制服が半袖になったと思ったら梅雨の季節に入り、真中がトイレの鏡の前で唸るようになった。真中の天パが復活しそうになっているからだ。湿気と髪が伸びてきたせいで根本が少しうねっている。そこまで気にしなくてもいいと伝えたけど、本人にとっては大問題なようで、ストパーの費用を捻出すべくあれこれと策を練っていた。そんな日々をすごしているうちに一か月が経ち、一学期最大の関門・期末テストもなんとか無事に終わり、授業も午前中だけになった。もうすぐ夏休み、生徒はみんな浮足立っている。かくいう俺も、夏休みが楽しみだ。
「瀬川くーん」
「おう」
帰りの支度をしてカバンを持った音無が俺の席に来た。俺もカバンを手に、音無と並んで教室を出る。下野は担任に呼ばれてるからと職員室に行ってしまった。真中はいつの間にか教室から消えていた。推しの配信者がーとか言ってたから、生配信を家でゆっくり見るために帰ったのかもしれない。
「あつい~~~」
音無がカバンからハンディファンを取り出して起動させた。廊下に出た途端、むわっとした熱気が肌にまとわりつく。クーラーがきいていた教室が天国のように感じられる。
「帰りにコンビニ寄っていい?」
「おう」
俺にもハンディファンの風をあてながらシャツの胸元をパタパタさせている。
「瀬川くん、暑くないの?」
「暑いにきまってんだろ」
「涼しい顔してるじゃん」
「はぁ? めっちゃ汗かいてるだろ」
音無は俺の汗だくの顔をみて「ほんとだ」と今更気づき、タオルを取り出して俺の顔にポンポンあててきた。
「いや、マネージャーか」
「特別料金支払ってくれるなら、瀬川くんの専属になってあげてもいいよ?」
「遠慮しときます。高そうなんで」
「じゃあ特別に、ほっぺにチューでもしてくれたら考えてあげてもいいけど」
冗談めかして自分の頬をつんつんしてアピールしてくる音無。もちろん本気にしてないのはわかってる。ほっぺにチューって、俺にも音無にもメリットがないし、これもいつものノリだろう。
俺は少し考えてから、音無のおふざけにのってやることにした。
「お望み通り、ほっぺにチューしてやるよ」
話しながら歩いて、ちょうど下駄箱についた時だった。俺は、音無の肩に手を置いて少し背伸びをする。音無は驚いて目を見開いた。その瞬間、音無の頬にぶすっと人差し指をめり込んでやった。
「いひゃい、つめ、爪が刺さってゆ」
音無の、眉を下げて情けない顔をみてふっと笑い、指を引っ込めて素早く靴を履き替えた。音無は頬に手を当てて目を細め、恨めしそうに俺を見ている。
「暑いんだからさっさといくぞー」
「瀬川くんのドエスー!!」
下駄箱に音無を置き去りにしてさっさと生徒玄関を出た。音無は慌てて俺を追いかけてきて、仕返しとばかりにドンッと肩をぶつけてきた。俺も肩をぶつけ返す。そんなことをしながら最寄りのコンビニまで歩いていたら、到着した頃には二人とも汗だくになっていた。
「はぁ、暑い……早く涼みたい」
「俺もアイス食いたい」
言うが早いか、二人でコンビニの自動ドアに駆け込んだ。冷房の効いた空気が肌に心地よく染みわたる。
「じゃーん!」
音無がノリノリでスマホ画面をみせてきた。
「さっき無料クーポン当たったから、瀬川くんにもわけてあげる」
スマホには『アイス1個 無料 引き換えクーポン』と表示されている。しかも、ハーゲンダッツ! ハーゲンダッツなんて高くてなかなか買えないのに、それを無料で食べれるなんて!
