受け渡し場所に積まれた包みを見た瞬間、レントは歩調を速めた。
「金具だ」
「布もございます。量は多くありませんが、試験販売の結果としては悪くないでしょう」
数日ぶりに戻ったユアンは、荷を下ろしながら平然と言った。包みの端から覗く金具は小さく、布も一巻きに満たない。それでも町の余剰が初めて外の品へ変わった証拠だった。
隣でミレイがしゃがみ込み、金具を一つ摘まむ。
「ちゃんと使える物でしょうね」
「歓迎より先に検品ですか」
「曲がった金具を持って帰ってきたなら、歓迎する理由がないもの」
ミレイは爪で表面を弾き、穴の位置と厚みを確かめた。レントも布へ触れる。薄すぎず、補修や仕切りへ回せそうだった。
欲しかった物の一部が、実際にここへ来た。
喜びが先に立ちかけたところで、ユアンが荷紐を結び直した。
「さて。どの品が最も高く評価されたと思われますか?」
「結果を持ってきた人間が、なぜ問題を出す」
「売り手の予想と市場の反応が一致するとは限りませんので」
レントは三つの試験品を思い浮かべた。果実、保存できる加工品、若木の小さな端材。
「加工品だ。保存が利くし、持ち運びやすい。生活を圧迫しない範囲で余剰も見やすい」
「味ではなく、作りやすさで選びましたね」
「今後も扱える候補を探している。値段だけ聞いても意味がない。誰が何を評価したかまで話してくれ」
ユアンは満足そうに目を細めた。
「では、予想は外れです」
包みの上へ、小さな若木の端材を模した手振りをする。
「最も高値が付いたのは木片でした。軽い。硬さの割に加工しやすい。そして何より、同じ材を継続して欲しいと」
「端材が?」
ミレイが顔を上げた。
「細工用ではありません。建築材としてまとまった量を求める話が出ています」
レントは無意識に工房の方角を見た。
少量の端材でこれだけの金具と布が得られた。まとまった量を出せば、傷んだ工具も薬も手に入るかもしれない。交換部材を惜しむ日々も、少しは楽になる。
「どの程度の量を――」
「出さない」
ミレイが即座に切った。
「まだ聞いていない」
「聞けば迷うでしょ」
「もう少し信用してくれ」
「高値と工具が並んだ時のレントは、信用する前に止めるくらいでちょうどいい」
ユアンが小さく笑った。
「よくご存じで」
「ベルクさんは黙っていてくれ」
「承知しました。ですが、加工品の話もございます」
ユアンは別の包みを示した。
「こちらも売れました。保存性は評価されています。ただし、味よりも強かったのは由来です。眠る巨獣に関わる土地で作られた品。その物語に価値を感じる客が多かった」
レントの浮かんだ喜びが、少しだけ冷えた。
「町の位置は話していないな」
「もちろんです。採取場所も、巨獣の状態も、見学についても伏せました。ただ、珍しい環境で得られた品という説明だけで、買い手は勝手に想像を膨らませます」
「境界の内側へ入れなくても、外から値札を付けるわけか」
「商いとは、そういう面もあります」
そこで、受け渡し場所へ近づいてきたガルドが、最後の言葉を聞き取った。
「何に値札が付いた?」
「乳の加工品にも、よい反応がありました」
ユアンが答えると、ガルドの眉が寄った。
「よい反応と、増やせることは別だ」
「まだ増産の話はしていない」
「その顔は、もう考えた顔だ」
レントは否定できず、布から手を離した。
ガルドは荷の横に立ち、ユアンを見た。直接向き合うのは初めてだったが、レントが名を口にする前にユアンが軽く頭を下げる。
「ユアン・ベルクです。乳加工品は完売しました」
「ガルドだ。売れた数だけ乳が増えると思うな、ユアンさん」
ガルドは試験品の売れ行きより先に、生産側の事情を並べた。
「乳を増やすなら家畜を見る。草地も見る。町で食う分も残す。売れたから次も同じだけ出せる、にはならん」
「買い手は継続を望んでいます」
「家畜は買い手の都合で乳を出さん」
柔らかなユアンの口調へ、ガルドの言葉は石のように返った。
ミレイも端材を指先で転がしながら続ける。
「木材も同じ。端材だから余りとは限らない。試作の留め方を変える時、小さい材の方が使いやすいこともある。交換部材へ回せる物まで売り切ったら、金具を買うために木を失うだけよ」
