俺が欠席している間に月をまたいで11月になっていた。しばらく稼働していなかったエアコンが、教室内を暖めるために久しぶりに動いている。
三日ぶりに登校すると、苦手な数学の授業が2時間目と3時間目にあって午前中からHPを大量に消費してしまった。なぜ2時間も立て続けにあったのか不明だけど、とにかく今は体力を回復しなければならない。さっき四時間目が終わり、まちにまった昼休み。大きな音で鳴っている腹をおさえて、弁当を手に真中の元へいく。
「腹へった、屋上いこうぜ」
真中が「これ」とビニール袋を差し出してきた。ビニール袋の中身を確認するとーー
「こ、これは……」
袋から出てきたのは、購買の秋の新商品”スイートポテトパン”。店頭に並んだら一瞬で売り切れてしまうという幻の新作。
「お前、これどうやって手に入れたんだよ!?」
真中はもったいぶるようにふっふっふっと意味深な笑みを浮かべるだけで、入手方法を教えてくれない。
「瀬川にやるよ。なんか最近、元気なかったし」
「えー……ガチで?」
普段は無気力で他人に興味がないようにみえる真中だけど、俺が落ち込んでいる時は気づいてさりげなく励ましてくれる。しかも俺の好きなサツマイモのパン。こういう真中の優しさに、いつも泣きそうなくらいうれしくなる。
「ありがとう……おまえには励ましてもらってばっかだな」
真中は少し照れくさそうにうんうんと頷く。トイレから帰ってきた下野がスイートポテトパンをみて「いいなぁ~僕も食べてみたい」と言うと、オッホンと真中が咳払いをした。
「下野にも買ってきてやってもいいけど、条件がある」
その一言を聞いた途端、下野が怪訝な表情で真中をみた。
「数学の課題みせーー」
「いいかげんにして」
真中が言い終わる前に、下野がぴしゃりとはねつけ、スイートポテトパンが入った袋を後ろ手に隠した。
「おまえ、人質をとるなんてずるいぞ。良心が痛まないのか?」
「いや、パンで釣ろうとするおまえの方がよっぽど汚いと思うけどな」
「課題、自分でやるって約束するならパンを返してあげる」
「ぐっ……」
睨み合っている真中と下野。いや、それ、俺がもらったパンなんだけど……そういえば、音無はなにしてんだ?教室内を見回すと、教室の後ろの窓際で女子と話している。文化祭の時、海東に絡まれてた女子・坂本さんだ。なにやら深刻な顔をして、スマホをみている。
「最近、あの二人よくいっしょにいるよな」
手にぎゅっと大事そうにパンが入ったビニール袋を持っている真中。どうやら、無事に返してもらったらしい。
「そういえば、朝も一緒にいた気がする」
俺が登校してきたとき、既に二人は教室にいて、今みたいに表情を曇らせながら重い雰囲気の中で話をしていた。
「声かけにくい雰囲気だし、先に行ってようか?」
下野の提案に俺と真中が頷いて、昼食を手に、三人で屋上に向かった。
***
欠席していた三日間のうちに大量の課題がたまっていたようで、放課後に残ってやる羽目になった。真中は一目散に帰っていて、音無と下野が一緒に残ると言ってくれたけどさすがに悪いので先に帰ってもらった。
なんとか課題をおわらせて帰り支度をしていると下野から電話がかかってきた。電話なんて珍しいと思いながら通話をタップする。
「おつかれ、どした?」
『あ、瀬川くん? 課題おわった?』
「おー、今おわって帰るとこ」
『あのね、誰にも言わないでって口止めされたんだけど……』
電話口の下野の声色が低くなった。言うかどうか迷っているようで、次の言葉がなかなか出てこない。
「どうしたんだよ?」
嫌な予感がして、先を促すように声をかける。
『やっぱり、瀬川くんには伝えておこうと思って』
「……うん」
ごくりと喉を鳴らして続きをまつ。
『音無くんの様子がおかしいんだーー』
だいたいの内容を下野から聞いた後、俺は急いで学校を飛び出し、下野と合流するため駅に向かった。駅には音無の弟を連れた下野がいて、とても動揺していた。
「どうしよう、あの時僕が止めていたらよかった。もし音無くんになにかあったらーー」
「大丈夫だ。とりあえずおまえは、弟を音無の家まで送っていってくれ。俺はこの辺を探してみるから」
