音無とつき合い始めて二週間が経過した。つき合い始めたと言っても、劇的になにかが変わったわけじゃない。学校ではいつも通り四人でいることが多いから、登下校の時間を合わせるようになったくらいだ。
「おつかれ~」
放課後、月に一度の美化委員会の校庭の草引きを終えて教室に戻ると、音無が席に座って待っていた。
「え、弟のお迎えは?」
「母さんが行ってくれることになった」
「そっか。っつか、一時間も待ってたのかよ」
「うん。瀬川くんと一緒に帰りたかったから」
恋人関係になってから、音無は素直に俺への気持ちを口にするようになった。うれしいんだけど、むず痒いというか、慣れなくて照れてしまう。
「……待たせて悪かったな」
「俺が勝手に待ってただけだから、気にしないで」
穏やかに笑う音無。俺と違って、余裕があるようにみえる。
”待っててくれてありがとう。俺も一緒に帰りたかった”とか言ったほうが良かったのかもしれない。いや、こんなことスラスラ喋れないだろ。ぶっきらぼうなんだから。
「電気消すよー」
「おう」
音無が教室の入り口にある電気のスイッチを切り、俺はカバンを持って慌てて教室を出た。もうすぐ11月がおわる。窓の外は陽が落ちてうす暗い。赤や黄色、茶色の葉っぱを蓄えていた校庭の木々も、葉が落ちてすっかり寂しい姿になってしまった。根元に落ちているたくさんの落ち葉で芋を焼いたらうまいだろうな、なんて考えていたら腹が鳴った。
「お腹すいてるんだ」
「すいてるけど」
「よし、パンケーキ食べにいこ!」
「え、なんでパンケーキ?」
「クーポンの有効期限が今日までなんだよね」
「あー……」
という経緯で、音無とパンケーキを食べに行くことになった。学校の最寄り駅から二駅先で電車を降りるとすぐ近くにおしゃれな外観の店があった。ベージュの壁にネイビーの屋根、レストランみたいな建物で、俺一人だったら絶対に入れない。中に入ると、パステルカラーの壁紙に木の机とイスが並んでいて、甘い匂いがした。初めて来た店なので、少し緊張してきょろきょろと周りをみてしまう。
「瀬川くん、こっちだよ」
音無に手招きされて、席に座った。周りは女性客が多く、なんだか居づらい。
「……俺、浮いてないか?」
「へ? 全然大丈夫だよ。どれにする?」
音無は慣れているのか、特に気にせずにメニューを広げて見せてくれた。クリームや果物がいっぱいのものや、アイスが添えられているものなど、どれもうまそうで迷う。決められなくて、音無がおすすめしてくれたものを注文した。待っている間も落ち着かなくてそわそわしていたら、音無にクスクス笑われた。
「わぁ~おいしそう!」
運ばれてきたパンケーキをみて目を輝かせている音無。パンケーキの上にシャインマスカットとレモンのソースがかかっていて、その横にクリームとシロップが添えられている。
「瀬川くんのもおいしそう! 写真撮っていい?」
「おー、どうぞ」
俺の注文したやつは、白桃とバニラアイスがのっていて、音無のと同じようにクリームとシロップが添えられている。うまそうだし映える見た目だけど、そんなに撮らなくてもいいだろと呆れるくらいに写真を撮っている音無。
「おい、今、どさくさに紛れて俺の顔撮っただろ」
「え? 撮ってないよ」
「うそつけ。みせろ」
「撮ってないってば。早く食べないとアイス溶けるよ」
「絶対にあげんなよ! SNSに」
「あげるわけないじゃん。ロックかけて永久保存するんだから」
「やっぱ撮ってんじゃねぇか!」
「もー大きい声出さないでよ。みんな見てるから」
「うっ……」
わくわくしながらパンケーキにナイフを入れて口に運ぶ、おいしさにびっくりして目を瞑る、おいしいねと幸せそうに目を細める。そんな音無をみていると、俺もふわふわと幸せな気持ちになる。居心地の悪さなんてすっかり忘れて、パンケーキを堪能した。
