【長編】正義感がつよすぎるせっかちくんとちょいウザ イケメンなおっとりくん

 俺たちは今、男子の控室で燕尾服から制服に着替えている。執事喫茶のシフトが前半(午前中から昼過ぎまで)だったため、午後からは自由時間だ。堅苦しい接客から解放されてやっと羽根を伸ばせる。

 「あ~腹へった~」
 「合間につまみ食いしてたくせに」
 「え、バレてた?」
 「ばればれだよ。女子が怒ってたよ」

 だるそうに着替えながら腹をおさえる真中に、下野が呆れている。

 「肉、食いに行くぞ」
 「肉? から揚げとかフランクフルト?」
 「あと、ポテトと焼きそばとたこ焼きとーー」
 「この人、全制覇するつもりなんだけど」

 着替え終わった俺たちは控室をでた。音無が文化祭のパンフレットを片手に、どこへ行こうかと迷っている。

 「あ、音無くん!」

 四人連れだって廊下を歩いていると、クラスメイトの女子に話しかけられた。後半シフトの子だ。

 「えっと、今から回るんだよね?」

 俺たちひとりひとりをみながら様子をうかがっている。

 「そうだけど、どうしたの?」

 音無が尋ねると、女子は少し言いにくそうにしながら口を開いた。

 「実は、午後からの客入りがあんまりよくなくて……あと、お客さんから純白の王子はいないのか?って問い合わせが何件もきてて……」

 これは雲行きが怪しい。俺と真中は目を合わせる。

 「疲れてるところごめんなんだけど、手伝ってもらえないかな?」

 申し訳なさそうに両手を合わせる女子。予想通りの展開に俺たちは目配せをする。女子が手伝ってほしいのは音無だ。午前中はマナーの悪い客もいた(勝手に動画や写真を撮る)。そんなところにまた音無を行かせるのは嫌だし、客寄せパンダみたいな扱いをされているのも俺は嫌だった。真中はふるふると首を振り、下野は首をひねっている。俺はうんと頷いて口を開いた。

 「悪いけどーー」
 「うん、わかった。着替えたらいくね」

 断ろうとした俺を制し、音無はあっさりと手伝うことを了承した。途端に女子の表情がぱああと明るくなる。

 「ほんと? ありがとう! 助かる!」

 女子は、まってるね!と言って、バタバタと執事喫茶へ戻っていった。

 「一緒に回れなくてごめんね。俺の分も文化祭楽しんで」

 俺たちがなにか言う前に、音無は少し申し訳なさそうにしながら控室に戻っていく。その背中がさみしそうに見えたから、俺も音無の後をおった。

 「悪い。俺もいってくる」

 真中は、「え~」と残念そうに口を尖らせていたが、すぐに下野と一緒に「いってら~」と見送ってくれた。

 ***

 午後からも音無が執事喫茶に顔を出したので客足が戻り、予想よりも早く商品の在庫はなくなった。16時半に閉店する予定が、一時間早まり、15時半には閉店した。にも関わらず、純白王子を一目見たいと訪れる客がいたので、教室の隅にひっそりと設けていたフォトブースだけ開放する形で結局16時半まで営業を続けた。その間、俺たちは少しずつ片付けを始め、音無と何人かの配膳役の男子はフォトブースに並ぶ客の相手をしていた。

 「おつかれさま~」

 着替えを済ませてから、片付けの続きをしていると、クラスの文化祭実行委員が俺と音無に声をかけてきた。

 「長時間付き合わせちゃってごめんね~。二人のおかげで執事喫茶は大成功におわりました。本当にありがとう」
 「いやいや、そんなーー」

 謙遜しようとする音無の背後から膝カックンしてやったら、油断していたのか「わっ」と声を上げて驚いて後ろを振り返った。

 「まぎれもなくお前の活躍のおかげだろ。誰よりも執事として頑張ってたじゃん。堂々としてろ」
 「そうだよ! 所作もセリフも完璧だったし、疲れてるだろうに嫌な顔せずずっと接客してくれてーー」
 
