その後、俺と下野はこつこつと毎日放課後に練習を重ね、息が合うようになり、走る速度も早くなった。リレー組の真中と音無は相変わらず適当な練習しかせず、同じチームの女子たちも呆れてしまい、練習不足のまま本番を迎えることになった。
体育祭当日、緊張で吐きそうだという顔面蒼白な下野の背中を撫でてやりながらスタート位置にいく。足首の位置でしっかりとひもを結び、下野の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。練習通りやればうまくいく」
「そ、そうだね。あれだけ練習したんだからきっと大丈夫」
互いに励まし合って深呼吸をする。
「位置について……よーい……」
パァァンという合図で、俺は右足、下野は左足を踏み込んだ。
「いちっ、にっ、いちっ、にっ、いちっーー」
掛け声に合わせてリズムよく足を運ぶ。トラックのコーナーに差し掛かった。俺は歩幅を大きく、下野は小さくしてコーナーを曲がる。前に隣のクラスの奴らが走っている。その背中を追うように必死で足を動かした。息が苦しい。足が痛い。白いゴールテープがみえる。もうすぐだ。このままゴールしたら俺たちは2位ーー
ガクン、と視界からゴールテープが消えて、地面に落ちていく。一瞬、なにが起きたのかわからなかった。ひもで結んでいる左足から靴が脱げて、その拍子にバランスを崩し、下野を巻き込んで転倒した。地面に倒れている間、すぐ横を走り抜ける足音が聞こえた。
(やばっ! 早く起き上がらないと!)
下野に声をかけてひもを解く。慌てて起き上がった下野の足と俺の足をもう一度ひもで結んで走り出し、なんとかゴールすることができた。結果は、最下位だった。
悔しそうに涙を流す下野の背中をさすりながらクラスの観覧席へ戻る。クラスメイトはみんな口々に励ましの言葉をくれた。俺たちを非難する声はなかった。転倒したのは俺のせいなのに、自分のせいだと言う下野。申し訳ない、悔しい、情けない。いろんな感情が胸の中でぐるぐると渦巻いている。油断したら涙になってあふれてしまいそうだ。
「トイレいってくる」
トイレに行くふりをして席を外した。一人になって感情を落ち着けないといけない。人気のない場所を探しふらふらと歩いて、辿り着いたのは体育館の裏だった。壁に背を預け、そのままずるずると腰を下ろす。下を向いたとたんにポタポタと落ちて、アスファルトに丸い染みを作っていく。声をあげないように手の平で口を覆うが、どうしても嗚咽がもれてしまう。息苦しい。
ーーーどれくらい時間が経ったのかわからない。グラウンドから歓声が聞こえる。まだ体育祭は続いているようだ。
涙を流したおかげで少し落ち着いた。頬に残る涙の跡を、手の甲で拭う。
「そろそろ戻らないと……」
「その状態で戻ったら、泣いたのバレバレだよ」
「うわっ!? 音無!?」
音無が隣に座っていた。いつから居たのか、全然気づかなかった。
「びびったー。いるなら声かけろよ」
「抱きしめてもいい?」
「え?」
俺の返答を待たずに、音無の腕が伸びてきて胸の中に包まれる。ふわりと香る音無のにおいと体温、ドキドキと動く心音が聞こえる。落ち着いていた心がざわざわしてまた涙腺がゆるんできた。このままだったらまた泣いてしまう。
「……おいっ、ちょっと、苦しいから」
なんとか声を絞り出すと、胸の中から解放され、顔を覗き込まれる。目元をそっと親指の腹で拭ってくれた。心配そうに眉を下げて、音無も泣きそうな顔をしている。それをみて俺も、胸が締め付けられて目の淵に涙がたまっていく。
「落ち着いたら、おいで」
優しいささやき声に安心してぽろっと一粒、涙が落ちた。音無は眉を下げたまま優しく笑って、俺の頬にそっと触れると立ち上がり、グラウンドへ戻っていった。
音無が行ってしまった後も、しばらく胸が痛いままで、胸に手をあててゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「よし!」
立ち上がってグラウンドに向かった。
クラスの観覧席に戻ると下野が心配そうな顔で近寄ってきた。リレーが始まると言うので二人で前方へ移動する。トラックに四人の選手がスタート位置についた。