「おまえ、うまそうに食うよな」
「それは、瀬川くんと一緒だからだよ。瀬川くんと一緒に食べるとなんでもおいしく感じるんだよね」
「あー、一人で食うより二人で食った方がうまいってこと?」
「それもあるけど、食べ物だけじゃない。一緒にいると、うれしいし楽しいし幸せなんだ。だから、ずっと一緒にいたいって思っちゃうんだよね」
照れくさそうにふふっと笑い、パンケーキを頬張っている。その姿がかわいくて愛おしいと思った。
「……一緒にいたい、か。なんかわかる気がする」
「うん?」
「俺にとっても、音無は、たぶん……そういう存在、なんだと思う」
「本当に?」
「こんなこと、ウソついてどうすんだよ」
「へへっ、そっか」
噛みしめるように何度も頷いていた。その笑顔がずっと、脳裏から離れない。
友達から恋人になったから、つき合っている実感があまりなかったけど、感じたことを改めて言葉にすることでやっぱり俺は音無がすきなんだなと再確認できた。なんだかくすぐったい感じもするけど、これからたくさんの時間を音無と一緒に過ごしていきたい。そう思った。
***
「ぼくんちね、いーっぱいプラレールあるんだ。せがわくんに見せてあげるね!」
「隼人は電車がすきなんだな」
「うん。プラレールもトミカもあるよ。あとね、この前、スイッチも買ってもらったからいっしょにマイクラしよ!」
「おお。スイッチもってんのか。マイクラ楽しいよな」
「それでね、クリスマスはねマリオのね、新しいやつをサンタさんにお願いしててーー」
音無とパンケーキ屋にいってから三日後、俺は音無の家に招待された。弟が俺に会いたいと言っているらしいので、弟には内緒で遊びに行くことになった。放課後、音無と一緒に弟のお迎えにいき、今、三人で手をつないで音無の家へ向かっている。俺が遊びに行くことを隼人(弟)に言ったら、大きな目を輝かせて喜んでくれて、遊ぶ計画を立ててくれている。
「瀬川くん、ごめんね? 適当にスルーしていいからね」
小声で音無が申し訳なさそうに謝ってきた。俺はふるふると首を振って、大丈夫だと頷いてみせた。
職業体験で保育園にいったからか、少しは子どもの相手もできるようになった。隼人は特に人懐こいので、会うのは3回目くらいなのに俺にたくさん話をしてくれてとってもかわいい。目がぱっちりしていて髪の毛もサラサラで、将来イケメンになるだろう。さすが音無の弟。
「ここがぼくんちだよ!」
隼人が握っていた手を離して駆けだし、玄関扉を指さした。
「おぉ……」
俺の家より1.5倍はデカい。眩しいくらい真っ白な壁に、グレーの屋根。扉は木のようなデザインであたたかみがある。既視感があると思ったら、この前行ったパンケーキ屋に色味がにている。おしゃれだ。
音無がカギを開けると、一目散に隼人が家の中に入っていった。
「はやとー、ちゃんと手あらってね」
奥から「はーい」とかわいい返事が聞こえた。
「どうぞ」
「おじゃまします」
音無に招き入れられ玄関に入る。シューズボックスの上には、小さな観葉植物と小さな小人の人形が飾られてあるだけで、無駄なものは置かれていない。
(俺の家なんて、カギとか新聞とかDMとか置きっぱでごちゃごちゃしてるんだけど……)
音無は隼人が脱ぎ散らかした靴をそろえて俺をリビングに案内してくれた。リビングには大きなクリスマスツリーが飾られていた。そういえば、もうすぐ12月だ。さっき隼人も帰り道に「サンタさんにーー」とか言ってったっけ。クリスマスツリーの電飾を目にして、後夜祭のイルミネーションの光景を思い出した。あの頃は、まさか音無とつき合うことになるなんておもいもしなかったな。