 俺と実行委員の言葉に、他のクラスメイトも賛同する。

 「本当に王子様みたいだったよ」
 「めっちゃキラキラしてた」
 「最高だったぞ」

 音無を称賛する声に、本人は少し照れくさそうにしながらふふっと顔を緩めた。

 「マジでイケメンだった」
 「……うん、ただのイケメンじゃなかったな」
 「やるじゃん」

 開店前にブツブツと文句を言っていた男子たちも音無を見る目が変わっていた。その男子たちの言葉を聞いた音無は少し驚いたように目を瞬かせ「……ありがとう」と呟いた。音無のがんばりが認められたみたいで、俺もうれしくて心があたたかくなる。

 「……でも、瀬川くんはもうちょっと愛想をよくした方がいいよね」
 「はぁ?」
 「結局ずっと棒読みでぎこちなかったよな。顔こわいし」
 「おいおい、俺だってなーー」
 「瀬川くんだって頑張ってたじゃん。手つきが危なっかしかったけど」
 「下野まで……」

 音無を称賛していたはずが、音無と真中と下野にまで俺にダメ出しを始めて、心身ともに大ダメージを受けた。

 「冗談だよ。瀬川くんがずっと一緒にいてくれたおかげで心強かった。ありがとう」

 がっくりと肩を落としている俺に、音無がポンポン肩を叩いて労ってくれた。いじられるのは慣れてるけど、素直にお礼を言われるとなんだかこそばゆくて、俺はそっぽを向いて「おう」と短く返事をした。

***

 文化祭がおわり、あちこちで片付けが始まった。あんなに賑わっていた校内が静かでゆっくりとした時間が流れている。校庭ではゆったりとしたテンポの音楽が流れていて、橙色に染まり始めた空と相まってなんだか少し寂しくなってきた。

 『間もなく点灯式を始めます。生徒会役員は校庭に集まってください』

 生徒会主催の後夜祭が校庭で行われるらしい。片付けが早めに終わった俺たちは、校庭の隅のベンチでぐったりしていた。

 「点灯式ってなに?」
 「イルミネーションの点灯だよ。校庭の木に電飾が飾ってあるでしょ?日没の時間に合わせて点灯するんだって」

 ベンチに浅く腰かけてだるそうにスマホをいじっている真中が下野に尋ねた。下野は、校庭の木を指さしながら説明している。さっきの案内を聞いた生徒たちがぞろぞろと校庭に集まってきた。みんな手首に蛍光色に光るブレスレットのようなものをつけていた。夏祭りで子どもがつけてるやつだ。生徒会が配っているらしい。

 「せっかくだから、俺たちももらいにいく?」
 「あの光るやつ?」

 真中がだるそうにベンチから立ち上がり、校舎の入り口付近にいる生徒会の方へ歩いていく。下野もそれについていくが、校舎から校庭に出てくる生徒の波によりなかなか進めない。ふと、手首をつかまれて振り向く。俺の後ろにいた音無が俺の手首をつかんだまま動こうとしない。その間に、真中と下野は人波の奥へ消えてしまった。

 「……二人には、後で俺が謝るから」

 それだけ言って、俺の手を引き違う方向へ歩いていく。いつの間にかつながれていた手と音無の背中を交互にみる。どこへ行くんだろう。疲れていてあまり頭が回らないのに、心は高揚していく。期待と少しの興奮が入り混じったような、そんな気持ちだ。黙って音無について行く。旧校舎に入り、階段を上る。たどり着いた先は美術室だ。ただし今は使われていない。カギはかかっていなかったのか、すんなりと中に入れた。少し埃っぽく、絵の具の匂いがわずかに残っていた。使われていない机や椅子が壁際に寄せられていて、校庭の喧騒が嘘みたいに静かだ。