「では、何を主力にするおつもりで?」
ユアンの問いに、レントはすぐ答えなかった。
木材は高い。しかし町で使う。加工品は売れる。しかし生活と家畜へ負担がかかる。果実にも限りがあり、どれか一つを主力と呼べば、別の場所へ無理が出る。
「主力を一つ選ぶのが間違いかもしれない」
「商人には困る答えですね」
「こっちは暮らしが先だ」
レントは地面へ三本の短い線を指で引いた。
「市場でいくらになるか。作ると生活へどれだけ負担が出るか。町の中で何に使えるか。この三つを分ける」
「数字を並べるだけで決まるか?」
ガルドが問う。
「決まらない。だから、決める人間も分ける。少なくとも俺一人で高値を見て決めるのはやめる」
ミレイが腕を組み直した。
「それなら、まず木材の大量注文は断って」
「追加では採らない。森も開けない。能力で増やすこともしない」
レントはユアンへ向き直った。
「売れる候補は、今ある加工端材だけだ。町で使う分を取った後に、本当に余った物だけ。加工品も生活用の生産から余剰が出た時だけ扱う」
「大量需要は逃します」
「逃す」
「今後、同じ値が付く保証もありません」
「それも受け入れる」
言葉にすると惜しさは残った。金具も布も、もっと欲しい。工具と薬はまだ届いていない。
それでも、町の不足を埋めるために森を削り続ければ、いずれ町が町を食う。
「それから、巨獣由来だと売り込むな。町の位置も、眠りも、身体の状態も使わせない。加工品は味と保存性で売れ。そこに値が付かないなら、無理に売らなくていい」
ユアンはしばらく黙っていた。
「最大の利益を捨てる判断です」
「分かっている」
「買い手からは、なぜ供給しないのかと聞かれるでしょう」
「生活と町内利用を優先するからだ。俺が決めた。損をするなら、こっちで引き受ける」
ユアンの笑みが、値踏みする時の薄い形から少し変わった。
「では、そのまま伝えます。都合のよい理由へ言い換えません」
「商人なのに?」
「商人だからです。出せない物を出せるように見せれば、次の交渉が腐ります」
レントはユアンを見直した。
高値の話だけを持ち帰ることもできたはずだ。大量注文を隠し、由来の価値をぼかせば、町側は気分よく次の商品を渡しただろう。
だが、ユアンは売り手に不利な需要まで持ち帰った。
「次も相談はする。ただし、条件は毎回こちらで確かめる」
「十分です、レントさん。全面的に任されるより、長く商いができます」
「専属になったつもりなら追い返すぞ」
「まだそこまで儲けておりません」
その返しに、レントはわずかに笑った。
協議を終えると、交換物資を工房側へ運んだ。ユアンにはこれまでどおり同行を付け、決めた経路から外れさせない。
ミレイは作業台へ金具を並べ、穴の位置を一つずつ確かめた。布は端を引き、織りの密度を見る。
「使える。金具は全部同じ規格じゃないけど、補修には回せる。布も仕切りと覆いなら問題ない」
「工具は?」
「ない」
「薬は?」
「ない」
レントが肩を落とすと、ミレイは金具を一つ投げてよこした。
「最初から全部手に入ると思う方が欲張り。これはこれで助かる」
掌に落ちた金具は小さかった。
だが、町で余った物が外へ渡り、必要な物へ変わって戻った。未知だった価値が、手に持てる成果になっている。
「成功ではあるな」
「小さくね」
ガルドが加工品の空いた容器を見た。
「売れたからといって、次を増やす話にはしない。それを忘れなければな」
「忘れたら止めてくれ」
「言われなくても止める」
レントは金具を作業台へ戻した。
木材の大量注文には答えない。加工品の宣伝範囲も決め切らない。供給量も、取り分も、誰が止めるかも、まだ決まっていない。
それでも、何が売れるかは分かった。そして、売れることと売ってよいことが同じではないと、全員が実物を前に確認した。
布を広げたミレイが、傷んだ覆いへ重ねる。
「これで一か所は直せる」
「一か所か」
「ゼロよりは多い」
レントは頷いた。
高値の注文を断ったせいで、手に入らなかった物はある。
だが、断ったからこそ、町に残った物もある。
最初の取引で得たのは金具と布だけではなかった。次に決めるべき境界が、ようやく値段の向こう側まで見えるようになった。