「せがわくんも手あらお」
隼人に連れられて洗面所へ向かう。ここもきれいにすっきり片付けられていて、物がごちゃごちゃ置いてある我が家とは雲泥の差だった。
「はい、どうぞ」
リビングに戻ると、音無が緑茶を出してくれた。隼人にはホットミルク。
「りーくん! ぼく、ジュースがいい!」
「ジュースないでーす」
「ウソだ! 昨日、冷蔵庫にあったもん!」
「昨日、おばけがきて飲んでしまいました」
「えぇ~! さいあく~!」
ブーブー文句を言いながらも、ホットミルクをうまそうに飲んでいる。
「ごちそうさまでした! せがわくん、ぼくのへやいこ。プラレールみせてあげる!」
「はやと、瀬川くんまだお茶飲んでるでしょ」
音無は隼人に注意しながら、隼人についた白ヒゲ(ミルク)をティッシュでふき取っている。隼人のお世話を当たり前にしている姿にお兄ちゃんらしさを感じて、うっかりときめきそうになる。
(やっぱ学校にいる時とは違うな。子どもができたらこんな感じのパパになるんんだろうな……子ども……子ども、か)
その先まで考えそうになって、俺は慌てて頭の中の想像を追い払った。
「せがわくん、飲んだらぼくのへやに来てね!」
一人で勝手に落ち込んでいる俺に、「約束ね!」と指切りをして隼人は自分の部屋に行ってしまった。
「ごめんね、騒がしくて。落ち着いてお茶も飲めないよね」
隼人のコップを片付けながら苦笑する音無。
「いや、全然。隼人かわいいよな」
「最近よくしゃべるようになって、ますます活発になってきてさ。もうずっと走り回ってる」
「元気でいいじゃん」
「うん。隼人にはこのまま素直に育ってほしい……」
「親かよ」
「ほぼ親かも」
緑茶を飲み終わった俺は、約束通り二階にある隼人の部屋に行った。かわいらしいパステル調のグリーンの壁紙の部屋には、おもちゃがたくさん置かれていた。
「みてー。ぼくが作ったの」
たくさん線路をつないで曲がりくねったコースができている。
「おぉ~いいじゃん」
「これね、走らせてあそぼ」
新幹線や電車のプラレールを走らせたり、トミカを出してきて並べたり、絵本を読んだりしていると、いつの間にか隼人が船を漕いでいた。
「寝ちゃったか」
一緒に遊んでいた音無が、隼人の寝顔を愛おしそうにみている。
「ベッドに寝かせてくる」
そう言って、寝てしまった隼人を抱っこして寝室へ連れて行った。しばらくして戻ってきた音無と一緒に、隼人の部屋を片付ける。
「いいよ、瀬川くんは下でゆっくりしてて。あ、俺の部屋で待ってる?」
「二人で片付けた方が早いだろ」
「ごめんね。遊び相手までしてもらって、疲れたでしょ?」
「いや、家でのお兄ちゃんな音無がみれてよかったわ」
「ふふっ、惚れ直した?」
「……うん、まぁ、少し」
トミカを棚に戻しながら、小さくうなずいた。うっかりときめきそうになるって言うか、既にときめいてしまっている。お兄ちゃん音無はメロい。
「なぁ、これってどこに戻せばいいーー」
プラレールの線路を片付ける場所がわからなくて音無に聞いたら、赤い顔をして絵本を本棚に戻していた。
「うぜーって言われると思ってたから、予想外の反応にびっくりしちゃって……」
「俺もたまには素直になんだよ」
「ツンデレ……」
「おまえが大好物なやつだろ?」
「瀬川くんのツンデレは大好物ですね」
「きも……」
ある程度片付けが終わり、部屋の中がすっきりした。
「よし、これでーー!?」
部屋を出ようと足を踏み出した瞬間、なにかにつまづいてバランスを崩す。咄嗟に何かにつかまったが、つかんだのは音無の服の裾で、音無を巻き込んでズデーンと大きな音を立てて転んでしまった。
「…………っ、わるい。大丈夫か?」