「位置について……よーい……」
パァァンという合図で、第一走者が走り出す。ウチのクラスは4人中3位、そのままの順位で次の走者にバトンがわたる。すぐ前の選手に追いついたものの、追い抜けず、3位のままバトンは真中にわたった。
「真中くーん! がんばれー!」
下野が大きな声で真中を応援する。練習中に一度だけ見せたキリッとした表情で1人を追い抜いた。ギリギリ2位でバトンはアンカーの音無へ。バトンを受け取った途端にぐんと加速して、あっという間に1位との差が埋まっていく。
「わっ! 音無くんすごい!」
音無の追い上げにクラスのみんなも大興奮。大きな声をだして応援している。
「いけー! おとなしー!!」
気がつくと俺も声をだしていた。ゴール前の直線で横に並び、ほぼ同時にゴールした。
「え? なにあれ!? すごくない!?」
「練習の時はもっと遅かったよね!?」
「あの2人、あんなに早かったっけ?」
「体育の時はだるそうにやってたのにな」
クラスのみんながざわざわガヤガヤしている。俺と下野は顔を見合わせて苦笑い。
審議の結果、数センチの差で2位になってしまったが、観覧席に戻ってきたリレー組は大いに讃えられた。
「瀬川くんみてくれた? 俺の走り〜すごかったでしょ?」
「お、おう。すごかったな」
「練習の時から真面目にやればよかったのに」
「脳ある鷹は爪隠すってやつだよ」
「それは謙虚な人のことだよ。真中くんはただの怠慢でしょ」
「なんかおまえ、俺にだけ当たりきつくない?」
「そんなことないよ。気のせいでしょ」
真中と下野のやり取りに顔が綻ぶ。
「あの二人、意外と仲いいよな」
音無に声をかけると、少し驚いたような顔をしてから、ぱぁぁと花が咲いたような明るい笑顔をみせた。
「瀬川くんが笑ってる……よかった」
突然、ドクンと心臓が跳ねる。なにかが胸に刺さったような痛みを感じた。
(え……なんだこれ?)
さっき、体育館裏で感じた痛みとはまた違う。胸が奥の方からぎゅぅぅっとつかまれたみたいになって息苦しい。心臓がドキドキして身体が熱くなっていく。
「瀬川くん? 顔、赤いよ?」
額に手を当てられて顔をのぞきこまれる。心臓の音が早くなり、目を合わせていられなくて下を向いた。
「大丈夫?」
額から、そっと音無の手を引き離す。
「顔、洗ってくる」
音無の顔をみれなくて、視線を下げたままで水道の方へゆっくりと向かう。歩きながら胸に手をあてて深呼吸するけど、胸の痛みはおさまらない。
(なんだよこれ……急にどうしたんだよ……)
***
体育祭終了後、クラスメイトに打ち上げに誘われた。カラオケにいくと言うのでパスしようとしたが、音無を誘いたいから俺と下野にも来てほしいと女子に懇願されたのだ。真中はいつの間にか帰っていて、一応打ち上げのことをラインしたら、『寝る』と一言返ってきた。
ドリンクバーの機械にグラスを置いてカルピスのボタンを押す。とろりと白い液体が注がれて、ほのかに甘い匂いが漂う。ぼんやりとそれを見つめながら、ため息がこぼれた。
どうして急に音無のことを見れなくなったのか。音無を見ていると、胸がドキドキして身体が熱くなる。話しかけられると、鼓動は速さを増し喉が渇いてうまくしゃべれない。
(どうしたもんか……)
「なぁ、おまえもしかしてーー」
右肩をつかまれて声をかけられた。振り向くと、他校の男子生徒が二人いた。一人は派手なピンク髪、いじめをしていた海東響だった。
「やっぱり! 瀬川だ!」
「……海東」
海東は俺の顔をみるなり、バカにするようにフンッと鼻をならした。
「こいつのせいで、俺の友達が不登校になったんだ」
「友達? いじめてたじゃねぇか」
「は? なに言ってんの? ふざけてただけだろ」
こいつの態度から、反省している様子は全くみられない。ふつふつと腹の底から怒りが湧いてくる。
「いじめとおふざけの区別もつかねぇのかよ」
「相変わらずだな。無駄に正義感ふりかざして、ヒーローのつもりかよ。キモいんだよ」
「いじめてる奴の方がよっぽどキモいだろ」
つかまれている右肩をぐっと握りこまれる。海東が右手の拳をぎゅっと握りこんだ。
(殴られる!?)
