眠る巨獣の背中で町づくり――夢の景色は消せないので、仲間と動かせる暮らしを始めます

「寝床だけでは、家と呼ぶには少し寂しくないか」

 低い骨組みの内側へ身をかがめながら、レントは空いた壁際を見回した。

 先に形をそろえた交換部材は、住居の枠にも使えた。軽い木材を低く組み、接続部へ同じ長さの布を通す。強く固定しないため、巨獣の呼吸に合わせて骨組み全体がわずかにたわむ。

 数日かけた試作は、ようやく人が横になれる広さになっていた。だが、今あるのは屋根の下に寝床を置いただけの空間だ。

「棚がいる」

 ミレイが即座に答えた。

「寝る場所へ荷物を置き散らかせば、起きたときに踏む。壁際へ低い保管棚。上には採光口。風が抜けすぎる側には換気用の覆いもつける」

「いいな。食事に使う小物くらいなら、ここへまとめられる」

「レント」

 骨組みの外から、セラフィナが呼んだ。

「何だ?」

「家を一つ作る話でしたか。それとも、町の設備をすべて一つへ詰め込む話でしたか」

「寝床と棚と明かりと風除けだ。すべてではない」

「レントの『すべてではない』は、完成直前まで信用できません」

 ミレイが吹き出した。

「祭守殿、分かってきたね」

「トルカ殿も止める側へ回ってください」

「私は増やす側」

「だから信用できない二人なのです」

 セラフィナは骨組みの支持部へ手を添えた。巨獣が息を吸うたび、床面がゆっくり持ち上がり、若木の枠が遅れて追従する。荷重は一か所へ集まっていない。

「この重さなら、通常の呼吸へはついていけます。ただし、完成した後、どこから出ますか」

「入口からだろう」

 レントが正面を指すと、セラフィナの視線が横へ動いた。

「その入口が低い側へ向いた場合は?」

「反対側にも入口を作る」

「棚と覆いを置いた後に、ですか?」

 レントは答えず、骨組みの内側を見直した。

 ミレイはすでに薄い幕を持ち上げていた。

「まず形にしよう。出口は後から増やせる」

「その言葉も信用できません」

「試さずに削る方が嫌いなの」

 幕が骨組みの一面へ仮留めされる。続いて隣の面も覆われ、開いていた空間が急に部屋らしくなった。

 そのとき、骨組みの下から白い毛が入り込んだ。

「モフル」

 レントが呼ぶと、モフルは片耳だけを向けた。止まる様子はない。まだ壁のなかった奥まで進み、寝床の匂いを確かめるように鼻先を動かした。

「気に入った?」

 ミレイが最後の幕を持ち上げる。

 入口として残ったのは、正面の一か所だけだった。

 布が垂れた瞬間、モフルの毛が膨らんだ。

「むぅ……!」

 低い声とともに、正面とは反対側へ走る。だが、そこには今つけた幕がある。モフルは鼻先で布を押し、抜けられないと分かると爪を接続部へ引っかけた。

「モフル、止まれ」

 レントは手のひらを見せた。

 モフルは見た。見たうえで無視した。

 布をつなぐ部材をくわえ、体ごと後ろへ引く。骨組みが大きくたわんだ。

「外す!」

 レントは正面の幕を跳ね上げた。ミレイも隣の接続を解く。出口が開くと、モフルは誰にも触れられないまま外へ飛び出し、数歩離れて振り返った。耳は伏せられ、まだ毛が逆立っている。

