聴かせてよ、君の声を。


 とあるカフェにて。

 綺麗な焼き色をしたふわふわだがシンプルな、二段重ねのパンケーキ。メイプルシロップの独特な甘い香りが漂う中、透明なティーポットから白いティーカップに注がれていく琥珀色の紅茶に、自然と目がいく。

「ここのパンケーキ、すごくおいしいって女の子たちが教えてくれたんだけど、男子だけで入るのはちょっと勇気がいるかもね」

 確かに、学校帰りの男子高校生がふたりで入る場所ではなかったかもしれない。詩音もネットで見て気になってはいたのだが、まだ実際に行ったことはなかった。雑談配信でいつだったか話したことがあった気もする。

(いつか行ってみたいとは思ってたけど……思ってた以上に女性客しかいない!)

 姉の寧々は甘いモノがあんまり得意ではないため、兄の彰人と一緒に行こうと思っていたわけだが、まさか弥玖と来ることになるとは想像すらしていなかった。

(……それにしても結城くん、なんで俺なんかを誘ってくれたんだろう)

 どこか含みのある笑みを浮かべ、じっとこちらを見つめてくる弥玖。詩音はその視線に耐えきれず、数秒後にはパンケーキの方に目を逸らしてしまう。

「女性客しかいないのは、店員さんがかっこいい人ばかりだからかな?」
「……そ、そうかも?」

 弥玖は一見いつも通りに見えるが、なんだか心ここに在らずというか。表情が憂いを帯びているというか。とにかく普段の余裕のある感じではなかった。そんな雰囲気も相まってか、その整った顔立ちにプラスしてアンニュイ度が増して見える。

 そのせいかどうかは定かではないが、女性客たちの視線が詩音たちのテーブルに注がれている気がしてならない。

(みんな結城くんを見てるんだろうけど、僕まで見られているような錯覚が……)

 弥玖が言うように、男子高校生二人で入るにはかなり勇気がいる可愛らしい内装のカフェだった。外観はシンプルな白壁だが、お洒落な扉と照明が特徴的で、詩音は入るのを躊躇い店の入り口で思わず足が止まってしまったくらいだ。

 そんな様子に気付いた弥玖の指先が詩音の左手をそっと掴み、自然と入り口にあるレジの前へと促される。触れ合う指先に戸惑う間もなく、元気な声と明るい笑顔で店員のお兄さんが迎え入れてくれ、二人を空いている席に案内してくれたのだ。

 メニュー表と数分にらめっこをした後、何種類もあるパンケーキの中から迷いに迷った結果、一番ノーマルなものを選ぶ。その間、弥玖はなにか言うでもなく詩音をただじっと見つめてくるので、余計に焦ってしまったのだ。

 食べてみれば、ふわふわした生地とお好みでかける追いメープルシロップが最高で、一緒に頼んだ紅茶がパンケーキの甘さにちょうど良かった。

「今日は付き合ってくれてありがとう」

 え? と詩音は思わず顔を上げる。視線が合う。弥玖はなんとも言えない複雑な表情を浮かべていて、詩音はやはり自分なんかと一緒に来たことを後悔しているのだろうと思った。

 気の利いた会話などできないし、弥玖が普段どのようなことに興味があるのかも、友だちとどんな話で盛り上がっているのかも知らない。

 だんだんと暗い顔になっていく詩音が何を考えているのかを察したようで、

「そろそろ帰ろうか。ここは俺に払わせて? 付き合ってくれたお礼」

 伝票が挟まった細いバインダーを手に、弥玖は足元に置かれた籠から自分の鞄を拾い上げ、すっと席を立った。

 返事をするタイミングを永遠に見失っていた詩音は、弥玖が横を通り過ぎるまで動けずにいたが、慌てて立ち上がり鞄を取ってレジへと向かう。

 すでに会計を済ませてしまったようで、詩音の顔を見るなり「もうちょっとだけ付き合ってくれる?」と、申し訳なさそうに尋ねてきた。