「……うん。ありがとう。ごめんね、僕のせいで」
「おまえのせいじゃない。大丈夫だから」
下野をなだめて、音無の自宅へ向かわせた。俺はとりあえず、駅前のカラオケやファミレス、ゲーセンなど、高校生が居そうなところを回って音無の姿を探した。
下野の話によるとーー学校帰りに一緒に駅へ向かっていた時に、音無が手を滑らせてスマホを落とした。それを下野が拾った際に、画面がちらっと見えた。音無のスマホ画面には、俺や弟の写真が映っていて、物騒な言葉がいくつも並んでいたらしい。音無はひどく動揺して手が震えていた。それからすぐに、カラオケに誘われてたと言って弟のお迎えを下野に頼み、下野に口止めをしてどこかへ行ってしまったらしい。
(わけわかんねー。カラオケに行くからって弟のお迎えを人に頼むような奴じゃないだろ。なにがあったんだよ……)
駅周辺を走り回り音無の姿を探したけれどみつからない。ラインは何度も送っているが既読にならないし、通話もつながらない。
「くっそ、どうしたらいいんだ……あ!」
そういえば今日、坂本さんと深刻な様子で話をしていた。彼女ならなにか知っているかもしれない。クラスのライングループから坂本さんのアカウントを探し出し、彼女に電話をかける。
(頼む! 出てくれ!!)
『……え、瀬川くん?』
3回目の呼び出し音の後、坂本さんがでてくれた。
「あ、坂本さん!? いきなりごめん! あのさ、音無が今どこにいるか知らない?」
『音無くん? なにかあったの?』
「実はーー」
下野から聞いた経緯を短く簡単に坂本さんに説明した。坂本さんは電話口で絶句した後、どうしようどうしようと慌てた様子で涙声になった。
『文化祭の時に絡んできた人から、脅迫みたいなDMが届いたの。それで、音無くんに相談してたんだけど、もしかしたら音無くんも脅迫されてたのかもしれない……』
その話を聞いた途端、冷や汗が背中を伝い、ばくばくと心臓が暴れ出す。いじめをしていた海東響、あいつが絡んでいる。
「……っ、音無の行先とか、心当たりある?」
なんとか声を絞り出して、坂本さんに聞いた。
『ちょっと待ってね。あいつのアカ、調べてみるから』
(どうしよう、音無が危険な目に遭っていたら……俺のせいだ。俺があいつらと音無を関わらせてしまったから……)
『あいつのインスタのストーリーに変なのが載ってたから、スクショして送ったよ』
すぐさま確認すると、薄暗い建物の中の画像が送られてきていた。ドラム缶や角材やパイプ椅子やよくわからないものがたくさん映りこんでいる。廃工場だろうか。その怪しい画像には”今から ヤリま~す!”とふざけたコメントが書かれていた。
「ありがとう、助かった」
『わたし、警察に連絡しておくね』
「うん、お願い」
坂本さんにお礼を言って通話を切った。スマホを持つ手が震える。ぎりりと奥歯を噛みしめて、廃工場が点在する駅の北側へと走った。
***
学校が位置してるのは駅の南側で、商店街や市役所なども南側にある。北側は田んぼや畑、たまに民家がぽつんとあるくらいで、南側に比べれば寂しい場所だ。廃工場がいくつか点在しているけど、不気味で誰も近寄らない。
「廃工場って、どこのだよ!?」
もう陽が落ちてうす暗い。道中にぽつぽつと設置されている街灯が灯り始めた。早くみつけないと、真っ暗になったら探しにくくなる。
とにかく、手当たり次第に廃工場を調べた。一件目は何も置かれていないただのだだっ広い倉庫。そこには人っ子一人いなかった。二件目は古いミシンがたくさん置かれている縫製工場だった。ぐるっと一回りして中も確認したが、人の気配はなかった。そして三件目、なんの工場かわからないけどたくさんのドラム缶と木材が一か所に集められていた。警戒しながら足を踏み入れ、奥に進んでいく。「ううっ」と人の呻き声が聞こえ、音を立てないように物陰に隠れながら様子を確認する。人が三人いて、音無の背中がみえた。二人が音無と対峙しているが、二人とも尻もちをついている。そのうちの一人は、やはりピンク髪の海東だった。
「音無……?」
