【長編】正義感がつよすぎるせっかちくんとちょいウザ イケメンなおっとりくん

 あの件から一週間が経った。坂本さんが保存していたDMも含めて警察に相談し、学校にも事情が伝わった。とりあえず俺たちはいつもの学校生活に戻っている。

 「りひとくん、かれんと一緒におままごとしよ!」
 「だ~め~! りひとくんは今、みれいとお絵描きしてるんだから~!」

 五歳女児に取り合いにされているのは、俺の彼氏である音無理人だ(つき合い始めたばかりで彼氏と呼ぶには照れくさいけど)。両端から腕を引っ張られ困っている。

 「こらー腕を引っ張るな。痛いだろ?」

 五歳女児に注意すると、「ちづるは関係ないでしょ」「黙ってて」と冷たくあしらわれる。五歳といっても中身は大人顔負けだ。何歳でも女は怖い。敵に回したくない。

 「あ、そろそろお外遊びの時間だよ! お片付けしてお外にいこうね~」

 「かれんと一緒にいこ!」
 「みれいと一緒にいくの~!」

 どこに行っても取り合いにされている。イケメンって罪深いな。

 「瀬川くん、助けて~」
 「ははは、まぁがんばれや」

 十一月も半ばに入った頃、俺たちは私立こりす保育園にいた。俺たちがなぜここにいるかというと、職業体験という市のプログラムの一環で、高校生が働くことの大切さを学び自己実現の手助けになるようにと、毎年行っている。俺と音無は致命的にじゃんけんが弱く、最後に残った保育園にいくことになった。下野は珍しくじゃんけんに勝ち、パン屋さんへ修行にいっている。真中は執念で勝ち残り、残り一枠だったラーメン屋へ滑り込んだ。ちょうど昼前に差し掛かったところなので、今から忙しくなるだろう。

 「ちづるー!あそぼー!」
 「かくれんぼしよ~!」

 「よっしゃ! 俺が十数える間に、お前ら隠れろよー!」

 「きゃー!」
 「やったー!」

 遊戯室から園庭へと飛び出した。時々、肌を刺すような冷たい風が吹くけれど、子どもたちは元気に走り回っている。子どもの相手をするのは初めてだけど、幸いにも懐いてくれてるようで、今のところうまくいっている。不安要素といえば、お迎えに来るママさんたちである。みんな音無にくぎ付けで、引き渡しを音無にしてもらいたくて、音無の元へお迎えの列ができるのである。俺が代わりにやろうとすると、すごい顔で睨まれた。ガチで怖い。

 「ねぇ、今日、あきらくん来る?」
 「うん、もうすぐ来てくれるよ。楽しみだね」

 女の子と保育士さんの話が聞こえてきた。あきらという名前を聞くと、身体が反応する。俺が不登校に追いやった生徒の名前だから。

 「あきらくん? 新しい子が来るんですか?」

 俺は気になって保育士さんに聞いてみた。

 「あきらくんはね、園長先生のお孫さんなのよ。確か、高校生くらいの年齢だったかな~。週に一回、子どもたちと一緒に折り紙をして遊んでくれるの」
 「へぇ~そうなんだ」

 ってことは、俺らと同年代じゃん。俺は自分が知ってる”あきら”の顔を思い浮かべた。釣り目で黒髪短髪で、俺と同じくらいの背丈だったと思う。”余計なことすんな”と言って俺を睨んできた。あの顔を思い出すと、罪悪感で胸が痛む。

 「あ、あきらくん来たー」

 園庭の門から一人の男子が入ってきた。ネイビーのパーカーにオーバーサイズのカーキのカーゴパンツを履いて、グレーのキャップをかぶっている。背格好は俺と同じくらいだから、やっぱり高校生だ。

