禍津神の最愛なる生贄 〜復讐の刃を抱く花嫁は、死霊の王に情愛で溶かされる〜


帝都軍本部の最上階。
会議室には、重苦しい空気が立ち込めていた。

円卓を囲むのは、軍の上層部たち。
その中には、紗和を「常夜の城」へと送り込んだ張本人である、叔父・佐伯飛雄(さえきとびお)の姿もあった。
彼は軍の上層部に取り入り、さらなる地位を得ようと目論んでいるのだ。

「朧月将軍! 最近の禍憑きの出現数は異常だ。貴殿の『極夜部隊』は一体何をしておられるんですか! もっと迅速に、根絶やしにできんのでしょうか!」

白髪の軍部高官が、テーブルを叩いて声を荒らげた。

その視線の先――上座の椅子に深く腰掛けているのは、漆黒の軍服を見に纏った永火である。

彼は軍帽の隙間から冷ややかな視線を向けると、退屈そうに息を吐いた。
手元には、常夜の城からついてきた紅い蝶がひらりと舞い降りたが、霊力を持たない人間たちにはそれが見えない。

「……根絶やし、と。それはまた、随分と自分勝手な物言いを」

永火はゆっくりと立ち上がり、コツリ、と軍靴を鳴らして高官に歩み寄る。
ただそれだけで、会議室の温度が急激に下がる。
彼の背後から、どす黒い虚無の影が立ち昇るのを、室内にいる全員が本能的に感じ取ったのだ。

「誰のせいで彼らが『禍』に堕ちたか、忘れたわけではあるまい? 貴様らが裏で行っている浅ましい『実験』のせいだということを」

その言葉に、高官たち、そして叔父の顔色がさっと青ざめた。

「私がその気になれば、この部屋を一分以内に死体安置所に変えることも容易いのだよ。……いいか、余計な口を叩くな。君たちは黙って、私が与える『平和』を享受していればいい」

絶対的な強者の威圧を前に、高官たちは喉を鳴らすことすらできず、ただ震えることしかできなかった。
永火はそんな彼らを酷薄な目で見下ろすと、ふと、部屋の隅で縮こまっている紗和の叔父へと視線を向けた。

「そうだ。禍憑きの討伐に関して、一つ良い提案がある」

永火の唇が、氷のように冷たく弧を描く。

「現在、帝都の東区画で強力な禍憑きの群れが確認されている。我が極夜部隊だけでは手が足りない。そこで……そこのお前。お前の部隊にも、最前線での掃討作戦に加わってもらおうか」

「ばっ……馬鹿な! 我々は人間のみで構成されいている分隊ですぞ! そんな化け物の相手など……!」

悲鳴を上げる佐伯飛雄に対し、永火は顔を近づけ、囁くように言い放った。

「これは『極夜部隊将軍』からの命令だ。……もし従えないというのであれば、今ここで、私が貴方の首を刎ねるが?」

その赤い瞳の奥で渦巻く殺気に触れ、飛雄はひぃっと腰を抜かした。

紗和から受け取った血の対価を払うための布石は、今、永火の手によって完璧に打たれたのだった。



帝都軍の地下深くにある秘密研究室では、佐伯飛雄が発狂したように書類を撒き散らしていた。

「くそっ、あの化け物め……っ! 儂を最前線の捨て駒にする気か!」

ガリガリと爪を噛みながら、飛雄は目を血走らせる。
前線は現在、強力な禍憑きの群れによって地獄と化していると聞いている。
自分のような非力な人間が赴けば、ものの数分で肉塊に変わることは明白だった。

「紗和だ……あの小娘が、化け物の王を唆したに違いない……!」

死の恐怖と逆恨みが、飛雄のどす黒い欲望を限界まで煮詰めさせる。
彼は震える手で、部屋の奥にある厳重な金庫を開けた。
そこにあったのは、氷漬けにされた不気味な赤黒い肉塊。

軍部が極秘に研究していた禁忌――高位のあやかしから削ぎ落とした『肉』である。

「これを喰えば、人間はあやかしを超える力を得られるはずだ。ええい、こうなれば……っ!」

佐伯は肉塊を鷲掴みにすると、血生臭いそれを狂ったように口へ押し込み、貪り喰った。

「ぐっ、がぁぁァッ……!?」

直後、全身の骨が砕けるような激痛が飛雄を襲う。
人間の矮小な器に、あやかしの力が濁流のように流れ込む。

理性が焼き切れ、眼球が不気味に蠢き始める中、最後に残ったのはドロドロに溶けた強欲の感情だけだった。

『力ダ……モッと、ちからガぁぁぁ必要だぁぁあァ。……そうだ、あの小娘。あの目障りな小娘を喰エば、俺ハ完全にナる……!』

醜い異形へと成り果てた飛雄は、涎を撒き散らしながら、駆け出していった。