警戒しながらゆっくり近寄っていく。音無が振り向いて驚いた顔をしている。
「え? 瀬川くん、なんでいるの?」
「なんでって、下野と坂本さんから聞いておまえを探しに……どうなってんの?」
「えっと、金髪の人がまっすぐ向かってきたから受け流して投げたら背中から落ちちゃって、びっくりして逃げてった」
「へ?」
「で、このピンク髪の人が角材持って殴りかかってきたから、よけて組み付いて引きずり倒したら、びっくりして放心しちゃった」
「は?」
「あと、この人には何もしてないんだけど、勝手に腰抜かして立てなくなっちゃった」
海東は、文化祭でのことを根に持っていて、音無と坂本さんに脅しのようなDMを送り付けたらしい。そして、俺や弟に手を出すとか言って誘い出し、痛い目に遭わせたかったらしい。もう一人、金髪ピアス野郎(下野に絡んできた他校の奴)を金で雇ったが音無にびびってすぐに逃げてしまったようだ。
「悪かったよ! もうおまえらには手は出さないから許してくれ」
海東が泣きながら土下座している。
「クズの言うことなんか信じられないな~二度と変な真似しないように再起不能にしなくちゃね」
目を細めて冷笑している。静かに怒りをはらんでいて、そこにはいつものふわふわした雰囲気は一切感じられない。まるで別人だ。仲がいい俺でさえ、声をかけるのをためらってしまう。
「そんなことしなくていいから、一旦落ち着け」
肩を叩いて宥めてやると、ふうと息を吐いた。まだ二人を睨み続けている。
「こいつが暴走する前に早くでてけ」
「へ? 見逃してくれるのか?」
「もう二度と俺らに関わんなよ。あと、いじめとかクソなことしてんじゃねーぞ」
「ありがとうございます! もうしません!」
そう言って、二人そろって慌てて廃工場から走り去った。
「これでよかったの? あいつら、またやってくるかもーー」
音無が話しているにも関わらず、俺は慌てて音無の元へ駆け寄る。
「本当に大丈夫か? ケガしてないか? 俺のせいで巻き込んでごめん……」
音無の腕をぎゅっとつかみ、まっすぐにみつめる。
「俺は大丈夫、無傷だよ」
音無はいつものように穏やかに笑った。さっきの怖い雰囲気はもう感じられない。
(よかった。いつもの音無だ)
安心した途端、足から力が抜けて、音無に抱き着いてしまった。
「え、瀬川くん? 大丈夫?」
今更ながら手が震えて、身体の奥の方から涙がこみあげてきた。
「……っ、本当によかった。音無が無事で。おまえになんかあったらどうしようって、いてもたってもいられなくて」
声が震えて視界が滲む。目を瞑れば涙があふれそうで、上を向いてなんとか耐えた。
「……っ、ごめんね。ちゃちゃっと一人で片付けるつもりだったのに、瀬川くんに心配させちゃった」
眉を下げて俺の頭をゆっくりと撫でる。俺や弟を危険から遠ざけるためだっていうのはわかってるけど、危ないことはしないでほしい。音無を探している間、最悪な状況を想像して怖くて怖くてたまらなかった。
「一人でいくな、バカ……」
まだ手が震える。音無は俺を落ち着かせようと、ゆっくりと頭を撫で続けている。音無の心臓の音が聞こえる。俺と同じくらいの早さで、脈打っている。それを耳にしていると、少しずつ少しずつ落ち着いてきた。
「……瀬川くん、もう言ってもいいよね?」
ふいに、音無が口を開いた。囁くような声量だけど、なにかを決意したような凛とした声色だ。俺の背中に音無の腕がまわり、包み込むように抱きしめられた。
「え?」
耳元で、音無が深く息を吐いた。くすぐったくて、耳が熱い。
「すき、すきだよ……」
音無の低く甘い声が、じんわりと響く。
(やばい、泣くかも……)
ずっと我慢していたのに、そっと目を閉じてしまった。目尻からゆっくりと涙があふれ、ツーっと静かに頬を伝う。
音無はそっと腕を解き、顔をのぞきこむ。泣きそうな顔で、親指の腹で涙を拭ってくれた。
「ごめん、もう我慢できないーー」
そっと唇が触れた。理解した瞬間、顔に熱が集まる。
熱のこもった視線をまっすぐに向けられて身体がかたまってしまった。心臓だけがうるさく脈打ち、これは夢じゃないと教えてくれる。