 「おーい、元気にしてたか? 今日は紙飛行機作って遊ぼうな!」
 「ぼく、ひこうき大好きー」
 「わたしはね、花柄の折り紙にするー!」

 園児たちも慣れているらしく、あきらくんに寄っていく。俺がじっと彼を見つめていると、目が合った。

 「あ……」

 俺の知ってるあきらだった。さっき頭に浮かんだ顔より、髪が伸びて穏やかな顔をしているが、目が合ってからあきらの表情が固まった。

 「もしかして、瀬川か?」

 ごくりと唾を飲み込む。目を背けたくなるのを耐えて、なんとかあきらを見たままで小さくうなずいた。

 「俺だよ。立花あきら。中学校の時の、覚えてる?」

 あきらは思ったよりも明るい声色だったが、俺は突然の再会に動揺して心臓がバクバクしている。

 「……忘れちゃった? まぁ、途中でいなくなったからな」

 俺が何も答えられずにいると、苦笑しながら靴を脱いで遊戯室に入っていった。

 「ねぇ、ちづるー! どうして探しに来ないの!?」
 「おれ、まちくだびれちゃったよ」

 かくれていた園児たちが、俺のエプロンの裾を引っ張って口を尖らせている。そうだ、俺は今かくれんぼをしてたんだ。

 「ごめん、ごめん。もう一回やるぞ! みんなかくれろー!」

 俺の元に集まっていた園児たちが、わー!と声を上げながら園庭に散り散りになっていった。

 「いーち、にぃー、さん、しぃー、ーーー」

 びびったー。まさかこんなところで再会するなんて、不意打ちにもほどがある。再会したら話そうと思ってたことがあったのに、動揺しすぎて頭から抜けてしまった。

 「よーし!探しに行くぞー!」

 あきらのことで頭がいっぱいだが、とりあえずかくれんぼの鬼を全うしようと走り出した。

 「ーーぅわっ!!」

 足が絡まって、前のめりに盛大にこけた。

 「瀬川くん、大丈夫?」

 音無の心配する声に顔を上げる。わらわらと園児たちも集まってきて「だいじょうぶ?」「ちづるはお部屋に入ったほうがいいよ」「きょうは、ちょうしがわるいね」と心配された。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
 みんなに促されて、俺も遊戯室に入った。何人かの園児たちが俺と同じタイミングで遊戯室に入ってきて、「あきらくんだー!」と端の方で折り紙をしているあきらの元へ駆け寄っていった。

 「おーい。おまえら、ちゃんと手を洗いなさい」

 園児たちに手を洗わせて、自分も手を洗う。

 「あきらくんね、おりがみがじょうずなんだよ。みにいこ」

 一人の女の子に手を引かれるが、俺は足が床にくっついたまま動けない。女の子は不思議そうに俺を見上げている。

 (気まずいから、避けた方がいいんじゃね? 今更謝ったって、過去のことが許されるわけじゃないし)

 (せっかく再会できたんだから、この機会にちゃんと向き合えよ。このままだと、ずっと引きずることになるぞ)

 久しぶりに出てきた、保守的な俺と正義感つよつよな俺。迷うってことは、俺はやっぱりなにも変わってないんじゃないか。優しくも強くもないんじゃないか。
 いつまでも動こうとしない俺にしびれを切らし、女の子は一人であきらの元へ行ってしまった。

 「瀬川くん、顔色悪いよ? 大丈夫?」

 背後から音無の声が聞こえてハッとした。さっきまで園庭で遊んでいたけど、いつの間にか遊戯室に戻ってきたようだ。

 「……音無、俺はーー」

 心配そうな顔をして、俺の頬に手を添える音無。

 「なにかあった?」

 ぎゅっと胸が苦しくなり、泣きそうになるのを堪えてゆっくりと息を吐いた。

 「大丈夫。大丈夫だ」

 優しくも強くもないかもしれないけど、俺には音無がいる。それだけで、がんばろうって思える。

 「ちょっと、いってくる」

 俺の頬に添えられている音無の手をぎゅっと握ってから、俺はゆっくりとあきらの元へ歩み寄る。
 机の上には、たくさんの折り紙が並んでいる。紙飛行機、動物や花、机やピアノまで折り紙で作られている。