俺が音無を下敷きにしてしまったようで、慌てて立ち上がろうとしたら、背中に腕を回されてホールドされてしまった。
「……お、となし?」
音無の首元に顔をうめている。吐息と心臓の音が耳に響いて、呼応するように俺の心臓も大きな音を立てて脈打つ。
「……もう少しだけこのままで」
「……おぉ」
突然、バタンッと乱暴にドアを閉める音が聞こえ、バタバタとかわいい足音がこっちに近づいてくる。俺たちは慌てて起き上がる。
「りーくーん!! なんで? なんでぼく一人なの!?」
部屋のドアを勢いよく開けたと思ったら、寝ぼけている隼人が泣きながら音無に抱き着いた。
「ごめんごめん。寂しかったよね?」
「も~~! りーくんのバカぁ~~!!」
よしよしと頭を撫で、抱っこして1階に降りた。それからすぐに音無のお母さんが帰宅し、俺は一言あいさつして入れ違いで音無の家を出た。
「瀬川くーん!」
辺りはすっかり暗くなってしまって、街灯を頼りに来た道を思い出しながら歩いていると、音無が追いかけてきた。
「送るよ」
「大丈夫だって。子どもでも女子でもないし」
「だーめ。俺が送りたいからそうするの」
そう言って俺の手を取り、ぎゅっと握る。手のひらに意識が集中して、そこだけ熱くなっていく。
「せっかく来てくれたのに、何もお構いできませんで」
「音無の卒アルみてやろうと思ったのに」
「イケメンに映ってるから、今度ゆっくりみせてあげる」
「卒アルでビジュいいって、どんだけだよ」
空にぽっかりと浮かんでいる月が突然見えなくなったと思ったら音無が顔をのぞき込んできてーー
「…………っ、あまっ」
「あ、さっきチョコ盗み食いしたのバレちゃった」
チョコの味に反応してしまったけど、さっきキスしたよな……?
繋いでいない方の左手で、ゆっくりと自分の唇をなぞる。急に沸騰したみたいに顔が熱くなって、音無の方を見れなくなってしまった。
「…………送り狼め」
「……瀬川くん専属のね」
「おつかれ~」
放課後、月に一度の美化委員会の校庭の草引きを終えて教室に戻ると、音無が席に座って待っていた。
「え、弟のお迎えは?」
「母さんが行ってくれることになった」
「そっか。っつか、一時間も待ってたのかよ」
「うん。瀬川くんと一緒に帰りたかったから」
恋人関係になってから、音無は素直に俺への気持ちを口にするようになった。うれしいんだけど、むず痒いというか、慣れなくて照れてしまう。
「……待たせて悪かったな」
「俺が勝手に待ってただけだから、気にしないで」
穏やかに笑う音無。俺と違って、余裕があるようにみえる。
”待っててくれてありがとう。俺も一緒に帰りたかった”とか言ったほうが良かったのかもしれない。いや、こんなことスラスラ喋れないだろ。ぶっきらぼうなんだから。
「電気消すよー」
「おう」
音無が教室の入り口にある電気のスイッチを切り、俺はカバンを持って慌てて教室を出た。もうすぐ11月がおわる。窓の外は陽が落ちてうす暗い。赤や黄色、茶色の葉っぱを蓄えていた校庭の木々も、葉が落ちてすっかり寂しい姿になってしまった。根元に落ちているたくさんの落ち葉で芋を焼いたらうまいだろうな、なんて考えていたら腹が鳴った。
「お腹すいてるんだ」
「すいてるけど」
「よし、パンケーキ食べにいこ!」
「え、なんでパンケーキ?」
「クーポンの有効期限が今日までなんだよね」
「あー……」
という経緯で、音無とパンケーキを食べに行くことになった。学校の最寄り駅から二駅先で電車を降りるとすぐ近くにおしゃれな外観の店があった。ベージュの壁にネイビーの屋根、レストランみたいな建物で、俺一人だったら絶対に入れない。中に入ると、パステルカラーの壁紙に木の机とイスが並んでいて、甘い匂いがした。初めて来た店なので、少し緊張してきょろきょろと周りをみてしまう。
