【長編・連載中】正義感がつよすぎるせっかちくんとちょいウザ イケメンなおっとりくん

 四月下旬、高校に入学してから四週間が経とうとしていた。今日から一泊二日でオリエンテーション合宿が行われる。
 当日の朝、俺は自宅でスポーツバッグに詰めた一泊二日分の荷物をチェックする。荷物自体は多くないけど、飯盒炊爨をするのでお米や軍手など忘れてはいけないものがあるから。よし、大丈夫そう。チェックがおわりバッグを閉める。真中のおかげで合宿のグループがすんなり決まって安心したけど、うまくやっていけるかどうかは少し不安だ。リーダーという役割を任せてもらったから手持無沙汰になることはないだろう。
 玄関で靴を履き、スポーツバッグを肩にかける。いってきまーす、とリビングにいる母さんに声をかけると、化粧をおえた母さんも慌てて玄関にやってきた。
 「母さんも一緒に出る~」
 身支度を整えて一緒に玄関を出た。鍵を閉めて、一緒に駅に向かって歩き出す。母さんは最寄駅から二つ向こうの駅の近くのスーパーでパートをしている。最近、新人が入ってきて母さんは教育係を任されているらしい。あくびをしながらとぼとぼと歩く母さん、目の下にはクマがみえる。俺には何も言わないけど、明らかに疲れている。
 「大丈夫かよ? あまり無理すんなよ」
 母さんは慌ててあくびを噛み殺し、笑顔を浮かべる。
 「大丈夫よ。ちーくん、合宿楽しんでね」
駅について、改札を入ったところで別れた。母さんは俺と反対方向の電車に乗る。力なく笑って手を振る母さんの背中を見送った。俺も電車を待つためにホームを歩く。

 母さんの元気がない理由は、父さんが帰ってきていないせいかもしれない。パートが忙しいからっていうのもあるだろうけど。子供の俺から見ても、父さんと母さんは本当に仲がいいから、母さんは父さんに会えなくて寂しいんだと思う。口には出さないけど。
 遠方での仕事のため単身赴任をしている父さんは、毎週末帰ってきて家族サービスをしてくれる。俺が中学生になってもそれは続いていた。しかし、俺が高校に入学してから父は昇進し、忙しくなったため帰ってくることが難しくなった。

 電車がきたのでぞろぞろと乗車列に並んで乗り込む。今日は荷物が大きいから、いつもより2本早い電車に乗ったけれど、乗客はいつもより多い気がする。座席に座ることなんてできなくて、足元にスポーツバッグを置いて吊革につかまった。父さんのことを思いだした途端、幼稚園の時の出来事が脳裏に浮かぶ。

 あの頃、父さんに言われたことがある。

 「父さんはいつも母さんの傍にいられないから、お前が母さんを守るんだぞ」

 父さんは優しい人だった。電車で席を譲ったり、お年寄りの荷物を持ってあげたり。そんな父さんの姿を見て育った俺は、この言葉を任された誇りとして受け取った。

 「俺が父さんの代わりに母さんを守ってるんだ」

 ある日、幼稚園でそう自慢げに話したら、同じクラスの子に鼻で笑われた。

 「おまえ、お父さんいないの? いつもお母さんしか来ないじゃん」
 「父さんは仕事で離れて暮らしてる。俺が父さんの代わりに母さんを守ってるんだ」
 「そんなことできるわけないじゃん。おまえ、まだ子どもじゃん」
 「できる! 俺は父さんと約束したんだ」

 気づけば言い合いになり、つかみ合いのケンカに発展した。二人とも大泣きして、駆けつけた保護者に引き離される。互いに謝ってその場は収まったけれど、俺の中にはずっとモヤモヤが残っていた。

 「母さんのこと、守れてないのかな……俺、もっと強くなりたい」

 帰り道、ぽつりとこぼした一言に、母さんは少し困ったように笑った。

 「ケンカや力が強い人が、必ずしも一番強いというわけじゃないの。父さんみたいに、優しい人が一番強いんだよ」

 母さんは俺の頭を優しく撫でながら続けた。

 「ちーくんは十分お母さんを守ってくれているよ。いつも、ありがとう。父さんみたいに、お友達やいろんな人に優しくなれたら、きっともっと強くなれるよ」

 その言葉が、なぜだかすとんと胸に落ちた。それから俺は、困っている人を見ると放っておけなくなった。それが、強くなるということだと、信じていたから。

 懐かしい出来事を逡巡しているうちに学校の最寄り駅に着いた。重いスポーツバッグを手に電車を降りる。俺は今も、父のあの言葉をちゃんと守れているのだろうか。そんなことを考えているうちに、グラウンドに着き、先に到着していた音無や下野と合流する。真中は遅刻ギリギリになるらしい。こんな時までマイペースな奴だ。
 「瀬川くん、僕と同じグループになってくれてありがとう」
 「なんだよ、改まって」
 「ちゃんとお礼を言っておきたくて。音無くんも、ありがとう」
 「せっかくだから、合宿楽しもうね」
 「うん」

