禍津神の最愛なる生贄 〜復讐の刃を抱く花嫁は、死霊の王に情愛で溶かされる〜



ぽかぽかと暖かな陽光が差し込むサンルーム。
紗和は長椅子に腰掛け、西洋人形のルイが淹れた紅茶の香りに目を細めていた。
足元では、マリオが心地よさそうに腹を出して眠っている。
地べたを這いつくばるように生きていた叔父の家での暮らしが、遠い昔の幻だったかのように思えるほど、甘く満ち足りた空間だった。

「相変わらず、呑気な奴らだ」

主人の唐突な登場にルイと獣のあやかしはビクッと肩を跳ねさせ、「し、失礼いたしました!」と飛び上がる。

永火は呆れたような顔つきで、紗和の隣にどっかりと腰を下ろした。
距離が、近い。
触れ合うほどの距離から、永火のまとう冷たい夜気と、彼特有の香木のような香りが漂ってくる。

「軍部の阿呆どもを黙らせてきた。大した手間ではなかったがな」

永火はティーカップに手を伸ばす紗和の手首を、横から唐突に掴んだ。
手袋越しの冷たい指先が、紗和の細い脈を確かめるように、親指でゆっくりと撫でる。

「お前の憎む『叔父』は、来週にも最前線へ送られる。私の予想が正しければ、死の恐怖に耐えきれず、自ら破滅の道を選ぶだろうな。……これで、お前の復讐も終わりだ」

「……はい。約束通り『牙』を貸してくださり、感謝いたします。永火様」

復讐の完遂。

それは、この甘美な鳥籠での生活が終わり、紗和の生きる目的がなくなることを意味していた。
無意識に紗和の瞳が微かな翳りを見せると、永火は不機嫌そうに目を細め、彼女の手首をぐいと引き寄せた。

「っ……」

「何を勘違いしているのかは知らないが。復讐が終わろうと、お前が私の言わば……浄化装置であることに変わりはない。お前の血も、その命も……最後まで私が搾り取ってやろうか」

顔が触れ合いそうな距離で、赤い瞳が紗和を射抜く。
真意は紗和には分からなかった。

紗和は少し驚いたように瞬きをした後、寂しそうに微笑む。

「ええ。枯れ果てるまで、好きになさってくださいませ……」

その微笑みに、永火は一瞬だけ虚を突かれたように目を見開き――気まずそうに舌打ちをして視線を逸らした。

この関係には決して愛などない、と言い聞かせながらも。
静寂に包まれた城の中で、二人の距離は、確かに体温を分け合うほどに近づいている。


そして――常夜の城の結界が、けたたましい咆哮によって破られたのは、その日の夜のことだった。