「……俺も……音無のことがーー」
なんとか声を出したのに言い切る前に、もう一度だけそっと唇が重なる。触れるだけの、短いキスだった。
「瀬川くん……」
吐息のまじった声でせつなげに名前を呼ばれる。俺の前で余裕をなくしてしまう音無が愛おしい。
「ずっと、隣にいさせてください」
コクンと静かに頷くと、またそっと腕の中に包まれた。
「……音無?」
「うん?」
「こんな時に悪いんだけど……」
「?」
「ちょっと、立てないかも……」
「え!?」
音無が心配そうにあたふたしている。
「……なんか色々あって、身体がびっくりしてる」
「え~!? 大丈夫?」
「……無理だ。足に力がはいんねぇ」
「わかった。おんぶするから背中につかまって」
「……いやいや、恥ずいから」
「大丈夫だよ。誰も見てないし」
「ここ出たら見られるだろ」
「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ。早く身体休めないと」
「だからーー」
急に「わー!」という叫び声が聞こえ、驚いて入口の方をみると、真中と下野が変な格好をして現れた。真中は自転車のヘルメットをかぶり、手に木のバッドを持っている。下野は、工事用ヘルメットをかぶり手にゴルフクラブを持っていた。
「え? もうおわった感じ?」
「真中くんがグズグズしてるから」
「家から必死でチャリとばしてきたんですけど」
俺と音無は顔を見合わせて爆笑した。
「実は、小学生の時に電車で痴漢に遭ってね。その時に、叔父さんが心配してくれて、叔父の勧めで護身術を習うようになったんだ」
「あ、いつもお世話になってるっていう?」
「そう。その叔父さん」
叔父さんの話をする時の音無はどこか懐かしそうでうれしそうだ。いつか、会ってみたいな。
「まさか音無が護身術やってたなんて」
「こんなにイケメンで強いってずるいよね」
「なんか俺たち生きててごめんなさい」
「虫けらはさっさと死にます」
「え~~!? 二人ともまだ死なないで~~」
真中と下野が急に落ち込んでしまったので、なぜか音無が慌てて励ましていた。俺は坂本さんに連絡して、音無が無事だったことを報告した。坂本さんは安心して電話口で泣いていて、警察には連絡しておくと言ってくれた。
「はぁ~~~つかれた……」
「そろそろ帰ろっか」
俺が音無に背負ってもらうのを拒否していたら、真中と下野が騎馬戦スタイルでいこうと騎馬をくみだしたので、全力で拒否して音無に背負ってもらって廃工場をでた。駅の近くまでくると人が多く、背中に視線が突き刺さったけれど、音無の背中に顔をうめて耐えた。最寄り駅に着くころには辺りは真っ暗になっていて、人の視線も気にならなくなった。
音無に背負われながら、空にぽっかりと浮かぶ月を見上げる。
「今夜は月がきれいですね」
音無がふと呟いた。
「…………そうですね」
俺の返事に、音無がクスクスと笑う。
「この間、現国で習ったじゃん~」
「……忘れた」
「え~~ロマンチックな返しを期待したんだけどな~」
「んな回りくどい言い方してたら伝わるものも伝わらねぇよ」
「ふふ、そうだよね~シンプルなのが一番伝わりやすいね」
「……好きだ」
「……~~~っ、」
「……おい、急に黙んなよ。心配するだろ」
「……あのさ、そこに夢のお城があるからちょっと休憩していこうか」
「ラブホじゃねぇか。発情してんじゃねぇぞ、このムッツリ野郎」
「ムッツリは瀬川くんでしょ~俺は爽やかオープンスケベだもんね~」
「うわぁ……」
「ガチで引かないでよ」
想いが通じ合ったなんて、まだ実感が湧かないけれど、音無が隣にいてくれたらなんでも乗り越えられる気がする。
いじめのことを話せた時、少しだけ肩の荷が下りた気がした。でも、あきらを不登校に追いやった事実は消えない。それはこれからもずっと、背負っていかなきゃいけないことだ。だけど、今なら――ちゃんとあきらに会って、向き合えると思う。
こうやって前を向けるのも、きっと音無のおかげだ。
ずっとそばにいて、できれば俺が、音無を幸せにしたい。
これからも大切に、二人で歩んでいけたらいいな。
