禍津神の最愛なる生贄 〜復讐の刃を抱く花嫁は、死霊の王に情愛で溶かされる〜


「泣いて喚きたくなったか?」

振り返った永火が、意地悪く口角を上げる。

「いいえ。……私を地獄へ連れて行ってくださる方が、甘いお人好しでなくて安心しただけです」

「くっ……ふ、生意気な口を叩く。その減らず口がいつまで保つか見物だな」

永火は上機嫌に鼻で笑うと、最上階にある扉の一つを開け放った。

「今日からここが、お前の部屋だ」

促されて中に入った紗和は、思わず息を呑む。

そこは、物置小屋で寝起きしていた彼女にとっては、夢のような空間だった。
天蓋付きのふかふかとした大きなベッド。
ベルベットの長椅子。
螺鈿細工が施された見事な鏡台の横には、美しい絹の寝間着や、上質なちりめんの着物が何着も用意されていた。

「私の妻が薄汚れたなりをしていては、朧月家の名折れだからな。好きに着飾るがいい」

永火は部屋の入り口に立ち、冷たく言い放つ。

「明日の夜から、さっそくお前の血を貰い受ける。逃げ出そうなどと無駄な足掻きはするなよ。お前のすべては、復讐が終わるその日まで、私のものだ」

バタン、と。
一切の温情を見せることなく、冷酷な主人は扉を閉ざした。

取り残された紗和は、張り詰めていた糸がようやく少しだけ緩むのを感じた。

切り裂いた左手はズキズキと痛む。

明日から……。

永火の残した言葉に一瞬だけ顔を曇らせる。
それでも、紗和の心は不思議と澄み切っていた。

(これでいい。この命を使い潰してでも、私は必ず……)

柔らかすぎる絨毯の上にへたり込みながら、紗和は復讐の炎を宿した瞳で、窓の向こうの帝都の夜空を静かに睨みつけた。