「はい、そこまで」
音無が間に入り、今にも殴りかかりそうな海東の右手を止めていた。
「その汚い手、離してくれる?」
冷たい目で海東を睨みつけている音無。今まで見たことのない表情に驚いて、身体が硬直する。海東は怯んで、チッと舌打ちをして、もう一人の同じ制服をきた奴と連れ立って去っていった。
「大丈夫?」
「……おぉ、助かった。ありがとな」
「どこかケガしてない? 殴られてない?」
心配そうに顔をのぞきこまれてドキッと心臓が跳ねる。
音無の低く優しい耳なじみのいい声、ふわふわと香るせっけんのようなにおい、まっすぐに俺に向けられる視線。
その全てに身体が反応して頭がふわふわする。
「大げさだな」
これ以上目を合わせていたらおかしくなりそうで、スッと視線を下の方へずらした。
「みんな待ってるから、戻ろ?」
「……わるい。やっぱ俺帰るわ」
「じゃあ、俺も一緒にーー」
「音無はいなきゃいけねーだろ。打ち上げの主役なんだから」
「べつに関係ないよ。俺いなくてもみんな盛り上がってるし」
「ごめん……ちょっと疲れてるから、ひとりにしてほしい」
「……わかった。家についたら連絡して。心配だから」
「過保護か」
「じゃないと、家までついてくよ?」
「わかったから。ちゃんと連絡します」
「うん、よろしい」
カバンを取りに音無と一緒に部屋に戻り、盛り上がっているクラスメイトたちに一言言ってから部屋をあとにした。ちょうど、下野が天城越えを熱唱しているところだった。
せっかく助けてくれたのに、感じの悪い態度を取ってしまった。
「はぁ……」
きっと疲れているからだ。ゆっくり休めば今まで通りにできる。これ以上なにも考えたくなくて、耳にイヤフォンをつけて音楽を再生した。
帰宅後、ベッドに入った途端、泥のように眠ってしまった。翌朝、目覚めてからスマホを確認すると音無からの着信とラインが鬼のように残っていた。
「うわー……忘れてた」
口を尖らせて怒っている音無の顔を想像しておもわず笑ってしまった。
体育祭当日、緊張で吐きそうだという顔面蒼白な下野の背中を撫でてやりながらスタート位置にいく。足首の位置でしっかりとひもを結び、下野の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。練習通りやればうまくいく」
「そ、そうだね。あれだけ練習したんだからきっと大丈夫」
互いに励まし合って深呼吸をする。
「位置について……よーい……」
パァァンという合図で、俺は右足、下野は左足を踏み込んだ。
「いちっ、にっ、いちっ、にっ、いちっーー」
掛け声に合わせてリズムよく足を運ぶ。トラックのコーナーに差し掛かった。俺は歩幅を大きく、下野は小さくしてコーナーを曲がる。前に隣のクラスの奴らが走っている。その背中を追うように必死で足を動かした。息が苦しい。足が痛い。白いゴールテープがみえる。もうすぐだ。このままゴールしたら俺たちは2位ーー
ガクン、と視界からゴールテープが消えて、地面に落ちていく。一瞬、なにが起きたのかわからなかった。ひもで結んでいる左足から靴が脱げて、その拍子にバランスを崩し、下野を巻き込んで転倒した。地面に倒れている間、すぐ横を走り抜ける足音が聞こえた。
(やばっ! 早く起き上がらないと!)
