聴かせてよ、君の声を。


 話しかけた時の、ちょっぴり嬉しそうなのにどうしたらいいか戸惑っている顔が見ていて飽きない。挨拶を交わすだけなのに、返ってくるまで早くても一分はかかる。女の子は少し苦手そう。前を向いた方がいいよ、なんて言わなければよかった。

 いつも下ばかり見ていたせいで、誰も気付いていなかった水沢詩音をみんなが知ってしまうことになる。髪の毛をセットして眼鏡をコンタクトに変えたら、間違いなく可愛い。

 偶然、詩音が眼鏡を外している場面を見た時に確信した。第一印象は顔や声というから、万が一にでも女の子たちに知られてしまえば大変だ。

 コラボ配信、悔しいけどすごく良かった。【如月らいと】は【水無月レオ】の魅力を思っていた以上に引き出してくれた。きっとまたリスナーが増えるだろう。古参リスナーとしては嬉しいの半面、またレオが遠くに行ってしまう寂しさもあった。

 詩音とレオ。
 同じなのに違う。

 レオはそのおひさまみたいな歌声で、たくさんのリスナーを笑顔にしてくれる。明日も頑張ろうという気持ちにさせてくれる。無条件で応援したくなるような不思議な魅力があった。

 見返りなんていらない。どんなに拙くても、その言葉が、気持ちが、ちゃんとこちら側に伝わってくる。この先も変わらない推しだ。

 詩音はちょっとだけ人と関わるのが苦手なのだろう。でも話してみれば自分と変わらないただの高校生。レオとはまた違う、なんだか放っておけない気持ちにさせられる。

 優しくしてあげたい。見守っていないと心配。気付けば目で追っている自分がいた。ひとりでいることが多かったので、最初は暗い子なのかなとも思ったが、そういうわけではなくて。

 単純に人と話すのが苦手なだけ。なにを話したらいいか、どう反応したらいいか。考えるのに少し時間がかかるだけ。ちゃんと待っていてあげれば答えは返ってくるし、なんなら待っている時間も楽しい。くるくると変わる表情が可愛い。

 この気持ちに気付くのに、時間はかからなかった。今まで自分から誰かを好きになることはなかった。レオは推しというだけで特別な感情があるわけではない。もちろん好きではあるが、あくまでもバーチャルな推しに対する二次元愛なのだ。

「……同性に突然こんな告白されても、困るよね」

 とはいえ、自分の気持ちを押し付ける気はなかった。どう考えてもこれは正常な感情じゃない。

「今まで自分から告白したこと、なくて。上手く伝えられないかもだけど」

 改めて、女の子たちはすごいなと思う。
 一生懸命に伝えてくれる想いを、もう何度となく断っておいて。

「好きかも、なんて曖昧なセリフ。逃げてるみたいでカッコ悪いね」

 固まって動かない詩音。レオが前に行きたいと言っていたカフェに一緒に行ってみたくて、放課後デート(詩音はそう思っていないだろうけれども)に誘った挙句、こんな密室で男に好きと言われ、絶句してしまうのも無理はない。

「もう一回リベンジさせて」

 横に座っている詩音の方を向き、真剣な眼差しで声で。ちゃんと気持ちを伝えなきゃと思った。

「俺は水沢が好きだよ」

 好きだよ、と口にした瞬間。耳まで真っ赤に染まった詩音を見て、愛おしく思ってしまった。

 ぎゅっとしたいけれど、相手の気持ちも大切。一方通行な想いを背負わせるのは酷だ。こういうのはきっと苦手だろうし、触れたらびっくりして逃げ出してしまうかも。返事は期待していないし、明日から避けられてしまう可能性だってある。

「それだけ言いたかった。ごめん、困惑させて」
「……あ、……えっと、…………その、」

 絞り出すような小さな声で、けれどもこちらを見つめたまま。詩音はなにかを言いかけては口ごもってしまう。膝の上で握りしめた小さな手が制服のズボンを握りしめていて、弥玖はいつものようにただ静かにその姿を見つめていた。

 なに? と問いかけるでもなく、ただ待つ。

「…………好き、かは……まだ、わからない、けど……でも、僕は」

 震える声で途切れ途切れに紡がれる音に、耳を澄ませて。

「…………嬉しい、……って、思った」
「………ホントに?」
「……結城くんが、ゆきしろさんだったのは、すごく驚いてしまったけど……僕、いつもくれるメッセージが、楽しみで」
「うん」
「僕の声、ちゃんと届いてるんだなって……」

 泣きそうになりながらも一生懸命に伝えてくれる詩音の純粋さに、なんとも言えない感情が揺らぐ。

「結城くんがくれるものは……ぜんぶ、嬉しくて。こんな僕と一緒にいてくれるのも、僕が答えるまでいつまでも待ってくれるのも、嬉しくて」

 この数日で、変わったものがたくさんある。そのどれもが弥玖のおかげで。

「だから、その、おこがましいお願い、かもしれないけれど……僕と、ともだち、に……なってくれますか?」

 好き、への答えにはなっていないかもしれないけれど。その上で、まずは勇気を出して最初の一歩を踏み出す。

「うん、こちらこそよろしくね」

 右手を差し出して、弥玖はにっこりと笑みを浮かべた。余裕なんてない。本当ならその言葉はフラれたも同然の常套句。けれども詩音にとっては違うのだと知っているから。

 気持ちがちゃんと届いていたことが嬉しい。受け止めてくれた上で考えてくれたことが嬉しい。特別になりたいし、特別にしたい。

 遠慮がちに触れてきた指先を軽く引き寄せるように握って。その手を放したくないと思ったのは、とりあえず内緒にしておこう。