「怪我は?」

 セラフィナは近づかず、その場で尋ねた。

 モフルは答える代わりに、外された幕を前足で押し戻した。

「嫌われたな」

 レントが言うと、ミレイは幕を拾い上げた。

「狭いのが嫌だっただけかもしれない」

「入口が気に入らなかった可能性もある」

「モフルの好みだけで住居を決めるつもり?」

「違う。だが、嫌がった理由を見ずに閉じ直すつもりもない」

 レントは骨組みの中へ戻り、モフルが引いた接続部を見た。壊れてはいない。ただ、開いた場所へ入った個体が、閉じられた途端に自分で出口を作ろうとした。

「セラフィナ。巨獣の動きから見て、どうだ」

「モフルの反応とは分けて考えます」

 セラフィナは床面へ視線を落とした。

「呼吸だけでも、傾きは常に同じ方向ではありません。今の壁配置では、低くなった側と入口が反対になった場合、内部の者は全員、一つの出口へ集まります」

「入口を三つにする」

 ミレイが即答した。

「固定壁が残る限り、逃げる方向は入口に決められます」

「全部を入口にしたら壁じゃない」

「壁である必要はありますか?」

 ミレイが黙った。

 セラフィナは幕の端を持ち上げた。

「風や雨を防ぐ間は壁として使う。動く必要が生じたら、どの側からでも開ける。その方が巨獣の動きへ合わせられます」

「外から結びを解くのでは遅い」

「内側から外せるようにする」

「強く引けば骨組みごと寄る」

「では、引かない方法にしてください」

 ミレイの目が細くなった。反発ではなく、構造を探すときの顔だった。

「接続部を外へ抜くんじゃなく、内側へ倒す。布の重さで留まり、持ち上げれば外れる形なら、引っ張らなくていい」

「通常時に勝手に外れませんか」

「上から荷重をかける。揺れは逃がして、人の手では起こせる程度にする」

「支持部へ力を集中させないことも条件です」

「分かってる。祭守殿の不安じゃなく、荷重と開放方向の条件として聞いてる」

 セラフィナはわずかに眉を上げた。

「それなら、確認できます」

「セラフィナ。反対側を見て。巨獣が沈んだときに、どちらを先に開けたい?」

 呼び方が変わっても、ミレイの手は止まらなかった。セラフィナも咎めず、床の傾きと骨組みの揺れを見比べる。

「一方向を決めないでください。左右と後方、少なくとも三方を同じ手順で開けられるように」

「同じ部材、同じ動作。保管台と同じ考え方だな」

 レントが言うと、ミレイは振り向いた。

「棚は外す」

「いきなり全部か」

「棚があると、その面は開けない」

「低くしても?」

「外へ出る足を引っかける」

 レントは採光用に分けていた細い枠を持ち上げた。家らしさを感じさせた形が、急に余計な物へ見えてくる。

「採光口もいらないか」

「幕を上げれば明るい」

「換気用の覆いは」

「幕を少し開ければ風が通る」

「俺たち、数日かけて機能を増やして、今から消してないか」

「必要な機能が分かっただけ」

「削る方が速いのは、少し悔しいな」

 それでもレントは、保管棚の部材を骨組みから外した。採光用の枠も戻す。固定壁にする予定だった部分も撤回した。

 残ったのは、寝床と上部の雨除け。そして三方へ開ける幕だった。

「家らしく見せることより、逃げられることを優先する」

 レントは外した部材を脇へ置いた。

「閉じ込めないことも、住居の機能だ」

 ミレイは統一部材を組み直し、幕の端へ簡素な留め具をつけた。内側から持ち上げれば、強く引かずに接続が外れる。布は落ち、どの面も出口へ変わる。

 セラフィナが呼吸の沈みを見て、右側を示した。レントがその面を開く。モフルは少し離れた場所から眺めていたが、やがて自分から骨組みへ戻った。

 今度は三方の幕が下りている。

「モフル」

 レントが左側を指す。

 モフルはそちらへ行かなかった。後ろの幕へ鼻先を入れ、自分で持ち上げて外へ出る。しばらくして、また別の側から入ってきた。

「指示どおりには出ないか」

「出口が選べることは理解したみたいですね」

 セラフィナが言う。

「理解したうえで、俺の案を使わなかった」

「いつものことでしょう」

「少しは慰めてくれ」

「事実を述べました」

 完成後の試験では、レント、セラフィナ、ミレイの三人が内部へ入った。モフルは捕まえられず、出入りを好きにさせる。

 巨獣がゆっくり息を吸う。幕壁が揺れ、床面がわずかに傾いた。

「右が低くなります」

 セラフィナの声に、レントは正面、ミレイは左、セラフィナは右の接続へ手をかけた。

「一つ、二つ――」

「数えなくていい!」

 三方向の幕がほぼ同時に落ちた。

 誰か一人の後ろへ並ぶ必要はない。三人はそれぞれ近い方向から外へ出た。骨組みはその場に残り、接続部も壊れていない。

「もう一度」

 ミレイが言う。

「宿泊はしないぞ」

「日中の退避だけ。夜の条件は別」

「そこを分けるなら賛成だ」

 試験を終えても、新しい住居へ寝具を移しきることはしなかった。夜はこれまでどおり、滑動式の仮設拠点を使う。眠っている間の冷えも、揺れの後の復旧も、まだ確かめていない。

 片付けのあと、セラフィナだけが住居の脇へ残った。

「モフル」

 静かに呼ぶ。追わず、手も伸ばさない。

 離れた場所にいたモフルの耳が動いた。正面からは来ず、完成した住居の向こう側へ回る。別の出口を抜け、自分で選んだ道からセラフィナのそばへ来た。

 そして彼女へ背を向けて座り、衣服の裾へ体の一部だけを触れさせた。

 セラフィナはすぐには動かなかった。モフルが離れないことを確かめてから、触れられる位置にある毛へだけ、短く手を置く。

 モフルは低く喉を鳴らした。嫌がる様子はない。だが、しばらくすると自分から立ち上がり、別の出口を通って外へ出ていった。

「壁を減らしたら、出入りする者が増えたな」

 レントが言うと、セラフィナは手を引っ込めた。

「閉じ込めないと分かれば、近くを選べるのでしょう」

 低い骨組みに雨除けがかかり、三方の幕が呼吸に合わせて揺れている。棚も、固定壁も、凝った採光口もない。夜を越せるかどうかさえ、まだ分からない。

 それでも、人が横になれ、必要ならどの方向へも逃げられる。

 巨獣の背で暮らすための最初の家は、閉じた箱ではなく、いつでも外へ開ける形で立っていた。