眠る巨獣の背中で町づくり――夢の景色は消せないので、仲間と動かせる暮らしを始めます

「材料がないと、低い台すら低いままだな」

 レントは試作予定地にしゃがみ、硬い接続試料を指先で転がした。形は決まっている。載せる物も決まっている。だが、台を支える軽い部材がない。

 数日前まで、町の原型として何でも入る一棟を考えていた。今は乳の容器と道具を床へ並べたまま、最初の一台さえ作れずにいる。

「森を出す」

 向かいで試料を組み合わせていたミレイが、すぐに顔を上げた。

「やっと?」

「森全部じゃない。加工に使える木を、数本だけだ」

「数本でも根は残ります」

 セラフィナは反対ではなく、確認する口調だった。

「枝を切れば終わりではありません。土が盛り上がるかもしれませんし、根が巨獣の皮膚へどう触れるかも分かりません」

「だから、先に止める条件を決める」

 レントは試料を置き、生活区画の外側へ視線を向けた。仮設拠点から離れ、退避路にも採水点にも重ならない場所がある。

「あそこへ小さく出す。土の盛り上がりが広がる、皮膚の熱が変わる、呼吸で根元が不自然に引かれる。どれかが出たら採取を止めて、立入りも閉じる」

「本数の上限も必要です」

「出た分を全部切るのもなしだ。採る枝は、状態を見てから決める」

「追加で欲しくなったら?」

 ミレイが尋ねる。

「今日は増やさない」

「硬い木しか出なかったら?」

「そのときも増やさない」

 口にすると、惜しさはあった。加工に向く材を得るために能力を使うのに、欲しい木が出なければ手ぶらに近い。

 それでも、現実化した景色は消せない。欲しい物が出るまで森を増やす方が、よほど高くつく。

「レントがそこまで言うなら、私は止めません」

 セラフィナは予定区画を見た。

「ただし、現実化の後は通常の呼吸を一度待ちます」

「分かった。ミレイも、呼吸を確認するまでは切るなよ」

「私はそんなに急がない」

 レントとセラフィナが同時に彼女を見た。

「……工具を持ったまま待つくらいはする」

 生活区画から離れた場所で、レントは目を閉じた。

 意識が沈み、巨獣の夢へ触れる。

 夢の中には森があった。高く伸びた幹の陰に、若い木が密集している。太く硬そうな木。細くしなる木。葉の形も樹皮の色も違う。

 レントが求めるのは、保管台へ加工できる木だった。

 重すぎず、削れて、揺れに耐え、壊れたときには交換できる木。

 だが、夢は注文書ではない。

 用途を思い描くことはできても、どの木だけを現実へ出すかまでは選べない。輪郭を絞り、小さな区画だけをつかむ。

 次の瞬間、湿った土の匂いが現実へ広がった。

 何もなかった場所へ、太い幹が一本、少し細い木が一本、さらに腰ほどの若木が数本現れる。下草が足元を覆い、根元の土がゆるやかに盛り上がった。

「思ったより混ざったな」

 レントは目を開け、額を押さえた。

「硬そうなのも、柔らかそうなのもある。選んだのは加工用途だったはずなんだが」

「加工できる木が一種類とは限らない、ということでしょう」

 セラフィナは木ではなく、まず根元を見た。盛り上がった土へ近づきすぎず、皮膚との境を確かめる。

「追加は?」

「しない」

 レントは即答した。

 望みどおりではない。それでも、失敗を埋めるために同じ能力を重ねれば、森だけが増える。

 三人は区画の外で待った。

 巨獣の背がゆっくりと上がる。下草が傾き、若木の枝が一斉にしなる。太い幹はほとんど動かず、その代わり根元の土がわずかに押し上がった。

 セラフィナは手のひらを皮膚へ近づけ、熱の変化を探る。レントも盛り土の端を見つめたが、亀裂や急な広がりはない。

「今のところ、閉鎖条件には触れていません」

「なら、枝だけ採る」

「根元へは入りすぎないでください。太い木も倒しません」

「倒した方が早いけどね」

 ミレイは言いながらも、細い工具を選んだ。

 最初に切り分けたのは太い木の低い枝だった。切り口はきれいで、削れば平らな接合面も作れる。ミレイは満足そうに表面を撫でたが、持ち上げた途端に眉を寄せた。

「重い」

「その分、支えにはなる」

「動かない場所ならね」

 二人で枝を持ち、片側を固定して軽く押す。硬い材はほとんどたわまず、力が接続試料へ集まった。金具がわずかに鳴る。

 ミレイはすぐに手を離した。

「これを台の主要部材にしたら、揺れを全部つなぎ目へ渡す。木が無事でも、接続部が先に壊れる」

「強い方が壊れにくいと思ってた」

「強い物を作るんじゃない。動く場所で壊れ方を分散するの」

 レントは硬い枝を見下ろした。丈夫さを捨てるのは惜しい。だが、巨獣の背で必要なのは、揺れへ勝つ材ではない。

「少量だけ試料に残す。主要部材からは外そう」

「賢明です」

「セラフィナに褒められると、負けた気がするな」