「金具だ」
「布もございます。量は多くありませんが、試験販売の結果としては悪くないでしょう」
数日ぶりに戻ったユアンは、荷を下ろしながら平然と言った。包みの端から覗く金具は小さく、布も一巻きに満たない。それでも町の余剰が初めて外の品へ変わった証拠だった。
隣でミレイがしゃがみ込み、金具を一つ摘まむ。
「ちゃんと使える物でしょうね」
「歓迎より先に検品ですか」
「曲がった金具を持って帰ってきたなら、歓迎する理由がないもの」
ミレイは爪で表面を弾き、穴の位置と厚みを確かめた。レントも布へ触れる。薄すぎず、補修や仕切りへ回せそうだった。
欲しかった物の一部が、実際にここへ来た。
喜びが先に立ちかけたところで、ユアンが荷紐を結び直した。
「さて。どの品が最も高く評価されたと思われますか?」
「結果を持ってきた人間が、なぜ問題を出す」
「売り手の予想と市場の反応が一致するとは限りませんので」
レントは三つの試験品を思い浮かべた。果実、保存できる加工品、若木の小さな端材。
「加工品だ。保存が利くし、持ち運びやすい。生活を圧迫しない範囲で余剰も見やすい」
「味ではなく、作りやすさで選びましたね」
「今後も扱える候補を探している。値段だけ聞いても意味がない。誰が何を評価したかまで話してくれ」
ユアンは満足そうに目を細めた。
「では、予想は外れです」
包みの上へ、小さな若木の端材を模した手振りをする。
「最も高値が付いたのは木片でした。軽い。硬さの割に加工しやすい。そして何より、同じ材を継続して欲しいと」
「端材が?」
ミレイが顔を上げた。
「細工用ではありません。建築材としてまとまった量を求める話が出ています」
レントは無意識に工房の方角を見た。
少量の端材でこれだけの金具と布が得られた。まとまった量を出せば、傷んだ工具も薬も手に入るかもしれない。交換部材を惜しむ日々も、少しは楽になる。
「どの程度の量を――」
「出さない」
ミレイが即座に切った。
「まだ聞いていない」
「聞けば迷うでしょ」
「もう少し信用してくれ」
「高値と工具が並んだ時のレントは、信用する前に止めるくらいでちょうどいい」
ユアンが小さく笑った。
「よくご存じで」
「ベルクさんは黙っていてくれ」
「承知しました。ですが、加工品の話もございます」
ユアンは別の包みを示した。
「こちらも売れました。保存性は評価されています。ただし、味よりも強かったのは由来です。眠る巨獣に関わる土地で作られた品。その物語に価値を感じる客が多かった」
レントの浮かんだ喜びが、少しだけ冷えた。
「町の位置は話していないな」
「もちろんです。採取場所も、巨獣の状態も、見学についても伏せました。ただ、珍しい環境で得られた品という説明だけで、買い手は勝手に想像を膨らませます」
「境界の内側へ入れなくても、外から値札を付けるわけか」
「商いとは、そういう面もあります」
そこで、受け渡し場所へ近づいてきたガルドが、最後の言葉を聞き取った。
「何に値札が付いた?」
「乳の加工品にも、よい反応がありました」
ユアンが答えると、ガルドの眉が寄った。
「よい反応と、増やせることは別だ」
「まだ増産の話はしていない」
「その顔は、もう考えた顔だ」
レントは否定できず、布から手を離した。
ガルドは荷の横に立ち、ユアンを見た。直接向き合うのは初めてだったが、レントが名を口にする前にユアンが軽く頭を下げる。
「ユアン・ベルクです。乳加工品は完売しました」
「ガルドだ。売れた数だけ乳が増えると思うな、ユアンさん」
ガルドは試験品の売れ行きより先に、生産側の事情を並べた。
「乳を増やすなら家畜を見る。草地も見る。町で食う分も残す。売れたから次も同じだけ出せる、にはならん」
「買い手は継続を望んでいます」
「家畜は買い手の都合で乳を出さん」
柔らかなユアンの口調へ、ガルドの言葉は石のように返った。
ミレイも端材を指先で転がしながら続ける。
「木材も同じ。端材だから余りとは限らない。試作の留め方を変える時、小さい材の方が使いやすいこともある。交換部材へ回せる物まで売り切ったら、金具を買うために木を失うだけよ」
