴を上げ、主に逆らうことなど微塵も考えられないといった様子で、蜘蛛の子を散らすように部屋から逃げ出していった。
パタン、と扉が閉ざされ、部屋には重たい沈黙と静寂が落ちる。
先ほどまでの柔らかな空気はたちまち雲散し、捕食者と獲物だけの張り詰めた空間へと変貌した。
「傷の塞がりは早いようだな。着物も、まあ、それなりに似合っている」
永火はコツリ、コツリと軍靴を鳴らして歩み寄ると、ベッドの端に腰を下ろし、紗和を見下ろした。
その赤い瞳には一切の情動がない。
ただ、目の前にある『餌』を吟味するような、冷たくて残酷な光だけが宿っている。
「さあ、約束の時間だ。……血の対価を払ってもらおうか」
永火の大きな手が、紗和の顎を乱暴に、そして逃げられないほどの強い力で掬い上げた。
「掌もいいが……もっと新鮮な場所から頂こうか」
永火は紗和の包帯が巻かれた左手を一瞥すると、彼女の着物の襟元へともう片方の手を伸ばした。
するりと滑り込んできた手袋越しの冷たい指先が、紗和の華奢な首筋から鎖骨のラインをなぞる。
蛇が這うような、背筋の凍る感触に紗和の身体がビクッと震えた。
「無駄に力むな。血が不味くなる」



