【長編】正義感がつよすぎるせっかちくんとちょいウザ イケメンなおっとりくん

 10月も中旬になり、過ごしやすい季節になった。長袖やベストを着ている生徒が大半になったが、俺はまだ半袖のカッターシャツを着ている。小学生の時は12月でも半パンで走り回っていたほど暑がりだったので、秋になってもまだ半袖で過ごしている。
 そんな中、慌ただしかった準備期間を終え、いよいよ文化祭当日の朝を迎えた。執事喫茶に決まった時はあまり乗り気じゃなかったけど、みんなで準備していくうちに楽しみになってきた。今日でその時間も終わると思うと少し寂しいけれど、せっかく時間をかけて準備したんだから今日はおもいっきり楽しみたい。
 衣装係がギリギリまで頑張ってくれたおかげで、クラスの男子全員分の衣装が完成した。着慣れない燕尾服を、衣装係に手伝ってもらってなんとか着用した。執事ということで、シャツのボタンはきっちり留めて白の蝶ネクタイを結ぶ。肌が全く露出していない分、少し暑い。ウエストの位置で切り詰められているため窮屈に感じるかとおもいきや、オーダーメイドのためちょうどいいサイズになっている。試着する時間なかったのに、衣装係すげぇ。後ろ側に二股に分かれたシッポみたいなのがついていて、黒いからGの羽みたいだと思った。さすがに口には出せないけど。

 「これさ、ゴキブリっぽくね?」
 「真中くん、なんてこと言うの」

 真中がシッポ部分を持ってひらひらしている。それをみた下野がドン引きしていた。

 「お前はグレーだからいいじゃん。俺と瀬川は黒いからさ、それっぽく見えるんだよな」

 それぞれ燕尾服の色が違う。同色の生地をそろえるのが難しかったため、衣装係の独断と偏見で決めたらしい。俺と真中は黒、下野はグレー。黒の燕尾服を着ている奴が多いが、濃紺もちらほら見かける。
 突然、廊下から女子の黄色い悲鳴が聞こえた。何事かとおもえば、燕尾服に着替えた音無が教室に入ってきた。

 「ぅわ……」

 おもわず声を上げてしまった。頭からつま先まで、純白の燕尾服に身を包んだ音無は、執事と言うより王子様だ。Gの羽根などと例えてしまったシッポのような部分も、細いウエスト位置からしなやかに伸びて動くたびにきれいにしなる。暗色の集団の中に突然現れた光に、俺は目が釘付けになってしまった。

 「わ、瀬川くん……」

 俺をみつけると一目散に駆け寄ってきてじっと見つめてくる。どくんと心臓が跳ねて、みるみるうちに鼓動が早くなる。今の音無に見つめられたら、どうしたらいいかわからない。

 「……すごくいいね。写真、撮ってもいい?」

 俺の返事を待つ前にスマホを取り出して連写し始めた。その音無の行動によって俺は我に返ることができ、向けられている音無のスマホをやんわりと遠ざける。

 「いや、俺じゃなくてさ、お前だろ」

 気づけばクラスの女子から、廊下からも他クラスや他学年の女子が、音無にスマホを向けて写真を撮っていた。

 「え? あぁ……」

 音無は俺を撮るのに夢中で、自分が撮られていたことに気づいてなかったらしい。

 「すみません、まだ準備中で他の子にも迷惑になるので、写真を撮るのは控えてもらいたいんです」

 申し訳なさそうに眉を下げながら、控えめにギャラリーに訴える音無。廊下にいる女子達は名残惜しそうに去っていき、クラスの女子はスマホをしまって音無に謝っていた。こういう時の対応に慣れてるのもさすがだなと思うと同時に、色々と気を遣ってきたんだなと労いたい気持ちになる。

 「瀬川くん、ちょっと」

 俺に耳打ちしたかと思うと手首をつかまれて廊下に出た。耳の奥と手首がじわりと熱くなっていく。少し廊下を歩いてたどり着いた先は、男子の控室になっている空き教室だった。さっきまで着替えていた場所だ。今は誰もいない。