なんて、柄にもなく、お月様に願ってしまった。
三日ぶりに登校すると、苦手な数学の授業が2時間目と3時間目にあって午前中からHPを大量に消費してしまった。なぜ2時間も立て続けにあったのか不明だけど、とにかく今は体力を回復しなければならない。さっき四時間目が終わり、まちにまった昼休み。大きな音で鳴っている腹をおさえて、弁当を手に真中の元へいく。
「腹へった、屋上いこうぜ」
真中が「これ」とビニール袋を差し出してきた。ビニール袋の中身を確認するとーー
「こ、これは……」
袋から出てきたのは、購買の秋の新商品”スイートポテトパン”。店頭に並んだら一瞬で売り切れてしまうという幻の新作。
「お前、これどうやって手に入れたんだよ!?」
真中はもったいぶるようにふっふっふっと意味深な笑みを浮かべるだけで、入手方法を教えてくれない。
「瀬川にやるよ。なんか最近、元気なかったし」
「えー……ガチで?」
普段は無気力で他人に興味がないようにみえる真中だけど、俺が落ち込んでいる時は気づいてさりげなく励ましてくれる。しかも俺の好きなサツマイモのパン。こういう真中の優しさに、いつも泣きそうなくらいうれしくなる。
「ありがとう……おまえには励ましてもらってばっかだな」
真中は少し照れくさそうにうんうんと頷く。トイレから帰ってきた下野がスイートポテトパンをみて「いいなぁ~僕も食べてみたい」と言うと、オッホンと真中が咳払いをした。
「下野にも買ってきてやってもいいけど、条件がある」
その一言を聞いた途端、下野が怪訝な表情で真中をみた。
「数学の課題みせーー」
「いいかげんにして」
真中が言い終わる前に、下野がぴしゃりとはねつけ、スイートポテトパンが入った袋を後ろ手に隠した。
「おまえ、人質をとるなんてずるいぞ。良心が痛まないのか?」
「いや、パンで釣ろうとするおまえの方がよっぽど汚いと思うけどな」
「課題、自分でやるって約束するならパンを返してあげる」
「ぐっ……」
睨み合っている真中と下野。いや、それ、俺がもらったパンなんだけど……そういえば、音無はなにしてんだ?教室内を見回すと、教室の後ろの窓際で女子と話している。文化祭の時、海東に絡まれてた女子・坂本さんだ。なにやら深刻な顔をして、スマホをみている。
「最近、あの二人よくいっしょにいるよな」
手にぎゅっと大事そうにパンが入ったビニール袋を持っている真中。どうやら、無事に返してもらったらしい。
「そういえば、朝も一緒にいた気がする」
俺が登校してきたとき、既に二人は教室にいて、今みたいに表情を曇らせながら重い雰囲気の中で話をしていた。
「声かけにくい雰囲気だし、先に行ってようか?」
下野の提案に俺と真中が頷いて、昼食を手に、三人で屋上に向かった。
***
欠席していた三日間のうちに大量の課題がたまっていたようで、放課後に残ってやる羽目になった。真中は一目散に帰っていて、音無と下野が一緒に残ると言ってくれたけどさすがに悪いので先に帰ってもらった。
なんとか課題をおわらせて帰り支度をしていると下野から電話がかかってきた。電話なんて珍しいと思いながら通話をタップする。
「おつかれ、どした?」
『あ、瀬川くん? 課題おわった?』
「おー、今おわって帰るとこ」
『あのね、誰にも言わないでって口止めされたんだけど……』
電話口の下野の声色が低くなった。言うかどうか迷っているようで、次の言葉がなかなか出てこない。
「どうしたんだよ?」
嫌な予感がして、先を促すように声をかける。
『やっぱり、瀬川くんには伝えておこうと思って』
「……うん」
ごくりと喉を鳴らして続きをまつ。
『音無くんの様子がおかしいんだーー』
だいたいの内容を下野から聞いた後、俺は急いで学校を飛び出し、下野と合流するため駅に向かった。駅には音無の弟を連れた下野がいて、とても動揺していた。
「どうしよう、あの時僕が止めていたらよかった。もし音無くんになにかあったらーー」
「大丈夫だ。とりあえずおまえは、弟を音無の家まで送っていってくれ。俺はこの辺を探してみるから」
「……うん。ありがとう。ごめんね、僕のせいで」