 「この前、先生に頼まれてここまで荷物を運んだんだ。その時に、ちょうどここから校庭がみえたから」

 音無の言う通り、旧校舎の3階にある美術室からは校庭がよく見える。あちこちで生徒がかたまっていて、蛍光色のブレスレットがよく映える。

 『日没の17時24分に合わせてイルミネーションが点灯します。みなさん、一緒にカウントダウンをお願いします。10、9、8、7ーー』

 校庭でカウントダウンが始まった。音無と一緒に窓辺にいく。

 『3、2、1、点灯!』

 生徒会長の合図で、校庭の木々が一斉に光を灯す。あちこちで、生徒たちの歓声が上がる。青色や白、黄色っぽい淡い光がキラキラと揺れている。クリスマスみたいだ。

 「うわ、すげーな……」

 見慣れた校庭が別世界のようで、おもわず呟いてしまった。

 「うん、すごくきれいだね」

 隣の音無にそっと視線を移す。アーモンド型の瞳にイルミネーションの光が映ってきらきらしている。

 「……きれいだ」

 音無の瞳に見惚れていると、目が合って、慌てて逸らした。

 「さっきも言ったんだけど、今日は本当にありがとう」

 ゆっくりと話し出す音無に、再び視線を戻す。

 「接客も燕尾服もあんなに嫌がってたのに、ずっと手伝ってくれたでしょ?」

 音無はイルミネーションを見つめたまま、ぽつぽつと小さな声で話している。遠くで生徒たちの賑やかな声が聞こえて、少し安心した。二人きりだと静かすぎて緊張してしまうから。

 「あれは、お前ばっかり客寄せに利用されてるみたいで嫌だったからさ。俺が手伝えば早く終わるかなって思って」

 でも、理由はそれだけじゃない。やっと接客から解放されたのにまた自分から手伝いに行ったのは、音無がいたからだ。

 「……本当に、瀬川くんは優しい。中学の時から変わってないよね」
 「中学?」

 俺と音無が出会ったのは高校に入学してからだ。中学の時は会っていないはずだけど。俺が記憶を辿っている間に、音無はその辺のイスに腰かけてイルミネーションに視線を落としたまま話を続ける。

 「実は、電車の中で瀬川くんをみかけたことがあるんだ」
 「え? ガチで?」

 その話、初耳なんだけど。俺、変なことしてねぇだろうな。ドキドキしながら音無の話に耳を傾ける。
 
 「妊婦さんに席を譲らないおじさんに、譲ってくださいって堂々と言ってた」

 しばらく考えてからハッとした。そういえば、あの日は珍しく一人で駅前まで買い物に行ったんだ。スニーカーを買いに行ったのに欲しいやつが売り切れてて落ち込んでたところに、感じ悪いおっさんが優先座席に我が物顔で座ってるから腹立ってつい言っちゃったんだ。
 
 「……うわぁ……うん。それ、俺だわ。覚えてる」

 まさか音無に見られてたなんて。恥ずすぎる。

 「……衝撃的だったんだよね。気後れせずに大人に話しかけていたのもすごかったけど、迷いなく妊婦さんを助ける行動をしてたから、すごいなぁって思って」

 いつの間にか、音無の視線がイルミネーションから俺へと移っていた。まっすぐにきらきらした瞳を向けられて、俺は少し困惑する。

 「それからずっと、瀬川くんのことが頭から離れなくて。俺もあんな風になれたらなって憧れてた」

 音無のきれいすぎる瞳に耐えられなくて、俺はイルミネーションに視線を移す。こっちも負けず劣らず輝いていて、眩しさに目を伏せた。

 「……俺は、音無に憧れられるような立派な人間じゃねぇよ」

 あの時だって、スニーカーを買えなかった八つ当たりみたいなものだし。

 「そんなことないよ。瀬川くんは俺の想像以上の、魅力的な人だよ」

 一点の曇りもない瞳でこんなことを言われると、ズキズキと良心が痛む。マジでコイツ、俺をヒーローとか正義の味方だと思ってんじゃねぇの。俺は、お前に好意がある女子に嫉妬するような小さい奴だぞ。俺のせいで不登校になった奴もいるし、英雄とはかけ離れた存在なんだからな。
 嫌われるのが怖くてこんなことも口に出せない。心底、自分に幻滅する。

 「……瀬川くん?」

 黙り込んだ俺を、音無が不思議そうに覗き込む。何かを言いかけて、やめた。

 「……なんでもない」

 誤魔化すように視線を逸らす。音無はそれ以上聞いてこなかった。ただ、少しだけ寂しそうな顔をしていた気がした。

 イルミネーションの光の粒が、二人の間の沈黙をやわらかく埋めていく。

 『そろそろ後夜祭も終了です。片付けにご協力ください』

 放送が流れて、俺たちは立ち上がった。美術室を出る前に、もう一度だけ窓の外を振り返る。さっきまであんなに輝いていた光が、少しずつ消え始めていた。