「では、何を主力にするおつもりで?」
ユアンの問いに、レントはすぐ答えなかった。
木材は高い。しかし町で使う。加工品は売れる。しかし生活と家畜へ負担がかかる。果実にも限りがあり、どれか一つを主力と呼べば、別の場所へ無理が出る。
「主力を一つ選ぶのが間違いかもしれない」
「商人には困る答えですね」
「こっちは暮らしが先だ」
レントは地面へ三本の短い線を指で引いた。
「市場でいくらになるか。作ると生活へどれだけ負担が出るか。町の中で何に使えるか。この三つを分ける」
「数字を並べるだけで決まるか?」
ガルドが問う。
「決まらない。だから、決める人間も分ける。少なくとも俺一人で高値を見て決めるのはやめる」
ミレイが腕を組み直した。
「それなら、まず木材の大量注文は断って」
「追加では採らない。森も開けない。能力で増やすこともしない」
レントはユアンへ向き直った。
「売れる候補は、今ある加工端材だけだ。町で使う分を取った後に、本当に余った物だけ。加工品も生活用の生産から余剰が出た時だけ扱う」
「大量需要は逃します」
「逃す」
「今後、同じ値が付く保証もありません」
「それも受け入れる」
言葉にすると惜しさは残った。金具も布も、もっと欲しい。工具と薬はまだ届いていない。
それでも、町の不足を埋めるために森を削り続ければ、いずれ町が町を食う。
「それから、巨獣由来だと売り込むな。町の位置も、眠りも、身体の状態も使わせない。加工品は味と保存性で売れ。そこに値が付かないなら、無理に売らなくていい」
ユアンはしばらく黙っていた。
「最大の利益を捨てる判断です」
「分かっている」
「買い手からは、なぜ供給しないのかと聞かれるでしょう」
「生活と町内利用を優先するからだ。俺が決めた。損をするなら、こっちで引き受ける」
ユアンの笑みが、値踏みする時の薄い形から少し変わった。
「では、そのまま伝えます。都合のよい理由へ言い換えません」
「商人なのに?」
「商人だからです。出せない物を出せるように見せれば、次の交渉が腐ります」
レントはユアンを見直した。
高値の話だけを持ち帰ることもできたはずだ。大量注文を隠し、由来の価値をぼかせば、町側は気分よく次の商品を渡しただろう。
だが、ユアンは売り手に不利な需要まで持ち帰った。
「次も相談はする。ただし、条件は毎回こちらで確かめる」
「十分です、レントさん。全面的に任されるより、長く商いができます」
「専属になったつもりなら追い返すぞ」
「まだそこまで儲けておりません」
その返しに、レントはわずかに笑った。
協議を終えると、交換物資を工房側へ運んだ。ユアンにはこれまでどおり同行を付け、決めた経路から外れさせない。
ミレイは作業台へ金具を並べ、穴の位置を一つずつ確かめた。布は端を引き、織りの密度を見る。
「使える。金具は全部同じ規格じゃないけど、補修には回せる。布も仕切りと覆いなら問題ない」
「工具は?」
「ない」
「薬は?」
「ない」
レントが肩を落とすと、ミレイは金具を一つ投げてよこした。
「最初から全部手に入ると思う方が欲張り。これはこれで助かる」
掌に落ちた金具は小さかった。
だが、町で余った物が外へ渡り、必要な物へ変わって戻った。未知だった価値が、手に持てる成果になっている。
「成功ではあるな」
「小さくね」
ガルドが加工品の空いた容器を見た。
「売れたからといって、次を増やす話にはしない。それを忘れなければな」
「忘れたら止めてくれ」
「言われなくても止める」
レントは金具を作業台へ戻した。
木材の大量注文には答えない。加工品の宣伝範囲も決め切らない。供給量も、取り分も、誰が止めるかも、まだ決まっていない。
それでも、何が売れるかは分かった。そして、売れることと売ってよいことが同じではないと、全員が実物を前に確認した。
布を広げたミレイが、傷んだ覆いへ重ねる。
「これで一か所は直せる」
「一か所か」
「ゼロよりは多い」
レントは頷いた。
高値の注文を断ったせいで、手に入らなかった物はある。
だが、断ったからこそ、町に残った物もある。
最初の取引で得たのは金具と布だけではなかった。次に決めるべき境界が、ようやく値段の向こう側まで見えるようになった。