「瀬川くん、こっちだよ」
音無に手招きされて、席に座った。周りは女性客が多く、なんだか居づらい。
「……俺、浮いてないか?」
「へ? 全然大丈夫だよ。どれにする?」
音無は慣れているのか、特に気にせずにメニューを広げて見せてくれた。クリームや果物がいっぱいのものや、アイスが添えられているものなど、どれもうまそうで迷う。決められなくて、音無がおすすめしてくれたものを注文した。待っている間も落ち着かなくてそわそわしていたら、音無にクスクス笑われた。
「わぁ~おいしそう!」
運ばれてきたパンケーキをみて目を輝かせている音無。パンケーキの上にシャインマスカットとレモンのソースがかかっていて、その横にクリームとシロップが添えられている。
「瀬川くんのもおいしそう! 写真撮っていい?」
「おー、どうぞ」
俺の注文したやつは、白桃とバニラアイスがのっていて、音無のと同じようにクリームとシロップが添えられている。うまそうだし映える見た目だけど、そんなに撮らなくてもいいだろと呆れるくらいに写真を撮っている音無。
「おい、今、どさくさに紛れて俺の顔撮っただろ」
「え? 撮ってないよ」
「うそつけ。みせろ」
「撮ってないってば。早く食べないとアイス溶けるよ」
「絶対にあげんなよ! SNSに」
「あげるわけないじゃん。ロックかけて永久保存するんだから」
「やっぱ撮ってんじゃねぇか!」
「もー大きい声出さないでよ。みんな見てるから」
「うっ……」
わくわくしながらパンケーキにナイフを入れて口に運ぶ、おいしさにびっくりして目を瞑る、おいしいねと幸せそうに目を細める。そんな音無をみていると、俺もふわふわと幸せな気持ちになる。居心地の悪さなんてすっかり忘れて、パンケーキを堪能した。
「おまえ、うまそうに食うよな」
「それは、瀬川くんと一緒だからだよ。瀬川くんと一緒に食べるとなんでもおいしく感じるんだよね」
「あー、一人で食うより二人で食った方がうまいってこと?」
「それもあるけど、食べ物だけじゃない。一緒にいると、うれしいし楽しいし幸せなんだ。だから、ずっと一緒にいたいって思っちゃうんだよね」
照れくさそうにふふっと笑い、パンケーキを頬張っている。その姿がかわいくて愛おしいと思った。
「……一緒にいたい、か。なんかわかる気がする」
「うん?」
「俺にとっても、音無は、たぶん……そういう存在、なんだと思う」
「本当に?」
「こんなこと、ウソついてどうすんだよ」
「へへっ、そっか」
噛みしめるように何度も頷いていた。その笑顔がずっと、脳裏から離れない。
友達から恋人になったから、つき合っている実感があまりなかったけど、感じたことを改めて言葉にすることでやっぱり俺は音無がすきなんだなと再確認できた。なんだかくすぐったい感じもするけど、これからたくさんの時間を音無と一緒に過ごしていきたい。そう思った。
***
「ぼくんちね、いーっぱいプラレールあるんだ。せがわくんに見せてあげるね!」
「隼人は電車がすきなんだな」
「うん。プラレールもトミカもあるよ。あとね、この前、スイッチも買ってもらったからいっしょにマイクラしよ!」
「おお。スイッチもってんのか。マイクラ楽しいよな」
「それでね、クリスマスはねマリオのね、新しいやつをサンタさんにお願いしててーー」
音無とパンケーキ屋にいってから三日後、俺は音無の家に招待された。弟が俺に会いたいと言っているらしいので、弟には内緒で遊びに行くことになった。放課後、音無と一緒に弟のお迎えにいき、今、三人で手をつないで音無の家へ向かっている。俺が遊びに行くことを隼人(弟)に言ったら、大きな目を輝かせて喜んでくれて、遊ぶ計画を立ててくれている。