下野に声をかけてひもを解く。慌てて起き上がった下野の足と俺の足をもう一度ひもで結んで走り出し、なんとかゴールすることができた。結果は、最下位だった。
悔しそうに涙を流す下野の背中をさすりながらクラスの観覧席へ戻る。クラスメイトはみんな口々に励ましの言葉をくれた。俺たちを非難する声はなかった。転倒したのは俺のせいなのに、自分のせいだと言う下野。申し訳ない、悔しい、情けない。いろんな感情が胸の中でぐるぐると渦巻いている。油断したら涙になってあふれてしまいそうだ。
「トイレいってくる」
トイレに行くふりをして席を外した。一人になって感情を落ち着けないといけない。人気のない場所を探しふらふらと歩いて、辿り着いたのは体育館の裏だった。壁に背を預け、そのままずるずると腰を下ろす。下を向いたとたんにポタポタと落ちて、アスファルトに丸い染みを作っていく。声をあげないように手の平で口を覆うが、どうしても嗚咽がもれてしまう。息苦しい。
ーーーどれくらい時間が経ったのかわからない。グラウンドから歓声が聞こえる。まだ体育祭は続いているようだ。
涙を流したおかげで少し落ち着いた。頬に残る涙の跡を、手の甲で拭う。
「そろそろ戻らないと……」
「その状態で戻ったら、泣いたのバレバレだよ」
「うわっ!? 音無!?」
音無が隣に座っていた。いつから居たのか、全然気づかなかった。
「びびったー。いるなら声かけろよ」
「抱きしめてもいい?」
「え?」
俺の返答を待たずに、音無の腕が伸びてきて胸の中に包まれる。ふわりと香る音無のにおいと体温、ドキドキと動く心音が聞こえる。落ち着いていた心がざわざわしてまた涙腺がゆるんできた。このままだったらまた泣いてしまう。
「……おいっ、ちょっと、苦しいから」
なんとか声を絞り出すと、胸の中から解放され、顔を覗き込まれる。目元をそっと親指の腹で拭ってくれた。心配そうに眉を下げて、音無も泣きそうな顔をしている。それをみて俺も、胸が締め付けられて目の淵に涙がたまっていく。
「落ち着いたら、おいで」
優しいささやき声に安心してぽろっと一粒、涙が落ちた。音無は眉を下げたまま優しく笑って、俺の頬にそっと触れると立ち上がり、グラウンドへ戻っていった。
音無が行ってしまった後も、しばらく胸が痛いままで、胸に手をあててゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「よし!」
立ち上がってグラウンドに向かった。
クラスの観覧席に戻ると下野が心配そうな顔で近寄ってきた。リレーが始まると言うので二人で前方へ移動する。トラックに四人の選手がスタート位置についた。
「位置について……よーい……」
パァァンという合図で、第一走者が走り出す。ウチのクラスは4人中3位、そのままの順位で次の走者にバトンがわたる。すぐ前の選手に追いついたものの、追い抜けず、3位のままバトンは真中にわたった。
「真中くーん! がんばれー!」
下野が大きな声で真中を応援する。練習中に一度だけ見せたキリッとした表情で1人を追い抜いた。ギリギリ2位でバトンはアンカーの音無へ。バトンを受け取った途端にぐんと加速して、あっという間に1位との差が埋まっていく。
「わっ! 音無くんすごい!」
音無の追い上げにクラスのみんなも大興奮。大きな声をだして応援している。
「いけー! おとなしー!!」
気がつくと俺も声をだしていた。ゴール前の直線で横に並び、ほぼ同時にゴールした。
「え? なにあれ!? すごくない!?」
「練習の時はもっと遅かったよね!?」
「あの2人、あんなに早かったっけ?」
「体育の時はだるそうにやってたのにな」
クラスのみんながざわざわガヤガヤしている。俺と下野は顔を見合わせて苦笑い。
審議の結果、数センチの差で2位になってしまったが、観覧席に戻ってきたリレー組は大いに讃えられた。
「瀬川くんみてくれた? 俺の走り〜すごかったでしょ?」
「お、おう。すごかったな」
「練習の時から真面目にやればよかったのに」
「脳ある鷹は爪隠すってやつだよ」
「それは謙虚な人のことだよ。真中くんはただの怠慢でしょ」
「なんかおまえ、俺にだけ当たりきつくない?」
「そんなことないよ。気のせいでしょ」
真中と下野のやり取りに顔が綻ぶ。
「あの二人、意外と仲いいよな」
音無に声をかけると、少し驚いたような顔をしてから、ぱぁぁと花が咲いたような明るい笑顔をみせた。
「瀬川くんが笑ってる……よかった」
突然、ドクンと心臓が跳ねる。なにかが胸に刺さったような痛みを感じた。
(え……なんだこれ?)
