その日の夜。
(リスナーさんたち、喜んでくれるといいな)
詩音はベッドの上で横になりながら、スマホを触っていた。【水無月レオ】のアカウントで作成したSNSに届いているDMを確認しながら、既読マークを付けていく。
最初の頃は数件しかなかったので返信を返していたが、今はそれが追いつかないため、既読だけに留まっている。それは事前にリスナーにも説明をしているので、
『いつもありがとう。今DM読んでるよ(^^♪』
と、全体に対してSNSでメッセージを打つ。常にチェックしてくれているのだろうか。その数秒後には、「いいね!」が数十件一気に付いていた。画面をスクロールしながら、とあるDMに指が止まる。
『今日も一日、レオの歌を聴いて頑張れた。次の配信はコラボって聞いて、すごく楽しみ。緊張するかもだけど、レオも楽しんでね』
古参リスナーの名前はちゃんと憶えていて。始めた頃からずっと応援してくれているので親しみもあった。返事を返せないのは残念だけれど、古参でも新規でもそれは一緒なので、特別扱いはできない。
「水沢は? 歌好きなの?」
あの問いがふと頭の中を過る。
(てっきり、なんでこんなとこにいるの? って訊かれるんだと思った)
あのやり取りを思い出したら、なんだか心臓の辺りがぽかぽかとあたたかくなる。
(結城くん……佐々原さんも言ってたけど、あの声は反則だよね? ASMRとかやったら喜ばれそう)
いやいやいや。
配信者目線で同級生を見るのはどうだろう。
だが輝が羨むように、一度聴いたら耳に残る、本当に良い声なのだ。
詩音とも輝とも違うジャンルの、声質。
(……結城くんは、そういうの興味なさそう)
自分のような者とは真逆の所にいる気がする。ちょっと会話をしたくらいで、自分も同じ位置にいるだなんて思わない方がいい。
片や男女問わずクラスの人気者。皆の王子様。イケメンで誰にでも優しくて頭も良くて、欠点など探しても見つからないような雲の上の存在。
片や友だちゼロのコミュ障。
当然、なにひとつ共通点などない。
わかっていたことだが、詩音はなんだか悲しい気持ちになるのだった。
■■■
翌日。いつものように登校し、いつもの時間に教室の前にやって来た詩音は、いつものように後ろに誰もいないのを確信した後、扉の手前で目を閉じ深呼吸をしてから教室の中に足を一歩踏み入れようとしたその時……。
「おはよう、水沢」
びくっと肩を大きく揺らし、ひゃっ⁉ と心の中で叫ぶ。ゆっくり振り向いてみれば、想像通りの人物がそこに立っていた。
「あ……えっと、」
「おはよう」
「お、お、おは……」
「うん」
「お、おは……よ……う……っ」
「うん、おはよう」
ええっと……と詩音はいつまでも教室に入ろうとしない弥玖を不思議に思い、ちらちらと見上げては視線を落とす。
(な、なんで結城くん、教室に入らないんだろう? ああ、そっか! 僕が入り口にいて邪魔なのかも)
詩音はすっと横にずれて、どうぞと言わんばかりに道を譲る。しかし弥玖は首を傾げていて、イマイチ意思疎通ができていなかった。上の方から視線を感じる。もしかして昨日のことを何か言われるのではないか、と不安で仕方がなかった詩音は、そのまま自分の席に直行することにした。
「おはよ~。昨日に引き続き寝坊? 珍しいな」
「まあ、そんなとこかな」
「優等生でも連続で寝坊するんだな……って、今までそんなことなかったじゃん」
「別に俺は優等生なんかじゃないよ。失敗することもあればダルいって思うことだってある。期待してくれてるのは嬉しいけど、実際なんでもできるわけじゃないしね」
そうなんだ……、と聞き耳を立てながら詩音は鞄を置く。よく一緒にいる姿をみかける同級生、中野颯太。弥玖とは中学からの同級生で、特に部活には所属していないようだ。
(確かに、いつもなら僕が教室に入る頃には席に着いてるイメージだけど。結城くんだって同じ高校生だもんね。寝坊することもあればイラっとすることだってあるのかもしれない)
そういえば、昨日はいつもとは雰囲気が違っている瞬間があった気がする。
(でもやっぱり、みんなに優しいのは間違いないと思う。僕なんかに挨拶してくれるのも、あんな風に言ってくれたのも、結城くんが気遣いのできる人だから)
でなければ、いくら同級生とはいえ自分などには声をかけたりしないだろう。
お昼休み。
いつものように教室の自分の席でお弁当を広げる。母親はお世辞にも料理が上手い方ではないが、末っ子である詩音に対する愛情はかなり強めだった。なにをするにしても褒めてくれるし、やりたいことを全肯定してくれる。そんな母親が作ってくれるお弁当は、見た目からしてめちゃくちゃ可愛らしかった。
(もう慣れたけど、女の子のお弁当でもここまでじゃないと思う)
蓋を半分開けたまま、今日のお弁当をそっと確認する。タコさんウィンナーにもウズラの卵にも目と口がついていて、刺さっているプラスチックの楊枝まで可愛い仕様になっていた。
「可愛いね」
上の方から唐突に降って来た声に、詩音は口から「ふわぁ⁉」と変な声が出たが、すぐさま口を塞ぐ。一瞬、周りの視線が詩音の方に向けられたが、すぐにそれは弥玖の方へと注がれた。
お昼休みが始まると同時に学食に走って行った前の席の子の椅子に座り、弥玖は特になにか言うでもなく、コンビニのロゴが入った袋を詩音の机の上に置く。その動作はどこまでも自然で、いつもやっているような錯覚さえ覚えた。
(な、な、なんで結城くんが僕の目の前に⁉)
詩音の席は後ろの方の真ん中辺りで、弥玖の席は窓際の列だった。詩音からは弥玖の背中や横顔が見え、特に意識しているわけではないがどうしても目が行く。それは弥玖が黙っていても目立つ存在であることが原因だろう。
「中野たち、今日は学食なんだって」
「……え? ええっと、ど、どうして、僕?」
「もしかして嫌だった? ひとりの方がいい?」
「……そ、そんなこと、ない」
「なら、良かった。別にいつも通りでいいよ」
と言われましても……?
しかし弥玖はそれ以上特になにか言うでもなく、スマホを手に黙々とおにぎりを食べていた。詩音は緊張しながらも、目の前でお弁当を食べるしかないと心を決める。なにがどうしてこうなったのか。弥玖にしてみればただの気まぐれだろうが、周りの視線はそうはいかない。
「結城くん、水沢くんと仲良かったっけ?」
「え~意外すぎない? 水沢くんっていっつもひとりでいるじゃん? 話しかけたことある子なんてこのクラスにいる?」
「あるけど、挙動不審っていうか。会話にならなかった記憶しかないけど」
「結城くん優しいから、ぼっちをほっとけなかったんじゃない?」
女子たちにいいように言われているが、詩音はそれどころではなかった。
(どうしよう! なにを話せばいいかもわからないし、話しかけられてもどう返せばいいか全然わからないっ)
そんな不安をよそに、その後も弥玖は特になにか話すでもなく、ただ同じ時間を過ごしたという事実だけが残った。
じっと見すぎていたせいで視線が重なることが何度もあったが、にっこりと笑みを浮かべて弥玖が返してくれるので、詩音はその度に恥ずかしくなって耳まで真っ赤になってしまうのであった。



