俺は今凄く不機嫌だ。もの凄く不機嫌だ。多分、頭に活火山があったらとっくに噴火している。
あれだけ女子と話すなって言ったのに、蓮之助の野郎。
目の前で昴と優希が話している隙間から、俺は蓮之助を盗み見ていた。あれは、同じクラスの小林さんだ。クラスではそこそこ男子にモテる。長い黒髪に艶々とした唇。大きい目に長い睫毛。男から言えば「あの清楚さが良い!」らしい。俺はあの長い髪を耳にかける仕草が気に入らない。まさか、ああやって男を誘惑してるのか⁉
俺は立ち上がると真っ直ぐに蓮之助の席に行く。後ろで昴が「響?」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが・・・・・・ごめん、今は返事をする余裕がない。
「蓮之助」
名前を呼ぶと二人同時に振り返る。蓮之助は驚いたように俺を見上げていた。
「小林さん、ごめん。蓮之助の事ちょっと借りていいかな?」
満面の笑みを忘れずに告げる。が、心ここにあらずだ。
小林さんは「大丈夫だよ」と微笑んだ。この控えめな笑顔も男子からは人気だ。俺の笑顔と何が違うっていうんだ。
了承を得ると有無を言わせず蓮之助の手首を掴み「行こう?」と引く。呆然とした蓮之助は小さく「あ、あぁ」と返事をし、俺に着いてくる。俺は自分の席に戻ると変わらずの笑顔で昴と優希に蓮之助を紹介する。
「こちら伊坂蓮之助」
昴と優希は口を半開きにした状態のまま固まっていた。蓮之助は突然の事で気まずそうに苦笑している。
だろうな。いきなり紹介されたらそんな反応にもなる。
「知ってるけど・・・・・・」
沈黙を破ったのは昴だった。
「一年の時、同じクラスだったじゃん。昴は二年からだけど・・・・・・。俺は一年の時なんか伊坂と園芸委員会だったし、な?」
状況をまだ飲み込めていないようだったが、二人はいつも通り応えた。
あれ? コイツと優希って同じ委員会だったっけ?
「あ、あぁ。なんでも良かったから適当に選んだら、結構面倒くさかったんだよね。山本なんか朝練と水やりの日が被ってたし」
「そうそう、あれはマジで怠かった。絶対もう園芸委員にはならねぇ」
「うぇ~。俺も園芸委員だけにはならないようにしよう」
蓮之助が意外と昴と優希に馴染んでいることに俺は驚いた。
一年の時、同じクラスだったのに俺は勉強ばかりで蓮之助の事も優希が何の委員会だったのかも覚えてない。
―――俺は、何も知らない。
「あっ。ならさ、伊坂も俺達と昼飯食わねえ?」
昴は良い案を思いついたとでも言いたげな笑顔で提案してくる。蓮之助は小さく「え?」と呟くと、俺に視線を移す。綺麗に目が合うが心の中のモヤモヤとした気持ちが目を逸らせる。
「あー、ごめん。そうしたいんだけど昼飯は響と食べる約束してるんだ。相談したい事があってさ」
「・・・・・・・・・・・・」
そんな約束、もちろんしていない。
昴は茶化すように「何々? 恋愛相談?」と、蓮之助に肩を擦り寄せている。それを優希が「バーカ、やめろって」と持っていた箸ケースで軽く頭を叩く。
「ごめん。いつも三人で食べてるのに」
「いや、大丈夫! 俺はこのチャラ男とイチャイチャしながら飯食うよ」
そう言うと今度は優希の腕にしがみつき「ね、アナタ♡」とウインクする。そんな昴に反し優希は「やめろ、気持ち悪りぃ!」と藻掻いていた。俺は二人の夫婦漫才を見てから、蓮之助に視線を移す。蓮之助も俺を見ていたようで自然と目が合う。蓮之助は小さく笑い、何故か照れくさそうにはにかんだ。蓮之助の笑顔は不思議と俺の胸を高鳴らせた。
蓮之助は相変わらず菓子パン三つと紙パックの牛乳を持参して屋上に続く踊り場にやってきた。
