「やっぱり水沢だ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
詩音はフリーズしたまま、ドリンクバーの前で立ち尽くしていた。もちろん、他校の生徒を含め同じ学校の生徒たちとも鉢合わせすることはあった。駅前のカラオケ店はこの店舗のみで、学校帰りの生徒たちが利用するには当然だろう。
幸か不幸か、学校での影の薄さのおかげですれ違っても認識されることはなく、今まで一度も声をかけられるようなことはなかった。たとえ認識されていたとしても、あえて声はかけないのかもしれない。なるべく人がいないタイミングで部屋を出ているので、そもそも遭遇する確率は低かった。
それなのに……。
「誰かと一緒に来たの? 友だち?」
「え……っと、その、結城くん、も、カラオケ好き、なの?」
佐々原輝は友だちではないが、説明も難しい。登録者数が五十万人もいれば、【如月らいと】を知っている可能性だってある。
彼はマスクをしてはいるが顔出し配信もしているし、声というよりは話し方にも癖があった。とはいえ、推しでもない限りはさすがに本人だと気付かないだろう。
あえて質問には答えず、こちらから訊ねることで話題をそらしてみたが……。
「俺はあんまり歌は得意じゃないから、一、二曲歌ったらあとは聴いてるだけかな。水沢は? 歌好きなの?」
弥玖の問いかけに、詩音は思わず目を瞠った。
それは自分が想定していたものと全然違っていたから。
「あ……うん、好きだよ。歌うのは、好き」
「そっか。好きなんだ。どんな歌が好き?」
ドリンクバーで甘そうなアイスココアのボタンを押しながら弥玖が自然にそんなことを訊いてくるので、答えを取り繕う間もなく、「歌が好き」と口に出していたことに、詩音は驚いていた。
「えっと……」
「なにしてんの?」
詩音が戸惑いながらも言葉にしようとしたその時、トイレから出てきたのだろう輝がいつの間にか背後に立っていた。ドリンクバーの方を向いていた弥玖が後ろにいた詩音の方を振り返り、さらにその後ろに立っている輝を視界に映す。
輝は詩音の肩に腕を回して、自身の方へと引き寄せた。にっこりと浮かべられた笑みに対し、弥玖もいつもの王子様スマイルで応える。頭上で繰り広げられている牽制に詩音はまったく気付いていない様子で、ただ頭に「?」がいくつも生まれてしまってる状態だった。
「同じ高校の子? もしかして同級生?」
「はい。同じクラスなんです」
「ふーん。アイドル声って言われない? マイクのりのよさそうなめっちゃ良い声。そのビジュでその声は反則だろ」
は? と弥玖はキラキラした笑顔の仮面にピキッと亀裂が走るかのように、一瞬だけ表情が固まった。輝はけらけらと笑いながらそのようなことを言い、その横で詩音は声には出さなかったが「確かに……」と納得したような顔をしている。
「そんなことより、あなたは水沢とどういった関係なんですか?」
「なになに? あ、もしかして心配してる? まあ俺と詩音が一緒にいたら、カツアゲされてるようにしか見えないもんな」
輝は自分の見た目に自覚はあるようだ。全身ほぼ黒い服とシルバーアクセサリー。色こそ派手ではないが、立ち方や振る舞いが陽気なヤンキーっぽい。誰がどう見ても、友だちにはまず見えないだろう。
ドリンクバーはそれぞれの階に置いてあり、エレベーターを背にするように設置されている。チン、という音が鳴り誰かがこの階に下りたようだったが、輝は気にせずそのまま会話を続けていた。
「とはいえ、別に君には関係なくない? 俺と詩音が二人きりでなにしてよう、がっ⁉ って、いてててててっ」
「こら、佐々原。高校生相手に絡むなよ」
「あ、彰兄……っ」
二人の後ろに、いつの間にか彰人が立っていた。彰人は輝の右耳を掴んで詩音から引き剥がし、はあと嘆息しながらも指を放す気はなさそうだ。
「ごめんな、詩音。変なことされなかった?」
「だ、大丈夫」
「君もごめんね。えっと、」
「結城弥玖っていいます。同じ学校の同級生です」
「俺は詩音の兄の彰人。こっちは佐々原。俺の知り合いで、こういう奴だから気にしないでね」
急な仕事が入って遅れると言っていた彰人が絶妙なタイミングでやって来てくれたおかげで、一変して和やかな雰囲気に。詩音も身内がいるおかげで安心したのか、どこかほっとした表情になっていた。
「いえ。お兄さんの知り合いなら良かったです。俺はそろそろ部屋に戻るので。じゃあまたね、水沢」
「あ……う、うん、またね!」
詩音は急に名指しされ、慌てて答える。にっこりと弥玖は人当たりのよさそうな笑みを浮かべて手を振ると、部屋に戻って行った。詩音はぼんやりと立ち尽くしたままその背中を目で追うが、どうやら隣の七号室だったらしい。
「佐々原、ありがとな」
「言ってることとやってることが違うって!」
優し気で穏やかな眼差しで見つめ礼を言う彰人だったが、輝に即座に突っ込まれる。その指先は右耳を掴んだまま、放す気がないようだ。
「二人とも、打合せの進捗はどう?」
「うん、さっきひと通りの流れをやってみたけど……もう一回やっておきたいかも」
「よし、やるか!」
はい、と詩音は頷き、それから三人で部屋に戻った。本番は今週の日曜日。打合せができるのは、輝のスケジュールを考えると今日だけだった。
彰人の意見も取り入れつつ、一度といわず何度か本番を想定してリハーサルを繰り返し、十九時を過ぎたところで解散した。