「おまえのせいじゃない。大丈夫だから」
下野をなだめて、音無の自宅へ向かわせた。俺はとりあえず、駅前のカラオケやファミレス、ゲーセンなど、高校生が居そうなところを回って音無の姿を探した。
下野の話によるとーー学校帰りに一緒に駅へ向かっていた時に、音無が手を滑らせてスマホを落とした。それを下野が拾った際に、画面がちらっと見えた。音無のスマホ画面には、俺や弟の写真が映っていて、物騒な言葉がいくつも並んでいたらしい。音無はひどく動揺して手が震えていた。それからすぐに、カラオケに誘われてたと言って弟のお迎えを下野に頼み、下野に口止めをしてどこかへ行ってしまったらしい。
(わけわかんねー。カラオケに行くからって弟のお迎えを人に頼むような奴じゃないだろ。なにがあったんだよ……)
駅周辺を走り回り音無の姿を探したけれどみつからない。ラインは何度も送っているが既読にならないし、通話もつながらない。
「くっそ、どうしたらいいんだ……あ!」
そういえば今日、坂本さんと深刻な様子で話をしていた。彼女ならなにか知っているかもしれない。クラスのライングループから坂本さんのアカウントを探し出し、彼女に電話をかける。
(頼む! 出てくれ!!)
『……え、瀬川くん?』
3回目の呼び出し音の後、坂本さんがでてくれた。
「あ、坂本さん!? いきなりごめん! あのさ、音無が今どこにいるか知らない?」
『音無くん? なにかあったの?』
「実はーー」
下野から聞いた経緯を短く簡単に坂本さんに説明した。坂本さんは電話口で絶句した後、どうしようどうしようと慌てた様子で涙声になった。
『文化祭の時に絡んできた人から、脅迫みたいなDMが届いたの。それで、音無くんに相談してたんだけど、もしかしたら音無くんも脅迫されてたのかもしれない……』
その話を聞いた途端、冷や汗が背中を伝い、ばくばくと心臓が暴れ出す。いじめをしていた海東響、あいつが絡んでいる。
「……っ、音無の行先とか、心当たりある?」
なんとか声を絞り出して、坂本さんに聞いた。
『ちょっと待ってね。あいつのアカ、調べてみるから』
(どうしよう、音無が危険な目に遭っていたら……俺のせいだ。俺があいつらと音無を関わらせてしまったから……)
『あいつのインスタのストーリーに変なのが載ってたから、スクショして送ったよ』
すぐさま確認すると、薄暗い建物の中の画像が送られてきていた。ドラム缶や角材やパイプ椅子やよくわからないものがたくさん映りこんでいる。廃工場だろうか。その怪しい画像には”今から ヤリま~す!”とふざけたコメントが書かれていた。
「ありがとう、助かった」
『わたし、警察に連絡しておくね』
「うん、お願い」
坂本さんにお礼を言って通話を切った。スマホを持つ手が震える。ぎりりと奥歯を噛みしめて、廃工場が点在する駅の北側へと走った。
***
学校が位置してるのは駅の南側で、商店街や市役所なども南側にある。北側は田んぼや畑、たまに民家がぽつんとあるくらいで、南側に比べれば寂しい場所だ。廃工場がいくつか点在しているけど、不気味で誰も近寄らない。
「廃工場って、どこのだよ!?」
もう陽が落ちてうす暗い。道中にぽつぽつと設置されている街灯が灯り始めた。早くみつけないと、真っ暗になったら探しにくくなる。
とにかく、手当たり次第に廃工場を調べた。一件目は何も置かれていないただのだだっ広い倉庫。そこには人っ子一人いなかった。二件目は古いミシンがたくさん置かれている縫製工場だった。ぐるっと一回りして中も確認したが、人の気配はなかった。そして三件目、なんの工場かわからないけどたくさんのドラム缶と木材が一か所に集められていた。警戒しながら足を踏み入れ、奥に進んでいく。「ううっ」と人の呻き声が聞こえ、音を立てないように物陰に隠れながら様子を確認する。人が三人いて、音無の背中がみえた。二人が音無と対峙しているが、二人とも尻もちをついている。そのうちの一人は、やはりピンク髪の海東だった。
「音無……?」
警戒しながらゆっくり近寄っていく。音無が振り向いて驚いた顔をしている。