さっき、体育館裏で感じた痛みとはまた違う。胸が奥の方からぎゅぅぅっとつかまれたみたいになって息苦しい。心臓がドキドキして身体が熱くなっていく。
「瀬川くん? 顔、赤いよ?」
額に手を当てられて顔をのぞきこまれる。心臓の音が早くなり、目を合わせていられなくて下を向いた。
「大丈夫?」
額から、そっと音無の手を引き離す。
「顔、洗ってくる」
音無の顔をみれなくて、視線を下げたままで水道の方へゆっくりと向かう。歩きながら胸に手をあてて深呼吸するけど、胸の痛みはおさまらない。
(なんだよこれ……急にどうしたんだよ……)
***
体育祭終了後、クラスメイトに打ち上げに誘われた。カラオケにいくと言うのでパスしようとしたが、音無を誘いたいから俺と下野にも来てほしいと女子に懇願されたのだ。真中はいつの間にか帰っていて、一応打ち上げのことをラインしたら、『寝る』と一言返ってきた。
ドリンクバーの機械にグラスを置いてカルピスのボタンを押す。とろりと白い液体が注がれて、ほのかに甘い匂いが漂う。ぼんやりとそれを見つめながら、ため息がこぼれた。
どうして急に音無のことを見れなくなったのか。音無を見ていると、胸がドキドキして身体が熱くなる。話しかけられると、鼓動は速さを増し喉が渇いてうまくしゃべれない。
(どうしたもんか……)
「なぁ、おまえもしかしてーー」
右肩をつかまれて声をかけられた。振り向くと、他校の男子生徒が二人いた。一人は派手なピンク髪、いじめをしていた海東響だった。
「やっぱり! 瀬川だ!」
「……海東」
海東は俺の顔をみるなり、バカにするようにフンッと鼻をならした。
「こいつのせいで、俺の友達が不登校になったんだ」
「友達? いじめてたじゃねぇか」
「は? なに言ってんの? ふざけてただけだろ」
こいつの態度から、反省している様子は全くみられない。ふつふつと腹の底から怒りが湧いてくる。
「いじめとおふざけの区別もつかねぇのかよ」
「相変わらずだな。無駄に正義感ふりかざして、ヒーローのつもりかよ。キモいんだよ」
「いじめてる奴の方がよっぽどキモいだろ」
つかまれている右肩をぐっと握りこまれる。海東が右手の拳をぎゅっと握りこんだ。
(殴られる!?)
「はい、そこまで」
音無が間に入り、今にも殴りかかりそうな海東の右手を止めていた。
「その汚い手、離してくれる?」
冷たい目で海東を睨みつけている音無。今まで見たことのない表情に驚いて、身体が硬直する。海東は怯んで、チッと舌打ちをして、もう一人の同じ制服をきた奴と連れ立って去っていった。
「大丈夫?」
「……おぉ、助かった。ありがとな」
「どこかケガしてない? 殴られてない?」
心配そうに顔をのぞきこまれてドキッと心臓が跳ねる。
音無の低く優しい耳なじみのいい声、ふわふわと香るせっけんのようなにおい、まっすぐに俺に向けられる視線。
その全てに身体が反応して頭がふわふわする。
「大げさだな」
これ以上目を合わせていたらおかしくなりそうで、スッと視線を下の方へずらした。
「みんな待ってるから、戻ろ?」
「……わるい。やっぱ俺帰るわ」
「じゃあ、俺も一緒にーー」
「音無はいなきゃいけねーだろ。打ち上げの主役なんだから」
「べつに関係ないよ。俺いなくてもみんな盛り上がってるし」
「ごめん……ちょっと疲れてるから、ひとりにしてほしい」
「……わかった。家についたら連絡して。心配だから」
「過保護か」
「じゃないと、家までついてくよ?」
「わかったから。ちゃんと連絡します」
「うん、よろしい」
カバンを取りに音無と一緒に部屋に戻り、盛り上がっているクラスメイトたちに一言言ってから部屋をあとにした。ちょうど、下野が天城越えを熱唱しているところだった。
せっかく助けてくれたのに、感じの悪い態度を取ってしまった。
「はぁ……」
きっと疲れているからだ。ゆっくり休めば今まで通りにできる。これ以上なにも考えたくなくて、耳にイヤフォンをつけて音楽を再生した。
帰宅後、ベッドに入った途端、泥のように眠ってしまった。翌朝、目覚めてからスマホを確認すると音無からの着信とラインが鬼のように残っていた。
「うわー……忘れてた」
口を尖らせて怒っている音無の顔を想像しておもわず笑ってしまった。