 「ここなら大丈夫だよね」

 さっとスマホを取り出して俺の隣に並ぶ。自撮りモードにしてスマホを構えた。

 「え、さっき控えてもらいたいとか言ってたくせに」
 「俺はいいの。本人だから」
 「いや、俺の許可は?」
 「約束したじゃん。忘れちゃったの?」

 そういえば、いっぱい写真撮ろうって言われてたな。俺は断ったはずなんだけど。

 「ほら、くっつかないと撮れないよ」

 肩に手を回されて身体がくっつく。横を向けばすぐに音無のきれいな顔があって、俺はあわてて反対方向を向いた。

 「ちゃんとカメラみて」

 またどくどくと心臓が早なる。早く終わらせたくて、渋い顔でカメラを睨みつける。

 「も~変な顔しないでよ。せっかくかわいい顔してるのに」

 文句を言いつつも、音無はうれしそうに笑いながら何枚も写真を撮っていた。

 「ありがとう。宝物にする」
 「どんだけだよ」
 「俺にとっては、大事なものだから」

 撮った写真を愛おしそうに確認してから、満足げに笑ってスマホをしまった。

 あ、この顔ーー音無が時々俺に向けるせつなげな表情。
 なんでこんな顔するんだろうって思ってたけど、今なら、なんとなくわかるかもしれない。きゅっと胸の奥が痛むのを感じたから。

 ***

 「準備前に、時間とらせてごめんね」

 二人で急いで教室に戻っている途中で、音無がぽつりと謝ってきた。強引に俺に迫ってきたかと思えば、その後は絶対に謝ってくる。夏祭りの時も、採寸の時もそうだった。

 「謝んなよ。変に気を遣うな」
 「でも、俺が勝手にーー」
 「本当に嫌な時はちゃんと言う」
 「……うん、ありがとう」

 呆れることもあるしウザいと思うこともあるけど、音無といると居心地がいいしなんだかんだ楽しい。最近はよく胸がざわつくけど、謝られるのはなんか違うと思った。

 「やっぱり、瀬川くんは優しいね」
 「……それだけじゃねぇけどな」
 「ん?」
 「……なんもない」

 俺の音無に対する感情は、友達や他の奴に向けるものとは違う。家族への感情と似ているけど、全く同じじゃない。これを言葉にしていいものか、まだわからない。そんなことを考えながら、慌ただしい教室へと戻った。

 教室内はセピア色の壁紙やクラシックなアンティーク調の家具や食器(誰かがコンセプトに合うものを自宅から持ってきたらしい)で飾られ、真中が書き直した看板も入り口に立てられている。日常を忘れさせる空間ーーとまではいかないけれど、なんとなく落ち着いたモノトーンの雰囲気は醸し出してる。
 だいたいのことは前日のうちに済ませているので、あとは開場を待つのみ。各々、緊張とワクワクが入り混じった様子で最終確認をしている。俺は調理と呼び込み担当なので、メニュー表に目を通していた。

 「やっぱ目立つよな」
 「なんで音無だけ白の燕尾服なんだよ」
 「差別だろ」

 クラスメイトの男子が、冗談っぽく笑いながら衣装係に聞こえるように言っている。

 「生地が足りなかったんだから仕方ないでしょ」

 すかさず衣装係の女子が言い返す。

 「絶対わざとじゃん」
 「イケメンは特別扱いかよ~」

 音無の方をみると、下野相手に笑顔で接客の練習をしていた。さっきのクラスメイトの発言、聞こえているだろうが音無はなにも反応しない。

 「俺はあんな真っ白な服、着こなせる自信ないけどな」

 気づけば声に出していた。しかもわざと声を大きくした。
 本番前に嫌な空気にしたくないとか、あいつがスルーしてるなら俺が口を出すべきじゃないとか。一瞬頭を過ったけれど、声を出した時にすぐに払拭された。

 「音無じゃなきゃ無理でしょ」
 「本当にステキだよね~似合ってる」

 真中が調理に使うアーモンドをつまみ食いしながらだるそうにつぶやき、下野は目の前の音無をまっすぐにみて褒めている。音無は「みんな……」と俺たちひとりひとりを見ながら、驚きつつもうれしそうだ。

