日曜日。三十分後の夜七時からコラボ配信が始まる。今回の配信は【水無月レオ】の枠で行われることになり、お互いに遅延があると良くないので事務所にある配信用のスペースで行うことになった。
事務所は駅から歩いて三分ほどの、五階建てのオフィスビル内の四階にある。真新しめのオフィスビルで、他の階もそれぞれ企業が入っているが、お互いに顔を合わせることはほとんどない。カードキーが階ごとにあり、エレベーターに翳すことでその階にだけ行けるような仕様になっているからだ。
「二人とも準備はいいかい? 機材は俺の方でチェックしておいたから設定も終わってるよ」
「ありがとう、彰兄」
「よし、じゃあやるか。よろしくな、レオ」
ぽん、と頭に手をのせられ、詩音は視線だけ輝に向ける。先日のカラオケ店でのやりとりもあり、輝とはそこまで緊張せずに接することができそうな気がした。
それは彼の性格がそうさせているのだろうが、詩音にとってはありがたいことでもある。会話や態度は一見適当な感じではあるが、意外と気を遣ってくれるからだ。
「よろしくお願いします」
ゲーミングチェアに座り手元に置いたスマホでセットリストと配信の流れを確認しながら、詩音は画面内でこてんと下を向いている【水無月レオ】に魂を入れる。その横に少し遅れて座った輝もまた、【如月らいと】として動き出す。
段取りとしては配信開始時はいつもの待機画面を表示し、一分ほど経ってから二人が並んでいる画面に切り替える感じだ。基本的な操作は詩音の方で行い、配信用のソフトと連動して、歌配信用に彰人が作成した音源を流すのは輝が担当することにした。
『こんばんは。本日の配信は事前に予告していたように、同じ事務所の先輩である如月らいとさんとのコラボ配信をお送りしたいと思います』
『どうも、如月らいとでーす。今回の配信はレオくんの枠だけでやるので、もしかしたら俺のリスナーも見に来てくれてるかもしれないから、仲良くしてあげてね』
画面から向かって【水無月レオ】が右、左が【如月らいと】。可愛い系の十五歳くらいの水色髪の少年姿のV体であるレオに対して、らいとは二十歳前後の切れ長の金眼と黒髪、長めの襟足が白のメッシュというカッコいい系のV体。衣装は白と黒を基調としたビジュアル系アイドル衣装だった。
真逆といってもいい容姿の二人だが同じ絵師がデザインしていることもあり、一緒に並んでも違和感がない。ちなみにその絵師とは詩音の姉の寧々であるが、事務所に所属している五人共、彼女が配信者の要望を聞いたうえでキャラのデザインを手掛けているのだ。
練習通りになんとかオープニングトークが終わり、一曲目に最近ネットで流行っている男性アイドルグループの曲が流れはじめる。それぞれが交互に歌い、サビで一緒に合わせる構成にしていて、曲によって前後を変えるような歌割になっている。
間のトーク、歌の間もコメントは流れ続け、コラボ配信ということもあってかいつもよりも視聴者数も多く、気付けば一万人以上の同接数に。予定は一時間だったが、アンコールも含めてすでに三十分オーバーしていた。
『聴いてくれてありがとう。さっきのが最後の曲だったんだけど……』
『あと一曲だけ歌おっかな~。みんな、今日はたくさんコメントありがとう』
『これが本当に最後の曲になるけど、聴いてくれるかな?』
レオの問いかけに、はーい! というリスナーからのコメントがひっきりなしに流れ出す。ゆらゆらと身体を揺らして嬉しそうな顔でうんうんとレオが頷くと、「かわいい~」というコメントも所々に混ざっているようだ。
『お前ばっかずるい! 俺のリスナーいる? 俺にもいつものやつくれるよなぁ?』
らいとは最初こそ陽キャな口調だったが、最後の台詞だけ低音イケボで煽ると、彼のリスナーだろう子たちからの「らいとくん愛してる!」というコメントが流れ出す。それに対してらいとの、
『俺も~』
というイケボだが棒読みで返すという、定番のノリがあるらしい。そのノリを知らないだろうレオのリスナーたちが「www」と連投しているが、らいとのリスナーたちも混ざって「棒読みヤバイww」「いつものやつ」とコメントをしていた。
『OKありがとな。じゃあ最後の曲は―――』
曲が終わり、エンディングトークも無事に終え、コラボ配信が終了する。
「おつかれ、ふたりとも。すごく良かった」
「おつ~。めちゃくちゃ良い感じだった。また一緒にやろうな、詩音」
「はい、ぜひお願いします」
ひとりでは歌うのが難しい曲に挑戦できたことも良かったし、なによりも輝のトークや進行が上手くて勉強になった。いつもの倍以上の視聴者、画面の向こう側にいるたくさんの人たちが同じ時間を共有している、という一体感も。
「この後軽く飲みに行きたいとこだけど、明日早いんだよなぁ」
「帰るなら送ってくよ。詩音を送ってからで良ければ、だけど」
「サンキュー、頼んだ」
彰人と輝は昔からの知り合い、ということだけ詩音は知っているが、なんだかそれだけではない気が最近はしている。
うーん、と首を傾げながらも持ってきた私物を整理して帰り支度を完了すると、白いトートバッグを肩にかけた。
(僕も、いつかクラスのみんなと仲良くなれるのかな? 緊張せずに話せるようになるといいな)
この数日、劇的に変わったことがある。
それは、ひとりでいる時間が減ったこと。
毎朝、あの結城弥玖がなぜか挨拶をしてくれるようになったこと。それに連動するようにクラスのみんなが話しかけてくれるようになったこと。
いったいなにが起きているのか。
その答えは、なんとなくわかっていた。
(……結城くんのおかげ、だよね?)
とはいえ。
こんなにわかりやすく変わるものだろうか。
帰りの車の中で、彰人と輝がふたりでずっと会話をしていた。そんな中、一通のDMに目が止まる。それは、以前から応援してくれていたリスナーからのもので。
『コラボ配信おつかれさま。レオの歌声が本当に好きだし、いつも元気もらってる。たくさんの人にレオの歌声が届きますように』
いつも配信後にメッセージを送ってくれる古参リスナーのひとりで、アカウント名も覚えている。
(僕の方こそありがとう……毎回くれるメッセージが励みになってるし、応援してくれるリスナーさんたちがいてくれるから続けられてるんだと思う)
嬉しい。
そんな風に言葉を向けてくれること。
ずっとみていてくれることも。
返信ができない分、配信で感謝の気持ちを伝えたい。歌で足りない言葉を補えるなら、その分たくさん届けたい。
詩音はスマホの画面を見つめたまま、自然と笑みがこぼれていた。