「え? 瀬川くん、なんでいるの?」
「なんでって、下野と坂本さんから聞いておまえを探しに……どうなってんの?」
「えっと、金髪の人がまっすぐ向かってきたから受け流して投げたら背中から落ちちゃって、びっくりして逃げてった」
「へ?」
「で、このピンク髪の人が角材持って殴りかかってきたから、よけて組み付いて引きずり倒したら、びっくりして放心しちゃった」
「は?」
「あと、この人には何もしてないんだけど、勝手に腰抜かして立てなくなっちゃった」
海東は、文化祭でのことを根に持っていて、音無と坂本さんに脅しのようなDMを送り付けたらしい。そして、俺や弟に手を出すとか言って誘い出し、痛い目に遭わせたかったらしい。もう一人、金髪ピアス野郎(下野に絡んできた他校の奴)を金で雇ったが音無にびびってすぐに逃げてしまったようだ。
「悪かったよ! もうおまえらには手は出さないから許してくれ」
海東が泣きながら土下座している。
「クズの言うことなんか信じられないな~二度と変な真似しないように再起不能にしなくちゃね」
目を細めて冷笑している。静かに怒りをはらんでいて、そこにはいつものふわふわした雰囲気は一切感じられない。まるで別人だ。仲がいい俺でさえ、声をかけるのをためらってしまう。
「そんなことしなくていいから、一旦落ち着け」
肩を叩いて宥めてやると、ふうと息を吐いた。まだ二人を睨み続けている。
「こいつが暴走する前に早くでてけ」
「へ? 見逃してくれるのか?」
「もう二度と俺らに関わんなよ。あと、いじめとかクソなことしてんじゃねーぞ」
「ありがとうございます! もうしません!」
そう言って、二人そろって慌てて廃工場から走り去った。
「これでよかったの? あいつら、またやってくるかもーー」
音無が話しているにも関わらず、俺は慌てて音無の元へ駆け寄る。
「本当に大丈夫か? ケガしてないか? 俺のせいで巻き込んでごめん……」
音無の腕をぎゅっとつかみ、まっすぐにみつめる。
「俺は大丈夫、無傷だよ」
音無はいつものように穏やかに笑った。さっきの怖い雰囲気はもう感じられない。
(よかった。いつもの音無だ)
安心した途端、足から力が抜けて、音無に抱き着いてしまった。
「え、瀬川くん? 大丈夫?」
今更ながら手が震えて、身体の奥の方から涙がこみあげてきた。
「……っ、本当によかった。音無が無事で。おまえになんかあったらどうしようって、いてもたってもいられなくて」
声が震えて視界が滲む。目を瞑れば涙があふれそうで、上を向いてなんとか耐えた。
「……っ、ごめんね。ちゃちゃっと一人で片付けるつもりだったのに、瀬川くんに心配させちゃった」
眉を下げて俺の頭をゆっくりと撫でる。俺や弟を危険から遠ざけるためだっていうのはわかってるけど、危ないことはしないでほしい。音無を探している間、最悪な状況を想像して怖くて怖くてたまらなかった。
「一人でいくな、バカ……」
まだ手が震える。音無は俺を落ち着かせようと、ゆっくりと頭を撫で続けている。音無の心臓の音が聞こえる。俺と同じくらいの早さで、脈打っている。それを耳にしていると、少しずつ少しずつ落ち着いてきた。
「……瀬川くん、もう言ってもいいよね?」
ふいに、音無が口を開いた。囁くような声量だけど、なにかを決意したような凛とした声色だ。俺の背中に音無の腕がまわり、包み込むように抱きしめられた。
「え?」
耳元で、音無が深く息を吐いた。くすぐったくて、耳が熱い。
「すき、すきだよ……」
音無の低く甘い声が、じんわりと響く。
(やばい、泣くかも……)
ずっと我慢していたのに、そっと目を閉じてしまった。目尻からゆっくりと涙があふれ、ツーっと静かに頬を伝う。
音無はそっと腕を解き、顔をのぞきこむ。泣きそうな顔で、親指の腹で涙を拭ってくれた。
「ごめん、もう我慢できないーー」
そっと唇が触れた。理解した瞬間、顔に熱が集まる。
熱のこもった視線をまっすぐに向けられて身体がかたまってしまった。心臓だけがうるさく脈打ち、これは夢じゃないと教えてくれる。
「……俺も……音無のことがーー」