 「うん、知ってる。俺じゃなきゃ浮いちゃうよね」

 冗談ぽくハハハと笑っている音無に対して、クラスメイトの男子は「いいよな~イケメンは」と皮肉と羨望の眼差しを向けている。そこへ女子が「もう開場時間だから、位置について」と男子の尻たたきをして、その場はおさまった。

 「相変わらず、うぜぇな」

 落ち着いた空間の中で一際輝いているあいつをみながら、俺はふっと口元をゆるめた。

 ***

 執事喫茶がオープンし、瞬く間に行列ができた。開場前に音無の写真を撮った誰かがSNSにのせたらしい。ご丁寧に、#純白の王子様 #高校の文化祭 #1-3執事喫茶 とハッシュタグをつけているので、そのSNSを見た人たちが押し寄せたらしい。想定外の来客数に、俺たちはてんやわんやで、裏方に徹するつもりだった俺も急遽接客に回ることになった。

 「お、おかえりなさいませ…おじょうさま。本日も無事の……お帰りを、心よりお待ち申し上げておりました。こちらのお席へどうぞ」

 緊張と暑さで額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら、手元のカンペを見てぎこちなく席へ案内する。客である母親と娘らしき二人は、俺の棒読みの接客にも嫌な顔はせずにこにこ笑ってくれている。気を遣われているのだろうか。ただでさえ執事の格好なんて恥ずかしくて嫌なのに、接客までする羽目になるなんて。早く裏方に戻りたい。注文を取り裏方(調理する場所)へ戻ると殺伐としており、優雅なクラッシックが流れている席の方とは真逆だった。調理係のリーダーである女子に注文用紙をわたすと、きびきびと指示を送りドリンクやフードが効率よく作られていき、俺はそれを手に配膳する。

 「お待たせいたしました。”碧落(へきらく)のしずく~追憶のバタフライソーダ~”と……”秘密の花園~アフタヌーン・マカロンプレート~”でございます」

 俺がメニュー表作りを担当したので、スマホのAIにおしゃれな商品名を考えてもらい適当に決めた。長々しくて覚えるのが大変そうだと思ったけれど、執事喫茶っぽいと女子に好評だったし、俺が接客するわけじゃないからいいかと思ったのに。まさか自分が商品名を口にすることになるなんて、本当に恥ずかしい。しかも、”碧落(へきらく)のしずく”はお客さんの前でレモン果汁を注ぎ、青から紫に色を変えるという演出がある。執事っぽく優雅に注がなくてはならず、そんな練習をしていなかった俺は、どうしてもぎこちなくなってしまい、こぼさずに注ぐだけで精一杯だった。裏へ戻る時に感嘆のため息が聞こえ、そちらを見ると音無が優雅に紅茶を注いでいるところだった。執事っぽくなるように、所作やセリフや笑顔を練習したと言っていたからそれが見事に発揮されている。音無のビジュアルのよさも相まって、女性陣は音無に釘付けだ。写真や動画は撮らないでくださいと注意喚起しているにも関わらず、勝手にスマホを向けて撮っている人もいる。見つけるたびにやんわりと注意はしているが、撮影する人が後を絶たない。男の俺でもドキドキしてしまう王子様ビジュの音無をスマホにおさめたい気持ちもわからないでもないけれど、そのせいで音無がなにかトラブルに巻き込まれるのは絶対に避けたい。そんなことを思いながら、なんとか接客をこなしていると見覚えのあるピンク髪が席に着いた。

 (あ、あいつは……!)

 カラオケで絡んできた海東(かいとう)響(ひびき)とその友達だ。

 「瀬川ー、次のお客さんいける?」
 「お、おう」

 配膳係のリーダーに呼ばれて新しく来店した客の接客を任された。俺はその客の相手をしながら、海東たちの様子をちらちらと確認する。

 (何しに来たんだよ。俺に嫌がらせでもするつもりか?)

 注文を取り裏に戻る時、海東は隣のテーブルで片付けをしている女子に声をかけていた。黒髪ロングで男子に人気がある坂本さんだ。注文用紙を調理係にわたしてから、海東の様子が気になり裏から顔を出す。どうやら、坂本さんにしつこく絡んでいるようだ。坂本さんも迷惑そうにしながら、周りにSOSの視線を送っている。

 (クソが!)

