【長編】正義感がつよすぎるせっかちくんとちょいウザ イケメンなおっとりくん

 夏休みは、真中と夜通しモンハンをして、昼まで寝て。時々、音無や下野と買い物に行ったり、図書館で宿題をしたりした。野球部だった去年とはまるで違う夏だった。友達と遊んで笑って、それだけで毎日があっという間に過ぎていった。
 そして、新学期が始まった。蝉の声は減ったがまだまだ残暑が厳しく、夏休み前と同じように俺たちはクーラーの効いた教室に入り浸っている。いつもの、変わらない日常が始まった。

 ただ、気になることが一つ。

 「瀬川くん、おはよう」

 教室の自席でリュックを片付けていると、登校してきた音無が爽やかな笑顔で俺の席までやってきた。朝っぱらからキラキラとイケメンオーラを放っている。まぶしい、そしてウザい。

 「今日さ、文化祭の催し物決めるんだって」
 「へぇ~食い物がいいな。焼肉とかステーキとか」
 「がっつりすぎる。予算オーバーだね」
 「ん~百歩譲って焼き鳥。鶏肉なら安いしヘルシーじゃね?」
 「全然譲ってないし結局肉じゃん。もっと老若男女が楽しめるものにしなきゃ」
 「じゃあ、お前はなにがいいんだよ」
 「フォトスポットとかよくない? 写真ならみんな撮るし、予算内におさまりそう」
 「映えかよ。そんなんで腹は満たされないぞ」

 呆れたようにため息をつく音無。そこへ下野がやってきた。

 「ぼくは、体験型の展示がいいと思う。プラネタリウムとかゲームセンターとか」
 「いいね! そこにフォトスポットとか作ってーー」
 「うんうん。コンセプトとか決めて飾りつけもして」

 盛り上がる二人を頬杖をついて眺めていると、いつの間にかやってきた真中が話に割って入ってきた。

 「カジノ!! カジノ一択!!」
 「違法だろ」

 下野は真中に呆れ、音無は楽し気に笑っている。四人でいる時はいつもと変わらない音無だが、ふと目が合うとじっと見つめてきたり、意味もなく身体に触れてきたりする。そのたびに、心臓が少しだけ跳ねる。

 夏祭りの夜、耳元で囁かれた言葉が、今さらになって頭の中で何度も繰り返される。

 『これからは、遠慮しなくてもいいってこと?』

 ……考えてもわからない。わからないのに、なぜか頭から離れなかった。

 ***

 「おかえりなさいませ、おぼっちゃま」

 にっこりと営業用スマイルを浮かべて頭を下げる音無。

 「ノリノリじゃん」
 「音無くんにぴったりだね」
 
 微笑する音無に、周りの女子が色めきだっている。
 さっきのホームルームで、クラスの催し物は執事喫茶に決まった。女子の票が集中したらしい。俺も焼き鳥屋を提案し、一部の男子からはウケがよかったが三票しか入らなかった。役割を決める際も、執事役は音無がいいと女子からの強い推薦により決定した。俺も執事役に回されそうになったが、ガラじゃないので裏方(呼び込みや調理)に回ることにした。下野は看板係、寝ていた真中は搬入係にされてしまった。衣装係が張り切って男子全員分の燕尾服を作ると言い出し、当日は男子全員燕尾服を着ることになってしまった。小さいころからコスプレみたいなのが嫌で、学芸会の衣装を着るのも恥ずかしかった。他人が着ている分には何とも思わないけど、自分の燕尾服姿を想像しただけで萎える。

 「瀬川くんの燕尾服姿、楽しみだな~」

 俺の気持ちを他所に、なぜかワクワクしている音無。からかうつもりだろうか。

 「いっぱい写真撮ろうね」
 「絶対いや」
 「え~~~」

 残念そうに苦笑する音無に、衣装係から声がかかる。今から採寸をするようで、男子が順番に衣装係の元へいく。肩幅や腕の長さ、足の長さなど、あらゆる箇所をメジャーで計っている。その間、音無はまっすぐ立ったまま、衣装係の女子と楽しそうに雑談している。距離が異様に近い。採寸しているんだから仕方ないんだけど、なんかモヤモヤする。

 「次、瀬川きてー」
 「おー」

 俺も衣装係に呼ばれた。俺の採寸をしてくれるのは、男子の衣装係だ。

 「へぇ~瀬川って意外とがっちりしてんだな」
 「おぉ、野球部だったから。ケツとか硬いぞ」
 「え、うわ、ガチだ。すげー筋肉」

 尻を揉まれながら談笑していたら、採寸がおわったらしい音無がぬっと現れた。

 「セクハラはやめてくださーい」

 またあの顔(顔は笑っているのに目は笑っていない)をして、俺を衣装係から引き剝がした。

 「え、まだおわってないんだけど」

 音無は衣装係からスッとメジャーを奪い、「瀬川くんの採寸、俺が代わるね。さっき採寸してもらったから手順わかったし」と言って、隣の空き教室に俺を誘導する。掴まれている手首にぐっと力が込められる。やっぱ怒ってる?空き教室に入り戸を閉めると、音無はため息をついて俺に頭を下げた。

 「……ごめん」
 「なんで謝んだよ」
 「……割って入って邪魔しちゃったから」
 「べつに、邪魔じゃなかったけど」

 音無は黙って俺の採寸を始めた。空き教室は静かで、音無がメジャーを引っ張る音しかしない。隣の教室には、文化祭準備でガヤガヤしている生徒たち。その声がやけに響いて聞こえる。

 「……どうしても嫌だったんだよね」

 音無がぽつりと呟く。俺はその声に顔を上げた。

 「瀬川くんが他の奴にべたべた触られてるのが」
 「……あ、」
 「ん?」
 「俺もさっき、音無が女子にーー」

 話している途中でハッとして口を噤む。俺は何を言おうとした?