「神か!」
「もっと崇めて」
音無はふふんと得意げに鼻をならして、レジにアイスを持っていきスマホ画面を店員にみせる。スプーンを2個もらって、意気揚々とイートインスペースの席についた。カップのフタを開けると、真っ白なバニラアイスが顔を出す。
「お先にどうぞ」
アイスを差し出されたけれど、クーポンを当てたのは音無なんだから、ここは俺が先に食べちゃだめだろう。
「いやいや、どうぞどうぞ」
「いやいやいや、どうぞどうぞ」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「ーーって、溶けるわ!」
俺はしびれを切らしてスプーンでアイスをすくい(既に少しやわらかくなっている)音無の口元にもっていった。
「お前が食わなきゃ俺が食えない」
音無は戸惑いながら俺とスプーンを交互にみて少し頬を赤らめる。
「……ひとくちめは、瀬川くんに譲るよ」
「なに言ってんだよ。遠慮する意味が分からん」
音無は観念したようにおずおずと口を開く。俺は、そこにアイスを運んでやった。
「うまいか?」
「……うん、おいしいけど、ちょっと恥ずかしい」
音無は恥ずかしそうに目を伏せる。俺はそこでやっと気づいた。俺が音無に食べさせる形になってしまったので、音無は恥ずかしかったんだ。俺はアイスが溶けてしまうことを気にして、そんなこと考えていなかった。
「……なんか俺も恥ずかしくなってきた」
無意識とはいえ、小さな子供にするような行為を同級生にしてしまった。俺もつられて顔が熱くなる。
「ちょ、瀬川くんまで照れないでよ」
「うるせー」
照れ隠しにバクバクとアイスを口に放り込む。
「それ、俺が口つけたやつ……」
「あ……」
「スプーン2つもらった意味が」
「べつに俺は気にしないけど」
音無は頬を赤らめたままで、なぜか少しうれしそうに笑う。
「合宿の時もこんなことあったよね」
「そうだっけ?」
「あ、アイス食べ過ぎ」
「え、お前もさっさと食え」
「俺のアイスなんだけど」
ほぼアイスを食べてしまった俺を、呆れ顔でみる音無。やばい、さすがに食いすぎた。俺は話題を変えようと目についたポスターを指さす。
「夏祭りだって」
アイスを食べきった音無は俺の指さす方へ視線を移す。
「あーそういえば、毎年やってるよね」
8月に近くの神社でやってる夏祭り。いろんな屋台が出て、近くの広場では盆踊りや打ち上げ花火もして、地元ではけっこう有名な祭りだ。
「久しぶりに行きたいかも」
音無がぽつりと呟いた。
「いくか?」
「いいの?」
「ヒマだし」
「ふふっ、ありがとう。楽しみ」
さっきまで呆れ顔だったのに、今はすごくうれしそうだ。出会った頃は貼り付けたような笑顔しか見られなかったのに、最近は心の底から笑っているような気がする。なにが音無をこんな風に変えたのかはわからないけれど、楽しそうにしているなら俺も安心だ。笑顔の音無をみると俺もうれしくなる。
「みんなにも声かけようね」
「おう」
アイスを食べて十分涼んだのでそろそろ帰ろうかと席を立ったところで、空がゴロゴロと鳴り始めた。みるみるうちに外が薄暗く灰色になったと思ったら、突然勢いよく雨が降り始めた、ゲリラ豪雨だ。俺は音無と顔を見合わせてげんなりする。
「傘ある?」
「ない」
「すぐ止むかな?」
「うーん……」
空を見上げていたら音無が突然コンビニの端の方へ行き、なにかを取ってきた。その手にはビニール傘が握られている。それをレジに持っていき、会計をしてすぐに俺の元へ戻ってきた。
「これで帰れる」
「いくらだった?」
「600円くらい?」
俺がカバンから財布を取り出すと、音無はふるふると首を振る。
「次は瀬川くんの傘に入れてね」
「……ありがとう」
そう言って外に出て傘を差した。スマートすぎるだろ。音無がモテる理由はこういうところにあるんだろうな。相手に気を遣わせずに優しさを出してくる。普段はちょっとウザいのに、このギャップはずるいよな。
傘を差して待っている音無の隣に遠慮がちに入る。
「お邪魔しまーす」
さっきまで土砂降りだった雨は、もう小降りになっていた。二人で一本の傘に入って駅までの道を歩く。歩くたびに肩がぶつかるので、俺は少し音無と距離を取った。
「濡れるよ」
すぐさま、音無に肩を抱かれて傘の中へ引き戻される。近い。音無の匂いや息遣いまで感じられる。近すぎてドキドキしてきた。隣にいるのは音無なのに、俺、緊張してる?