俺は呆れた声音で「また菓子パン?」と訊く。蓮之助は笑うと「なら、俺の分の弁当も作ってよ」と言った。
俺は手を小さく左右に振り「嫌だよ。俺、料理出来ねえし」と答える。
「てか、優希と面識あるとは思わなかったわ」
「あぁ。だって同じクラスだったし・・・・・・。響が覚えてなかっただけだよ」
「うっ」
グサッと矢印を刺された気がした。人がさっきまで気にしてた事を。
俺達の高校はマンモス校ではないし、覚えようと思えば学年全員の顔と名前は覚えられる。けど、あまり人に興味がない俺はよく話しかけてくる人しか覚えてない。先生はちゃんと覚えてるんだけどな。点数稼ぎのために。
ハート型にカットされたハムを眺め、口に運ぶ。母さんはたまに変な所にこだわる。
「お前さぁ・・・・・・。お前はさ」
横目で俺を見ながらクロワッサンを貪る蓮之助を一瞥する。
「俺だけを見てれば良いと思う」
・・・・・・目の前に何かが飛んできた気がした。脳がすぐさま「これはクロワッサンの食べカスだ!」と反応し、反射的に避ける。
「汚っ! 口に入れたもん急に吐き出すなよ!」
「ゲホッ、ゴホッ! だ、だって真面目な顔で何を言うのかと思ったら・・・・・・ゴホッ!」
「あ? 変な事言ってないだろ」
蓮之助はまだ噎せている。・・・・・・これは、俺のせいなのか?
あまりに咳き込むものだから流石に心配になり「大丈夫かよ」と、俺は軽く背中を叩いた。しばらくして落ち着いたのか、牛乳をズズーッと音を立て一口飲むと溜息に似た息を吐く。
「やっぱ、嫉妬してた?」
「はっ? 誰が?」
「さっき小林さんと話してた時とか、山本と話してた時とか・・・・・・顔が不機嫌だった」
「そんな訳ねぇ! 最高の笑顔だったわ!」
「ふ~ん」
嫉妬? この俺が? ありえねぇ~。俺は異議申し立てますとでもいうように抗議の目を送る。蓮之助はそんな俺の睨みも意を介さずスマホを弄っている。
「小林さんとは委員会の話してただけだよ。俺、図書委員会なんだけどさ、図書委員って当番が決まってんだよ。貸し出しのやり取りする当番。今日当番だったやつが風邪で休みだから代わってほしいって頼まれたんだ」
貸し出しのやり取りをする当番・・・・・・。あぁ、あのバーコード読み込むやつか。
蓮之助はスマホを尻ポケットに仕舞うと幼い子供の頭を撫でるような優しい手つきで俺の頭を撫でた。
不思議だ。やっぱり胸がポカポカと温かくなる。
「俺が好きなのは響だけだよ」
耳許で囁かれ、顔がブワッと熱くなるのが分かる。俺は立ち上がり、ビッと人差し指で蓮之助を指した。
「当然! お前は一生俺を好きでいればいい! 離れられなくなれば良いんだ!」
蓮之助は目を瞬かせ、噴き出すように笑った。
「俺、とんでもないヤツを好きになったのかも」
「は? 喧嘩売ってんのか。やめとけ、俺は弱いぞ」
「はははははっ!」
俺達はその後もぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら他愛もない話をした。
そのせいで蓮之助は図書委員の仕事を忘れ、先生に怒られていたがこれは時間を忘れたいた蓮之助が悪い。俺はしっかり「ざまあみろ~!」という煽りを忘れない。
帰り道、不思議と蓮之助の男らしい手が気になり、俺から手を握った事や、それに驚き今まで見たことのない嬉しそうな笑顔を浮かべた蓮之助に俺の胸が壊れそうなくらい高鳴ったのは、きっと気のせいだ―――。
―――だって、そんな数日間一緒にいただけで人を好きになるわけないんだから。
動画を消してもらうため十一月三日までの我慢だ。きっと、そう・・・・・・。