 「え、なになに?」

 音無が採寸している手を止めて興味津々に顔をのぞき込んできた。

 「な、なんでもない」
 「え~気になるじゃん」
 
 何度も問い詰めてくる音無に、「しつこい」と一蹴して俺はさっさと空き教室をでた。
 俺も、音無が女子に触られているのをみてモヤモヤしてしまった。自分でも意味がわからないけど、もしかしてこれが、嫉妬ってやつなのかもしれない。胸の中でよくない感情が渦巻いて戸惑っている。音無も、俺と同じ感情なんだろうか。

 ***

 文化祭二週間前になり、いよいよ本格的に準備が始まった。授業が全ておわった放課後に、ジャージに着替えて小道具や装飾品などを作成する。この期間は部活も自由参加になるが、秋季大会などに参加する部はそちらを優先するし、塾や習い事など用事がある生徒もいるのでクラス全員が準備に参加するわけではない。俺たちはもちろん暇を持て余しているので、できるだけ参加するようにはしている。

 「真中がいる」

 いつも一目散に帰宅する真中が、今日はジャージに着替えていた。準備に参加しているクラスメイトたちは怪訝な顔をして真中をみている。俺たちは真中の気まぐれに慣れているので特に気にすることもなく作業の続きに取りかかる。

 「真中くん、これ塗ってね」

 看板係の下野が、下書きをしたものとペンキを真中に手渡す。執事喫茶ということで、それらしいフォントをみながら、下野が一生懸命に下書きをしたものだ。

 「くれぐれもはみ出さないように、慎重にね」

 真中はそれを受け取ってまじまじと下書きをみた。

 「すげー。下野が書いたの? 俺なんかに色塗り任せていいのか?」

 下野は少し照れくさそうにしながら、

 「ま、真中くんは仕事与えないといつの間にか帰っちゃうでしょ。色塗りなら集中するからすぐには帰れないし」
 「……お前、そんなに俺と一緒に作業したかったのかよ」
 「はぁ? 違うよ! 人手が足りないからだよ!」
 「わかってるって。んなムキになんなよ」
 「なってない! おしゃべりはいいから、さっさと手を動かして!」
 「へいへ~い」

 俺は音無と顔を見合わせて苦笑する。下野がこんなにも感情をむき出しにして怒るのは真中くらいで、それだけ気をゆるしているということ。真中もそれをわかっているから、下野をからかうような発言をする。相性がいいのだろう。

 「下野くん、声が生き生きしてる。うれしそうだね」
 「下野が看板作りがんばってるって真中に昨日言っといた」
 「すぐに手伝いにきてくれるなんて、真中くんも優しいよね」

 俺と音無はこの二人を微笑ましく見守りつつ、自分の作業(俺はメニュー表作り、音無は飾りつけの買い出し)に取りかかる。そして2時間後、そろそろ今日の準備作業をおえて帰ろうかという頃に事件が起きた。

 「ぎゃーーーー!!!!!」

 断末魔のような下野の叫び声に、帰り支度をしていた俺たちは急いで駆け寄る。他のクラスメイトもわらわらと下野の元へやってくる。

 「な、なにこれ……」

 看板をみてわなわなと震えている。下野の背後から覗き込むとーー

 「……えぇ」

 下野が下書きをした格式高そうなフォントの看板は、全く違うものになっていた。まるでお化け屋敷の看板のようにおどろおどろしいフォントで執事喫茶と書いてあり、赤い血がしたたり落ちて、怪しげな手形や、ムンクの叫びみたいなお化けの絵が描かれてあった。

 「インパクトが大事だからさ、ちょっと改良しようとしたらこんなことになっちゃって……」

 ごめんと謝りながら指で頬を掻く真中。下野は振り返り、キッと真中を睨みつけている。

 「やり直すんだよね!?」
 「え? あ~これはこれで味があるし、このままでもいいんじゃないかな~」
 「やり直すんでしょ!?」
 「あ……はい、やり直します」

 下野の圧に逆らえなかった真中は、観念したように頷いて下野にぺこぺこ頭を下げている。

 「珍しくやる気だしてると思ったらこんなことに……」
 「下野くん、一生懸命下書きしてたのに……」

 下野に憐みの目を向けていたら、当の本人はすぐに切り替えてちゃっちゃと真中に指示を出していた。真中の扱い方を一番わかっている。さすが下野。
 真中もさすがに悪いと思っているのか、翌日も遅くまで残って作業し、下野の指示通りになんとか看板を完成させた。完成した看板を見てホッとする下野。

 「一時はどうなるかと思ったよ」
 「みたか、俺の実力」
 「調子にのらないでよ。真中くんにはこれから毎日、準備手伝ってもらうからね」
 「だるっ」

 下野の尻に敷かれ始めている真中をみて、俺も音無もおもわず笑ってしまった。