「瀬川くん、ごめんね? 適当にスルーしていいからね」
小声で音無が申し訳なさそうに謝ってきた。俺はふるふると首を振って、大丈夫だと頷いてみせた。
職業体験で保育園にいったからか、少しは子どもの相手もできるようになった。隼人は特に人懐こいので、会うのは3回目くらいなのに俺にたくさん話をしてくれてとってもかわいい。目がぱっちりしていて髪の毛もサラサラで、将来イケメンになるだろう。さすが音無の弟。
「ここがぼくんちだよ!」
隼人が握っていた手を離して駆けだし、玄関扉を指さした。
「おぉ……」
俺の家より1.5倍はデカい。眩しいくらい真っ白な壁に、グレーの屋根。扉は木のようなデザインであたたかみがある。既視感があると思ったら、この前行ったパンケーキ屋に色味がにている。おしゃれだ。
音無がカギを開けると、一目散に隼人が家の中に入っていった。
「はやとー、ちゃんと手あらってね」
奥から「はーい」とかわいい返事が聞こえた。
「どうぞ」
「おじゃまします」
音無に招き入れられ玄関に入る。シューズボックスの上には、小さな観葉植物と小さな小人の人形が飾られてあるだけで、無駄なものは置かれていない。
(俺の家なんて、カギとか新聞とかDMとか置きっぱでごちゃごちゃしてるんだけど……)
音無は隼人が脱ぎ散らかした靴をそろえて俺をリビングに案内してくれた。リビングには大きなクリスマスツリーが飾られていた。そういえば、もうすぐ12月だ。さっき隼人も帰り道に「サンタさんにーー」とか言ってったっけ。クリスマスツリーの電飾を目にして、後夜祭のイルミネーションの光景を思い出した。あの頃は、まさか音無とつき合うことになるなんておもいもしなかったな。
「せがわくんも手あらお」
隼人に連れられて洗面所へ向かう。ここもきれいにすっきり片付けられていて、物がごちゃごちゃ置いてある我が家とは雲泥の差だった。
「はい、どうぞ」
リビングに戻ると、音無が緑茶を出してくれた。隼人にはホットミルク。
「りーくん! ぼく、ジュースがいい!」
「ジュースないでーす」
「ウソだ! 昨日、冷蔵庫にあったもん!」
「昨日、おばけがきて飲んでしまいました」
「えぇ~! さいあく~!」
ブーブー文句を言いながらも、ホットミルクをうまそうに飲んでいる。
「ごちそうさまでした! せがわくん、ぼくのへやいこ。プラレールみせてあげる!」
「はやと、瀬川くんまだお茶飲んでるでしょ」
音無は隼人に注意しながら、隼人についた白ヒゲ(ミルク)をティッシュでふき取っている。隼人のお世話を当たり前にしている姿にお兄ちゃんらしさを感じて、うっかりときめきそうになる。
(やっぱ学校にいる時とは違うな。子どもができたらこんな感じのパパになるんんだろうな……子ども……子ども、か)
その先まで考えそうになって、俺は慌てて頭の中の想像を追い払った。
「せがわくん、飲んだらぼくのへやに来てね!」
一人で勝手に落ち込んでいる俺に、「約束ね!」と指切りをして隼人は自分の部屋に行ってしまった。
「ごめんね、騒がしくて。落ち着いてお茶も飲めないよね」
隼人のコップを片付けながら苦笑する音無。
「いや、全然。隼人かわいいよな」
「最近よくしゃべるようになって、ますます活発になってきてさ。もうずっと走り回ってる」
「元気でいいじゃん」
「うん。隼人にはこのまま素直に育ってほしい……」
「親かよ」
「ほぼ親かも」
緑茶を飲み終わった俺は、約束通り二階にある隼人の部屋に行った。かわいらしいパステル調のグリーンの壁紙の部屋には、おもちゃがたくさん置かれていた。
「みてー。ぼくが作ったの」
たくさん線路をつないで曲がりくねったコースができている。