音無もなぜかしゃべらない。あれだけしゃべってたのに急に静かになるから調子が狂う。俺は気まずさを払拭するために口を開いた。
「……音無ってさ、誰にでも優しいよな」
音無が一瞬だけ寂しそうな表情をした。
「……そう見える?」
「みえる」
「……そっか」
なぜ寂しそうな顔をしているのかわからないけど、なんとなくそれ以上は踏み込めなかった。
「優しいのは瀬川くんでしょ?」
「俺?」
「口は悪いけどね」
「ひとこと多いわ」
いつもの雰囲気になったところで駅に着いた。俺が傘から出ると音無は傘を閉じた。肩がくっついていた時は緊張していたのに、離れてしまうとなぜか名残惜しい。
「うん?」
俺がじっと傘を見つめていると、音無が不思議そうに首を傾げた。
「いや、入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」
今はこの感情をうまく説明できそうにないけど、そっと胸に留めておこうと思う。
「瀬川くーん」
「おう」
帰りの支度をしてカバンを持った音無が俺の席に来た。俺もカバンを手に、音無と並んで教室を出る。下野は担任に呼ばれてるからと職員室に行ってしまった。真中はいつの間にか教室から消えていた。推しの配信者がーとか言ってたから、生配信を家でゆっくり見るために帰ったのかもしれない。
「あつい~~~」
音無がカバンからハンディファンを取り出して起動させた。廊下に出た途端、むわっとした熱気が肌にまとわりつく。クーラーがきいていた教室が天国のように感じられる。
「帰りにコンビニ寄っていい?」
「おう」
俺にもハンディファンの風をあてながらシャツの胸元をパタパタさせている。
「瀬川くん、暑くないの?」
「暑いにきまってんだろ」
「涼しい顔してるじゃん」
「はぁ? めっちゃ汗かいてるだろ」
音無は俺の汗だくの顔をみて「ほんとだ」と今更気づき、タオルを取り出して俺の顔にポンポンあててきた。
「いや、マネージャーか」
「特別料金支払ってくれるなら、瀬川くんの専属になってあげてもいいよ?」
「遠慮しときます。高そうなんで」
「じゃあ特別に、ほっぺにチューでもしてくれたら考えてあげてもいいけど」
冗談めかして自分の頬をつんつんしてアピールしてくる音無。もちろん本気にしてないのはわかってる。ほっぺにチューって、俺にも音無にもメリットがないし、これもいつものノリだろう。
俺は少し考えてから、音無のおふざけにのってやることにした。
「お望み通り、ほっぺにチューしてやるよ」
話しながら歩いて、ちょうど下駄箱についた時だった。俺は、音無の肩に手を置いて少し背伸びをする。音無は驚いて目を見開いた。その瞬間、音無の頬にぶすっと人差し指をめり込んでやった。
「いひゃい、つめ、爪が刺さってゆ」
音無の、眉を下げて情けない顔をみてふっと笑い、指を引っ込めて素早く靴を履き替えた。音無は頬に手を当てて目を細め、恨めしそうに俺を見ている。
「暑いんだからさっさといくぞー」
「瀬川くんのドエスー!!」
下駄箱に音無を置き去りにしてさっさと生徒玄関を出た。音無は慌てて俺を追いかけてきて、仕返しとばかりにドンッと肩をぶつけてきた。俺も肩をぶつけ返す。そんなことをしながら最寄りのコンビニまで歩いていたら、到着した頃には二人とも汗だくになっていた。
「はぁ、暑い……早く涼みたい」
「俺もアイス食いたい」
言うが早いか、二人でコンビニの自動ドアに駆け込んだ。冷房の効いた空気が肌に心地よく染みわたる。
「じゃーん!」
音無がノリノリでスマホ画面をみせてきた。
「さっき無料クーポン当たったから、瀬川くんにもわけてあげる」
スマホには『アイス1個 無料 引き換えクーポン』と表示されている。しかも、ハーゲンダッツ! ハーゲンダッツなんて高くてなかなか買えないのに、それを無料で食べれるなんて!