「誰と争っているのですか」

「硬い木と」

 工具音が止んだ隙に、下草が揺れた。

 モフルが区画の縁から顔を出し、硬い枝の匂いを嗅ぐ。興味を失ったように通り過ぎると、若木から切り分けた細枝へ鼻先を押しつけた。

「それはまだ試してない」

 ミレイが手を伸ばす。

 モフルは細枝をくわえ、するりと後ろへ下がった。

「部品泥棒」

「ふる」

「呼ばれて返事をしたなら返して」

 ミレイは以前から残っていた柔らかな緩衝材を一つ取り出し、地面へ置いた。モフルは細枝をくわえたまま近づき、緩衝材の匂いを嗅ぐ。

 次の瞬間、鼻先で押し返した。

「むぅ」

「気に入らない?」

 ミレイが別の柔らかな試料を並べる。モフルは一つずつ確かめたが、どれも運ばない。選んだ若枝だけを前足で押さえ、渡す気がないとばかりに毛を膨らませた。

「完全に競ってますね」

 セラフィナの口元がわずかに緩む。

「私は選択理由を調べてるだけ」

「モフルは巣材を守ってるだけだぞ」

 レントはしゃがみ、奪い返さずに枝の先を見た。モフルが体重をかけると、細枝は大きく曲がる。だが折れない。モフルが前足を離すと、ゆっくり元の形へ戻った。

「待て。それ、もう一度見せろ」

「モフルへ言っても再現してくれません」

「分かってる」

 レントは同じ太さの若枝を拾い、自分の手で曲げた。軽い。力を抜くと、完全ではないが元の形へ戻る。

 ミレイの目が変わった。

 彼女は太さの違う若枝を三本並べ、一本ずつ曲げる。モフルはその様子を見てから、一番細い枝へ鼻を寄せた。太い方を差し出されると、耳を伏せて押し戻す。

「細い方が好きなんじゃない。曲がり方かもしれない」

「巣へ馴染むだけかもしれないぞ」

「どっちでも試験する理由にはなる」

 ミレイは細枝を既存の接続試料へ仮合わせした。金具で締め上げず、柔らかな部材を挟んで軽く支える。レントが片側を押すと、枝がたわみ、接続部への衝撃が遅れて伝わった。

「もう一回」

 今度は少し強く押す。枝はしなり、外した後にはゆっくり形を戻した。硬い材のように力を一点へ集めない。

「これなら支持材全部を硬くしなくていい」

 レントは手の中の若枝を見た。

「細い支えと緩衝部に使う。揺れへ逆らわせず、逃がす」

「耐久性はまだ分からない。接合した後の戻り方も、繰り返し曲げたときの変化も」

「分かってる。完成品にはしない」

 ミレイは少し残念そうだったが、否定はしなかった。

 セラフィナは採取した枝を数え、現実化区画との間に目印を置いた。

「採取は今日はここまでです。根元側へ入る範囲も、この線より内側は禁止します。次の呼吸で盛り上がりや熱が変われば、区画ごと閉じます」

「森は残るんだよな」

「ええ。使わないと決めても消えません」

 レントは現れた数本の木を振り返った。

 木材を得た代わりに、管理する場所が一つ増えた。便利な素材置き場ではなく、巨獣の背に残り続ける森の小区画だ。

「採った分だけ見て終わりにはしない。ここも生活区画と同じように観察する」

「それなら構いません」

 仮設作業場所へ戻ると、硬い枝の試料は端へ分けられた。若木の枝は太さごとに並べ、保管台の支持材候補と緩衝部候補に分ける。

 モフルは自分で選んだ一本だけを抱え込み、ミレイが別の枝を見せるたびに耳や鼻先で答えた。気に入らない物は押し返し、選んだ枝は渡さない。

「試験協力の報酬が高い」

「協力したつもりはないだろ」

「でも、選んだ物は使わせてもらう」

「同じ枝を奪うなよ」

「別の枝で同じ性質を試す。そこは守る」

 ミレイは若枝を一本持ち上げ、接続試料の横へ置いた。

 保管台はまだ形になっていない。容器も道具も、今夜までは低い仮置き場へ戻すことになる。寝る場所も滑動式の仮設拠点のままだ。

 それでも、床へ並んだ若枝は、材料がなかった今朝までとは違う。

 レントは一本を手に取り、軽く曲げた。枝はしなり、手を離すと戻ってくる。

「強い材で支えるんじゃない。揺れたら曲がって、終わったら戻る台にする」

「ようやく動く土地の材料らしくなった」

 ミレイが笑う。

 巣材を抱えたモフルが「ふる」と鳴き、若枝へ顎を載せた。

「そいつが設計者みたいな顔をしてるな」

「少なくとも、レントより先に柔らかい方を選びました」

「セラフィナまでそっちにつくのか」

「事実を見て判断を修正しただけです」

 レントは言い返しかけて、やめた。

 欲しかったのは硬く丈夫な木だった。得られたのは、曲がる枝と、消せない森と、管理の手間だ。

 だが、その全部を引き受けた上で、次に作る一台の形が見えた。

 若枝は加工試験用に分けられ、接続試料の横へ置かれている。

 町はまだ建っていない。

 けれど今度は、動く土地へ逆らわずに支える材料が、確かに手元へ残っていた。