 下野が穏やかな顔をしていたので安心した。少し元気を取り戻したようだ。音無と顔を見合わせて頷き合い、合宿所に向かうバスに乗り込んだ。

 ***

 学校から約二時間、高速バスに乗って到着した。青少年自然の家、湖を眼下に望む豊かな自然に囲まれた山あいに位置した宿泊施設。ここが俺たちの合宿所だ。
 今はちょうど飯盒炊爨(はんごうすいさん)の時間。学校指定のジャージを着用し、四~五人のグループに分かれてカレーを作っている。

 そして俺は黙々とにんじんとじゃがいもを切っているところだ。

 「わぁ~! いい音だね〜リズムも心地いいし〜」

 トントントンと小気味いい音を響かせていると、その様子を隣に立って見つめてくる男が1人。音無理人。俺の手元と顔を交互に見ながら、感嘆の声を上げる。今日もやたら整っている顔面をこれでもかと見せつけてくる。ウザい。

 「瀬川くんが料理できるなんて意外だなぁ。今度俺の家まで作りにきてよ」

 ビキッ!
 血管が浮き上がってきた。このままだと切れそうだ。ぐっと包丁を握りこんで怒りをやり過ごす。

 「しゃべってねぇで手を動かせ」
 「……っ、肉ならもう切れてるよ」

 俺がいら立っていることに気づいた音無は苦笑いを浮かべて、一口大に切られた鶏肉を指さした。

 「できてんならさっさと火ぃ起こして炒めてこいや!」
 「玉ねぎがまだ切れてないからさ」
 「玉ねぎ!?」

 どこからかすすり泣く声が聞こえる。振り向くとすぐ後ろの作業台で下野が涙を流しながら玉ねぎをみじん切りしていた。

 「おい、なんでみじん切りなんだよ。カレーだぞ? くし切りでいいんじゃね?」
 「あっ、ごめん……弟が玉ねぎ苦手だから我が家ではみじん切りなんだ。それでつい……」

 グスグス鼻をすすりながら答える下野の頬は、涙でびしょびしょに濡れていた。

 (あぁ~、カレーは家庭によって味が違うもんな。ってか、泣きながら健気にみじん切りしてるのみたらなんかせつなくなってきたわ……)

 「なるほど! みじん切りにした玉ねぎをあめ色に炒めるんだね」
 「そう、それ! 時間がかかるけどおいしいんだよね!」

 音無と下野がキャッキャッと盛り上がっている。この二人、共通点なさそうなのに仲がいい。波長が合うのだろうか。

 「瀬川くん! 俺、あめ色玉ねぎの口になってきたよ!」
 「んだよ、あめ色玉ねぎの口って……」
 「あめ色玉ねぎのカレー、作ってもいいよね!?」

 キラキラと瞳を輝かせて懇願するように視線を向けてくる。そしてやたら顔が近い。

 「作れよ、勝手に。切っちゃったもんはしかたねぇだろ。ってか、近い離れろ」

 音無を引きはがすと、下野と一緒に「わーい! リーダーの許可が下りたー!」とハイタッチをして喜んでいる。

 「おらー! 時間ねぇんだからさっさと炒めてこい!」

 俺の一声でそそくさと持ち場に戻る二人。他のグループの様子をみると、もう鍋を火にかけており、早いところはルゥを鍋に投入している。

 (やべーめっちゃ遅れてる。今日中におわんのか……?)

 米炊きを任せた真中の元へ様子を見に行くと、腕を組んでウンウン唸っていた。

 「どした?」
 「瀬川! ちょうどいいところに……あのさ、水ってどこまで入れればいいの?」
 「え? 確か、上の線まで入れるんじゃなかった?」
 「りょーかい」
 「ちょっと待て。他の奴に確認してーーー」
 「いいよ、いいよ。大丈夫」
 「お前、適当すぎ。飯盒炊爨は、水加減と火加減が大事なんだからな!」
 「まぁ、なんとかなるっしょ」

 そう言いながら適当に水を入れて飯盒のフタをしてしまった。

 「浸水するまで30分待ちだよな? 楽勝じゃね?」
 「アホか。その間に火起こししなきゃだろ。やるぞ」
 「えー、休めると思ったのに」
 「休んでるヒマねぇよ。ウチのグループただでさえ遅れてんのに」

 愚痴る真中を急かし、浸水中の飯盒を持たせてレンガつくりのかまどへと移動する。

 「仲間と協力して積極的にコミュニケーションをとりましょう」
 「は?」
 「今回の合宿のテーマです」
 「あぁ」

 真中の話に相槌を打ちながら、かまどに新聞紙や落ち葉、木の皮を置いていく。その周りに細い枝を立てかけるように組んで、新聞紙に火をつけた。

 「正直、心配だったんだけどさ」
 「なにが?」
 「瀬川のこと」
 「俺!?」
 「入学してから俺以外の奴としゃべんないんだもん」
 「そうだっけ?」
 「そうだよ」

