禍津神の最愛なる生贄 〜復讐の刃を抱く花嫁は、死霊の王に情愛で溶かされる〜


矢張り、噂は本当だったのだ。
化け物退治をしている筈の将軍こそが、化け物であるという噂は。

かけられた言葉の意味を反芻しながら紗和は、ごくりと唾を飲み下す。

「取引……?」

「私の妻という肩書きと、衣食住を与えてやろう。その代わり、毎晩お前の血を私に献上せよ。帝都の『禍憑き』を鎮めるための装置として、死ぬまで私の城で飼い殺されてもらう。痛みに泣き叫ぼうが逃がしはしない。……それが嫌なら、今すぐお前を突き出してきた阿呆のもとへ帰り、地べたを這いずり回るんだな」

それは、圧倒的な強者からの傲慢な命令だった。
永火は、目の前の薄汚れた少女が、恐怖に泣き叫んで命乞いをするか、絶望して膝を屈するかのどちらかだと確信していた。

これまで彼が見てきた人間は、皆そうだったからだ。

しかし。
紗和は泣き叫ぶどころか、自嘲的な笑みを浮かべた。

「……贄になれと、そう仰るのですね」

次の瞬間、永火の予想を裏切る凶行が起きた。

紗和は持たされていた短刀を迷いなく抜き放つと、自らの左の手のひらを、躊躇いなく深く切り裂いたのだ。

「なっ……」

ポタ、ポタと、滴り落ちる鮮血。
常夜の闇の中に、紗和の特異な血の匂いが甘く、そして生々しく立ち込める。
紗和は痛みで顔を歪めることすらなく、血の溢れるその手を、死霊の王の顔の前に真っ直ぐに突き出した。

「血なら、いくらでも差し上げます。枯れ果てるまで啜っていただいて構いません」

「……お前、正気か」

「ただし、一つだけ条件を追加していただけませんか」

紗和の闇色をした瞳が、朧月の赤い瞳を真っ向から射抜く。
そこにあったのは、生贄の絶望でも、弱者の悲哀でもなかった。
身の毛もよだつほどの、純粋でどす黒い『殺意』だった。

「私の復讐は、私がこの手で果たします。私を安全な鳥籠で飼うのではなく、私を地獄へ突き落とした者たちの喉元を喰いちぎるための『(ちから)』を貸してください」

血まみれの手を突き出したまま、紗和は凛とした声で言い放った。

「私の血の対価は、あなたの圧倒的な権力と武力。……それができるなら、私は喜んであなたの餌になりましょう。城主様」