「おぉ~いいじゃん」
「これね、走らせてあそぼ」
新幹線や電車のプラレールを走らせたり、トミカを出してきて並べたり、絵本を読んだりしていると、いつの間にか隼人が船を漕いでいた。
「寝ちゃったか」
一緒に遊んでいた音無が、隼人の寝顔を愛おしそうにみている。
「ベッドに寝かせてくる」
そう言って、寝てしまった隼人を抱っこして寝室へ連れて行った。しばらくして戻ってきた音無と一緒に、隼人の部屋を片付ける。
「いいよ、瀬川くんは下でゆっくりしてて。あ、俺の部屋で待ってる?」
「二人で片付けた方が早いだろ」
「ごめんね。遊び相手までしてもらって、疲れたでしょ?」
「いや、家でのお兄ちゃんな音無がみれてよかったわ」
「ふふっ、惚れ直した?」
「……うん、まぁ、少し」
トミカを棚に戻しながら、小さくうなずいた。うっかりときめきそうになるって言うか、既にときめいてしまっている。お兄ちゃん音無はメロい。
「なぁ、これってどこに戻せばいいーー」
プラレールの線路を片付ける場所がわからなくて音無に聞いたら、赤い顔をして絵本を本棚に戻していた。
「うぜーって言われると思ってたから、予想外の反応にびっくりしちゃって……」
「俺もたまには素直になんだよ」
「ツンデレ……」
「おまえが大好物なやつだろ?」
「瀬川くんのツンデレは大好物ですね」
「きも……」
ある程度片付けが終わり、部屋の中がすっきりした。
「よし、これでーー!?」
部屋を出ようと足を踏み出した瞬間、なにかにつまづいてバランスを崩す。咄嗟に何かにつかまったが、つかんだのは音無の服の裾で、音無を巻き込んでズデーンと大きな音を立てて転んでしまった。
「…………っ、わるい。大丈夫か?」
俺が音無を下敷きにしてしまったようで、慌てて立ち上がろうとしたら、背中に腕を回されてホールドされてしまった。
「……お、となし?」
音無の首元に顔をうめている。吐息と心臓の音が耳に響いて、呼応するように俺の心臓も大きな音を立てて脈打つ。
「……もう少しだけこのままで」
「……おぉ」
突然、バタンッと乱暴にドアを閉める音が聞こえ、バタバタとかわいい足音がこっちに近づいてくる。俺たちは慌てて起き上がる。
「りーくーん!! なんで? なんでぼく一人なの!?」
部屋のドアを勢いよく開けたと思ったら、寝ぼけている隼人が泣きながら音無に抱き着いた。
「ごめんごめん。寂しかったよね?」
「も~~! りーくんのバカぁ~~!!」
よしよしと頭を撫で、抱っこして1階に降りた。それからすぐに音無のお母さんが帰宅し、俺は一言あいさつして入れ違いで音無の家を出た。
「瀬川くーん!」
辺りはすっかり暗くなってしまって、街灯を頼りに来た道を思い出しながら歩いていると、音無が追いかけてきた。
「送るよ」
「大丈夫だって。子どもでも女子でもないし」
「だーめ。俺が送りたいからそうするの」
そう言って俺の手を取り、ぎゅっと握る。手のひらに意識が集中して、そこだけ熱くなっていく。
「せっかく来てくれたのに、何もお構いできませんで」
「音無の卒アルみてやろうと思ったのに」
「イケメンに映ってるから、今度ゆっくりみせてあげる」
「卒アルでビジュいいって、どんだけだよ」
空にぽっかりと浮かんでいる月が突然見えなくなったと思ったら音無が顔をのぞき込んできてーー
「…………っ、あまっ」
「あ、さっきチョコ盗み食いしたのバレちゃった」
チョコの味に反応してしまったけど、さっきキスしたよな……?
繋いでいない方の左手で、ゆっくりと自分の唇をなぞる。急に沸騰したみたいに顔が熱くなって、音無の方を見れなくなってしまった。
「…………送り狼め」
「……瀬川くん専属のね」