 「わぁ……すげぇな」

 あきらに手招きされて、おずおずとあきらの隣に座った。

 「瀬川もやってみ?」

 水色の折り紙を渡される。

 「いや、俺こういうの苦手なんだけど……」
 「教えてやるから」

 あきらの手元をみながら折り紙をおっていくが、あきらのようにきれいに折れない。

 「ちづる、へたっぴ」
 「ぐちゃぐちゃだね~」
 「うるせー」

 園児たちに笑われて、俺は口を尖らせる。

 「ここでもおまえはみんなの中心に立ってるんだな。変わってなくてなんか安心した」

 あきらが穏やかに笑っている。中学時代には見られなかった笑顔だ。俺は少し安心して、頬が緩む。

 「……あきらはさ、今はなにしてんの?」

 折り紙をおりながら、おもいきって近況を聞いてみた。
 
 「通信制高校に通ってる。勉強大変だけど、時間に縛られないから俺には合ってるんだ」
 「……そっか」

 (やばい、なんか泣きそうなんだけど)

 あきらの近況を聞いて、心底安心した。俺のせいで辛い思いをしていたり、日常がうまくいっていなかったらどうしようと、ずっと心配していたから。

 「……あの時さ、おまえが俺をかばってくれた時、うれしかったんだよ。涙がでるくらいうれしかったのに、それと同時になんかすげー情けなくなってさ。おまえにちゃんとお礼も言えなくて、あんな態度とって、本当にごめん」

 深々と頭を下げるあきらに、慌てて俺も頭を下げる。

 「いや、俺の方こそ、おまえの気持ちとかなにも考えないで割り込んでいって……本当にごめん」
 「なんでおまえが謝るんだよ。俺はおまえに感謝してるんだからな」

 恨まれてもおかしくないのに、あきらは感謝してると言ってくれた。俺はいろんな感情が胸の中にこみ上げてきて、目尻に涙がたまる。泣きそうな顔を見られたくなくて下を向いたら、机の上にポタッと涙が落ちた。

 「……ちづる? どこかいたいの?」
 「ないてるの?」
 「ち、ちがう。これは涙じゃなくて、よだれ」

 目ざとい園児たちに心配されたけど、慌ててごまかした。

 「やだー」
 「きたない~~」

 俺は笑いながら目尻を拭う。あきらも笑って、折っていた鶴を俺の手のひらに乗せてくれた。真っ白できれいな鶴だ。

 「ちづるに、鶴をあげます」
 「ダジャレかよ」

 俺もぐちゃぐちゃになってしまった水色の鶴をあきらにあげた。あきらは、やばいだろこれ、と笑いながらも、俺の折った鶴を大事そうにカバンにしまった。

 今日の職業体験がおわり、音無と並んで帰り道を歩く。その道中で、俺はぽつぽつとあきらとのことを話した。音無はわざと歩幅を小さくしてゆっくり歩いてくれ、話し終わるまでじっと耳を傾けてくれた。

 「瀬川くん、ちゃんとあきらくんと向き合ったんだね。すごいよ」

 頭をぽんぽんと撫でられて、俺は照れくさくなって視線を逸らす。

 中学の時、俺は誰かを助けたつもりで、結局誰も救えなかったと思っていた。でも、本当はそうじゃなかったのかもしれない。あきらは、ちゃんと前を向いて生きていた。

 俺のしたことが全部正しかったわけじゃない。それでも、あの時、あいつを助けたいと思った気持ちまで間違いだったわけじゃない。

 一人で抱え込まなくていい。それを、真中や下野、そして音無と接していく中で、みんなが俺に教えてくれた。

 「今日はさ、お前がいてくれてよかった。音無がいてくれたおかげで、あきらと話せたから」
 「そっか……大好きな瀬川くんのお役に立てて光栄です。でも一つだけ、訂正させてくれない?」
 「訂正?」
 「"今日は"じゃなくて、"今日も"でしょ?」
 「うわ、うぜー」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。夕暮れの道を、二人並んで歩いていく。

 困ってる人を放っておけない性格は、たぶんこの先も変わらない。でも、それでいいんだと、今はちゃんと思える。

 誰かを助けたいと思う気持ちも、誰かに助けてほしいと思う弱さも、どっちも抱えたままでいい。それが、俺なりの強さなんだと思う。