聴かせてよ、君の声を。


 ―――ひと月後。

 カラオケ店で突然告白され、それに対して詩音は「ともだちになってください」という逆告白をしてしまったわけだが、弥玖は快く承諾してくれた。あれ以来、学校にいる間も放課後も二人で一緒にいることが増えた。

「結城、最近付き合い悪くないか?」

 中野颯太は特に悪気はない口調でなんの気なしに二人を見下ろし訊ねてくる。お昼休みは当然のように詩音の席を共有して昼食を食べ、移動教室も一緒、放課後も一緒に帰るという仲良しぶり。

 最初は誰にでも優しく接してしまう弥玖に詩音が勘違いをしてくっついて回っているのだと思っていたが、よくよくその行動を観察してみれば弥玖の方が必要以上にかまっている気さえする。

 なんなら詩音の方が困惑しているようで、いったいなにがどうしてこうなったのかと首を傾げるしかない。その経緯でも教えてもらおうと、あえてあのように訊ねてみたのだが。

「そう? 放課後はいつも途中で分かれてたと思うけど」

 確かに部活をやっていた頃はほとんど別々で、退部して塾に通うようになってからは駅前までは一緒だが、その後は各々分かれて目的の場所に行くのが定番だった。

「にしても、べたべたしすぎじゃ……あんまりかまわれると猫だって嫌がるっていうじゃん? 水沢だってさすがに迷惑じゃ……」

 ただでさえ目立つ弥玖に対して、いるんだかいないんだかわからない存在感薄めの詩音。背の高い弥玖の後ろにいると、中野よりも背の低い詩音はさらに隠れて見えない状態になってしまう。

 現に、注目されることに慣れていないせいだろう。女子の視線がこの一角に注がれているのを感じてか、席で縮こまっている気がする。

「ぼ、僕は……嫌じゃないから、迷惑とかは、ない、よ?」
「そ、そうか? ならいいんだけどさ」

 俯きながらチラチラとこちらに視線を向けて、途切れ途切れだが会話が成立していた。

 これは弥玖と一緒にいたおかげだろうか。こうなる前まで、詩音がクラスの連中と会話を交わす場面など一切なかった。

 それがこうなってからというもの、女子たちが弥玖がいない時にかまいだしたり、男子も面白がって話しかけたりすることが増えたのだ。

 本人はどう思っているのかわからないが、一生懸命にこちらに応えようという姿勢に共感が持てるし、なんだか可愛いと思ってしまう。弥玖が詩音にかまっている理由も同じなのかもしれない。

「その前髪のアレンジ、結城がやったのか?」
「そうだよ。可愛いでしょ?」
「いや、可愛いけども。色付きのヘアピンとかつけて女子みたいじゃね?」

 元々長めの前髪に隠れていた瞳が意外とぱっちりしていて、眼鏡をしていてもはっきりとわかる。右側だけだが編み込まれて水色のヘアピンで留められており、俯いていても表情が良く見えた。

「そんなことないよ。似合ってるから大丈夫」
「いや、大丈夫の意味がわかんないし」

 机を挟んで反対側にいる詩音の前髪に触れて、ごく自然に整え直す仕草がまるで恋人にするような気の遣い方に見えて、中野は思わず凝視してしまう。そしてある疑問がふと頭の中を過ったことで、冗談まじりに訊ねてみる。 

「えっと、確認してもいい? お前ら付き合ってるとかじゃないよな?」
「付き合ってないよ、今のところは」
「お、おともだち……です!」

 ふ、ふーん、そうなんだー……、と二人の反応から空気を読んだ中野は、

(友だちの距離感、間違えてないか? 結城のあれは、完全に今後付き合う気満々だし。水沢はたぶん、自分が狙われてるのわかってなさそう……)

 と、友人の隠れ狼ぶりをひとり案ずるのだった。その内ヤンデレ王子と化しそうで、正直恐ろしい気持ちさえある。笑顔で「絶対に逃がさないよ」とか言い出しそうで。

「ま、まあ。うん、よくわかった。とりあえず、あんまり教室でイチャイチャしないことだな。女子たちがあることないこと妄想してるっぽいから」
「そうなの?」
「知らないけど……女子ってBL系好きじゃん? ネタにされないようにな」
「俺は良いけど、水沢が妄想されるのはちょっと嫌かも」
「どういう基準だよ」

 はあ、と肩を竦めて中野はこれ以上は止めておこうと「じゃあ俺は学食行ってくる」と言って、さっさと退散することにするのだった。

「中野もいなくなったことだし、ゆっくりお弁当食べな?」
「うん……もしかしたら、中野くんも一緒に食べたかったのかも」
「水沢は一緒が良かった?」

 目を細めて弥玖は机に右手で頬杖をつきながら訊ねる。

「ええっと……結城くんの昔からのともだち、なんだよね?」
「気を遣わなくても大丈夫だよ。中野は中野で他にも友だちいるから」

 そ、そうなんだ、と詩音は弥玖の含みのある笑顔を前に、この会話はここで終えた方が良いと悟る。最近では笑顔の雰囲気から、弥玖の感情がわかるようになってきた。

「それよりも、俺は水沢の声を聴いていたい」
「え……う、うん? 僕のなんかで良ければ」
「うん、じゃあいっぱいお話ししよう」

 にっこりと、小動物でも見守るように優しげな眼差しで微笑んだ弥玖の笑顔に安堵して。今日も今日とて二人で食べるお昼のひととき。

 友だち以上恋人未満な曖昧な関係。
 それでもいつか。
 "ただの友だち"から"愛しいひと"に変わったその時は。
 今度は自分から伝えよう。

 君が好きだと言ってくれた、この歌声にのせて。


〜完〜