 海東の元へ向かおうとしたその時、純白の燕尾服に身を包んだ音無が颯爽と現れて坂本さんと海東の間に割って入る。坂本さんの肩に触れている海東の手を取り、軽くひねって引き剥がした。

 「イテテ、なにすんだよ! 客に乱暴すんのかよ! って、お前、瀬川のーー!?」
 「ごめーん、誰だっけ? クズの顔なんていちいち覚えてないからさ」

 音無は冷笑しながら鋭い視線を海東たちに向けている。周囲もざわつき始め、視線が海東たちに集中し、スマホを向ける人も現れた。さすがに、冷ややかな視線に耐えられなくなったのか「覚えてろよ」と捨て台詞を吐いて慌てて逃げて行ってしまった。

 「みなさま、お騒がせしてすみません。引き続き、癒しのひと時をお楽しみください」

 にっこりと営業スマイルをみせて深々とお辞儀する音無。不穏な空気は払拭されて、店内には再び優雅な時間が流れ出す。すげぇ、トラブル時のフォローまで完璧だ。絡まれていた坂本さんに心配そうに声をかける音無の元へすぐに向かった。

 「大丈夫かよ? さっきの、あいつらだよな? 変なことされなかったか? この前のことやり返しに来たんじゃねぇの?」

 矢継ぎ早に質問する俺に、音無は一瞬きょとんとしたがすぐにクスクスと小さく笑いだす。

 「そんな一気に聞かれても困るんだけど」
 「あ……悪い」
 「大丈夫だよ。瀬川くんのことは関係ないみたいだったから。接客に戻って」

 いつもの穏やかな音無に戻っていて安心した。音無は、坂本さんと連れだって裏へ行ってしまった。坂本さんはずっと惚けて音無を見つめていた。

 (海東たちを一蹴したのに、なんかまた、モヤモヤしてきた……)

 俺はすぐに調理係に呼ばれて配膳に戻った。

 ***

 客足は、昼を過ぎたころから徐々に落ち着き始め、俺は本来の持ち場である裏方に戻ることができた。紙皿やプラコップを片付けてテーブルを拭く。ふと、さっきの出来事が頭に浮かぶ。海東たちから坂本さんを軽々と助けるなんて、本物の王子様みたいだ。穏やかで優しいだけじゃない、強くてどこか余裕があってそんなギャップも魅力的で。俺だけが知っていればよかったのに。そしたら、坂本さんも音無に見惚れなかったかもしれない。
 教室の窓際のテーブルを片付けている音無が目に入る。そこへ、坂本さんがやってきて二人で微笑みながらテーブルを拭いている。モヤモヤが心の中にじわりと重く広がっていく。

 「かっこよかったよな~あれは俺でも惚れるわ」

 ふと、真中に話しかけられた。真中の視線の先は音無と坂本さん。

 「だよな……」

 俺も、ゆっくりと視線を二人に戻す。音無が、坂本さんが持っていた紙コップと皿をひょいっと奪い、それを裏まで持っていく。坂本さんは、一瞬驚いていたが、うれしそうに音無の後をひょこひょこついていった。

 「気になる?」
 「はぁ? べつに……」
 「怖い顔してずっと見てるから、やきもち焼いてんのかと思ったわ」
 「俺は元々こんな顔だ」

 真中はケラッと笑いながら眉間を指さし、そそくさと裏へ戻っていった。
 音無が坂本さんと親し気にしているとモヤモヤする。採寸の時もモヤモヤを感じたけれど、今回の方がモヤモヤが大きく重くのしかかっている感じがする。自分でもごまかせないくらい広がって、態度にもでるようになった。
 真中の言う通り、俺は坂本さんに嫉妬している。自分がこんな黒い感情を持っているなんて知らなかった。嫌だな、ださすぎる。自分じゃないみたいだ。テーブルを拭いている布巾をぎゅっと握り締める。「すみませーん」と背後から客に呼ばれて、ハッとした。

 「あ、はい。今いきますね」

 一呼吸置いてから、客の元へ向かった。