 そうっと火に息を吹きかけて酸素を送り込む。細い枝に火が移ったので、少し太目の枝を立てかけようとしたのだが、手が止まった。真中に心配されていたのが意外で聞き入ってしまう。

 「このまま友達できないんじゃないかって心配だったけど杞憂だったわ。音無や下野としゃべってんのみて安心した」
 「……悪かったな、色々と心配かけて」
 「一時期めっちゃ落ちてたもんなぁ~。まぁ、少しずつ元気になってるみたいでよかったよ」
 「……ぁりがとう」

 励ますようにポンポンと背中に手を添えられて、そこがじんわりとあたたかくなるのを感じた。中学の頃、あきらが俺のせいで不登校になった。自分を責め続ける俺に、真中は『お前のせいじゃない。気にするな』と言ってくれた。それでもずっと俺は自分を許せなかったけど、真中は変わらず気さくに接してくれていた。その距離感が心地よくてありがたかった。今もこうしてさりげなく隣にいてくれる。俺は友達に恵まれてるんだ。これ以上心配かけないようにしっかりしないと……

 (うっ……鼻の奥がツンとしてきた。やばい、泣きそう……)

 目の淵に溜まった涙を落とさないように上を向いたら、顔を覗き込んできた音無と目が合った。

 「っ!? お前、いつの間に!? 黙って背後に立つな!」
 「いや~声かけづらい雰囲気だったから……で、なんの話?」

 ごまかすようにふいっと目をそらしてゴホッと咳払いする。

 「なんでもねぇよ」

 「あの~火が消えちゃってるみたいなんだけど……」

 鍋を手に持った下野が遠慮がちに指摘してくれて、慌てて火起こしを再開した。

 ーー1時間後、なんとかカレーが完成し米も炊けた。鍋と飯盒を火からおろし、米の炊け具合を確認するため飯盒のフタを開けた。炊きたてのご飯の香りがふわっと広がる。見た目は特に問題なさそうだ。

 「おっ、うまそうじゃん」

 真中がしゃもじを使ってご飯をつまみ食いした。

 「あっつ! んんっ!? なんか硬いんだけど……」

 眉間にシワを寄せる真中。真中からしゃもじを奪い、俺も少し口に入れる。熱くて、ハフハフと口内に空気を入れながら米を噛んでみた。ーーじゃり、と奥歯の上で嫌な音がした。

 「……生煮えだ」

 同じく味見をした音無と下野も微妙な顔をしている。

 「少し水足して炊きなおすか」
 「えーまだ食えないの?」
 「お前が適当に水入れるからだろ」
 「他のグループはもう食い終わって片付けてんだけど」
 「うるせー。おとなしく待ってろ」

 水を足してフタをして、再び火にかけなおす。

 「ごはん、少しわけてもらった」

 いつの間にか姿を消していた音無がにこやかに現れた。手に持っている皿には白いごはんが。

 「マジか! やったー! やっとカレーが食える!」
 「お前ら先に食ってろ」
 「瀬川も食えよ。腹へってんだろ?」
 「いいから、俺はあとで食う」

 音無がもらってきたごはんは2~3人分で、俺たちは4人グループだから明らかに足りない。俺は炊きなおした米をあとで食えればそれでいい。

 「瀬川くん、食べてみて」

 かまどの火加減をみていたら、音無がそっとカレーがのったスプーンを差しだしてきた。

 「え……」
 「あ、大丈夫! これ新しいスプーンだから!」

 そう言って、にこにことスプーンを口元に持ってくる。

 (これって、口開けろってことだよな? なんかめっちゃ恥ずいんですけど!)

 スプーンを持っている音無の手ごとがしっとつかみ、そのまま自分の口に運んだ。

 「うんまっ!」

 玉ねぎの甘みが口の中に広がって味に深みがある。中辛のはずなのに甘い。今まで食べたことない味だ。

 「ねっ! うまいよね! よかった~」
 「あめ色玉ねぎすげぇな」
 「下野くんと交代しながらやってたんだけど、おもったより時間かかっちゃって」
 「店に出せるんじゃね?」
 「へへっ、これで瀬川くんもあめ色玉ねぎの口になった」
 「だから、なんだよ。あめ色玉ねぎの口って」

 根気よく玉ねぎを炒めて、時々ヘマをする下野のフォローをして、どこからかごはんを調達してきてくれて。
 ふわふわにこにこしてなにを考えてるのか読めない奴だけど、ちゃんと周りをみて動いてくれている。

 「あっ、また火が消えちゃったみたい」
 「げっ!」

 ーー30分後、なんとか米が炊き上がり俺はやっとカレーにありつくことができた。他の3人もおかわりをして、炊きなおした米をあっという間にたいらげてしまった。
 他のグループは既に片付けを済ませて自由時間を満喫している。俺たちも自由時間確保のため、急いで片付けを済ませた。