「神か!」
「もっと崇めて」
音無はふふんと得意げに鼻をならして、レジにアイスを持っていきスマホ画面を店員にみせる。スプーンを2個もらって、意気揚々とイートインスペースの席についた。カップのフタを開けると、真っ白なバニラアイスが顔を出す。
「お先にどうぞ」
アイスを差し出されたけれど、クーポンを当てたのは音無なんだから、ここは俺が先に食べちゃだめだろう。
「いやいや、どうぞどうぞ」
「いやいやいや、どうぞどうぞ」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「ーーって、溶けるわ!」
俺はしびれを切らしてスプーンでアイスをすくい(既に少しやわらかくなっている)音無の口元にもっていった。
「お前が食わなきゃ俺が食えない」
音無は戸惑いながら俺とスプーンを交互にみて少し頬を赤らめる。
「……ひとくちめは、瀬川くんに譲るよ」
「なに言ってんだよ。遠慮する意味が分からん」
音無は観念したようにおずおずと口を開く。俺は、そこにアイスを運んでやった。
「うまいか?」
「……うん、おいしいけど、ちょっと恥ずかしい」
音無は恥ずかしそうに目を伏せる。俺はそこでやっと気づいた。俺が音無に食べさせる形になってしまったので、音無は恥ずかしかったんだ。俺はアイスが溶けてしまうことを気にして、そんなこと考えていなかった。
「……なんか俺も恥ずかしくなってきた」
無意識とはいえ、小さな子供にするような行為を同級生にしてしまった。俺もつられて顔が熱くなる。
「ちょ、瀬川くんまで照れないでよ」
「うるせー」
照れ隠しにバクバクとアイスを口に放り込む。
「それ、俺が口つけたやつ……」
「あ……」
「スプーン2つもらった意味が」
「べつに俺は気にしないけど」
音無は頬を赤らめたままで、なぜか少しうれしそうに笑う。
「合宿の時もこんなことあったよね」
「そうだっけ?」
「あ、アイス食べ過ぎ」
「え、お前もさっさと食え」
「俺のアイスなんだけど」
ほぼアイスを食べてしまった俺を、呆れ顔でみる音無。やばい、さすがに食いすぎた。俺は話題を変えようと目についたポスターを指さす。
「夏祭りだって」
アイスを食べきった音無は俺の指さす方へ視線を移す。
「あーそういえば、毎年やってるよね」
8月に近くの神社でやってる夏祭り。いろんな屋台が出て、近くの広場では盆踊りや打ち上げ花火もして、地元ではけっこう有名な祭りだ。
「久しぶりに行きたいかも」
音無がぽつりと呟いた。
「いくか?」
「いいの?」
「ヒマだし」
「ふふっ、ありがとう。楽しみ」
さっきまで呆れ顔だったのに、今はすごくうれしそうだ。出会った頃は貼り付けたような笑顔しか見られなかったのに、最近は心の底から笑っているような気がする。なにが音無をこんな風に変えたのかはわからないけれど、楽しそうにしているなら俺も安心だ。笑顔の音無をみると俺もうれしくなる。
「みんなにも声かけようね」
「おう」
アイスを食べて十分涼んだのでそろそろ帰ろうかと席を立ったところで、空がゴロゴロと鳴り始めた。みるみるうちに外が薄暗く灰色になったと思ったら、突然勢いよく雨が降り始めた、ゲリラ豪雨だ。俺は音無と顔を見合わせてげんなりする。
「傘ある?」
「ない」
「すぐ止むかな?」
「うーん……」
空を見上げていたら音無が突然コンビニの端の方へ行き、なにかを取ってきた。その手にはビニール傘が握られている。それをレジに持っていき、会計をしてすぐに俺の元へ戻ってきた。
「これで帰れる」
「いくらだった?」
「600円くらい?」
俺がカバンから財布を取り出すと、音無はふるふると首を振る。
「次は瀬川くんの傘に入れてね」
「……ありがとう」
そう言って外に出て傘を差した。スマートすぎるだろ。音無がモテる理由はこういうところにあるんだろうな。相手に気を遣わせずに優しさを出してくる。普段はちょっとウザいのに、このギャップはずるいよな。
傘を差して待っている音無の隣に遠慮がちに入る。
「お邪魔しまーす」
さっきまで土砂降りだった雨は、もう小降りになっていた。二人で一本の傘に入って駅までの道を歩く。歩くたびに肩がぶつかるので、俺は少し音無と距離を取った。
「濡れるよ」
すぐさま、音無に肩を抱かれて傘の中へ引き戻される。近い。音無の匂いや息遣いまで感じられる。近すぎてドキドキしてきた。隣にいるのは音無なのに、俺、緊張してる?
音無もなぜかしゃべらない。あれだけしゃべってたのに急に静かになるから調子が狂う。俺は気まずさを払拭するために口を開いた。
「……音無ってさ、誰にでも優しいよな」
音無が一瞬だけ寂しそうな表情をした。
「……そう見える?」
「みえる」
「……そっか」
なぜ寂しそうな顔をしているのかわからないけど、なんとなくそれ以上は踏み込めなかった。
「優しいのは瀬川くんでしょ?」
「俺?」
「口は悪いけどね」
「ひとこと多いわ」
いつもの雰囲気になったところで駅に着いた。俺が傘から出ると音無は傘を閉じた。肩がくっついていた時は緊張していたのに、離れてしまうとなぜか名残惜しい。
「うん?」
俺がじっと傘を見つめていると、音無が不思議そうに首を傾げた。
「いや、入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」
今はこの感情をうまく説明できそうにないけど、そっと胸に留めておこうと思う。