なんとか声を出したのに言い切る前に、もう一度だけそっと唇が重なる。触れるだけの、短いキスだった。
「瀬川くん……」
吐息のまじった声でせつなげに名前を呼ばれる。俺の前で余裕をなくしてしまう音無が愛おしい。
「ずっと、隣にいさせてください」
コクンと静かに頷くと、またそっと腕の中に包まれた。
「……音無?」
「うん?」
「こんな時に悪いんだけど……」
「?」
「ちょっと、立てないかも……」
「え!?」
音無が心配そうにあたふたしている。
「……なんか色々あって、身体がびっくりしてる」
「え~!? 大丈夫?」
「……無理だ。足に力がはいんねぇ」
「わかった。おんぶするから背中につかまって」
「……いやいや、恥ずいから」
「大丈夫だよ。誰も見てないし」
「ここ出たら見られるだろ」
「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ。早く身体休めないと」
「だからーー」
急に「わー!」という叫び声が聞こえ、驚いて入口の方をみると、真中と下野が変な格好をして現れた。真中は自転車のヘルメットをかぶり、手に木のバッドを持っている。下野は、工事用ヘルメットをかぶり手にゴルフクラブを持っていた。
「え? もうおわった感じ?」
「真中くんがグズグズしてるから」
「家から必死でチャリとばしてきたんですけど」
俺と音無は顔を見合わせて爆笑した。
「実は、小学生の時に電車で痴漢に遭ってね。その時に、叔父さんが心配してくれて、叔父の勧めで護身術を習うようになったんだ」
「あ、いつもお世話になってるっていう?」
「そう。その叔父さん」
叔父さんの話をする時の音無はどこか懐かしそうでうれしそうだ。いつか、会ってみたいな。
「まさか音無が護身術やってたなんて」
「こんなにイケメンで強いってずるいよね」
「なんか俺たち生きててごめんなさい」
「虫けらはさっさと死にます」
「え~~!? 二人ともまだ死なないで~~」
真中と下野が急に落ち込んでしまったので、なぜか音無が慌てて励ましていた。俺は坂本さんに連絡して、音無が無事だったことを報告した。坂本さんは安心して電話口で泣いていて、警察には連絡しておくと言ってくれた。
「はぁ~~~つかれた……」
「そろそろ帰ろっか」
俺が音無に背負ってもらうのを拒否していたら、真中と下野が騎馬戦スタイルでいこうと騎馬をくみだしたので、全力で拒否して音無に背負ってもらって廃工場をでた。駅の近くまでくると人が多く、背中に視線が突き刺さったけれど、音無の背中に顔をうめて耐えた。最寄り駅に着くころには辺りは真っ暗になっていて、人の視線も気にならなくなった。
音無に背負われながら、空にぽっかりと浮かぶ月を見上げる。
「今夜は月がきれいですね」
音無がふと呟いた。
「…………そうですね」
俺の返事に、音無がクスクスと笑う。
「この間、現国で習ったじゃん~」
「……忘れた」
「え~~ロマンチックな返しを期待したんだけどな~」
「んな回りくどい言い方してたら伝わるものも伝わらねぇよ」
「ふふ、そうだよね~シンプルなのが一番伝わりやすいね」
「……好きだ」
「……~~~っ、」
「……おい、急に黙んなよ。心配するだろ」
「……あのさ、そこに夢のお城があるからちょっと休憩していこうか」
「ラブホじゃねぇか。発情してんじゃねぇぞ、このムッツリ野郎」
「ムッツリは瀬川くんでしょ~俺は爽やかオープンスケベだもんね~」
「うわぁ……」
「ガチで引かないでよ」
想いが通じ合ったなんて、まだ実感が湧かないけれど、音無が隣にいてくれたらなんでも乗り越えられる気がする。
いじめのことを話せた時、少しだけ肩の荷が下りた気がした。でも、あきらを不登校に追いやった事実は消えない。それはこれからもずっと、背負っていかなきゃいけないことだ。だけど、今なら――ちゃんとあきらに会って、向き合えると思う。
こうやって前を向けるのも、きっと音無のおかげだ。
ずっとそばにいて、できれば俺が、音無を幸せにしたい。
これからも大切に、二人で歩んでいけたらいいな。
なんて、柄にもなく、お月様に願ってしまった。



