オモテの僕とウラの俺。


 ・・・・・・遅い。
 スマホに目を落とすと九時四十分を過ぎていた。待ち合わせは九時半のはずだ。互いに別々の所に住んでいて遅れるならまだ分からなくもないが、同じマンションだぞ。違うのは棟だけだ。普通は自分から時間指定してきたんだからアイツが何分か前に来て待つもんだろ。
 俺はTシャツの襟を掴み、自分の服装を見る。
 変じゃないか? デートなんて初めてだからどんな格好をして行ったら良いか分からなかったからいつもと代わり映えのしないシンプルな装いになってしまった。・・・・・・デート? いやいやいや、これは動画を消してもらうためだから!
「つか、マジで遅い。何してんだあの野郎」
 俺はマンション入り口から蓮之助が住むB棟に向かって歩き出した。今日は天気に反して涼しいからまだ良いものの、こんな近場で十分以上人を待たせるなんて何様だと思った。
 会ったらケツでも蹴り上げてやろう。
そんな事を思っていたらB棟入り口前に誰かがいる事に気付いた。
「・・・・・・!」
 思わず近くの花壇に隠れた。股下ほどの小さな花壇だから多分全身は隠しきれてない。俺はそっと入り口前にいる二人を見る。  
 あれは、蓮之助と・・・・・・誰だ? 遠くてはっきりとは見えないが下で黒髪をツインテールにし、ミニスカートを穿いた小柄な女がいた。
  まさか、彼女? 俺の事を好きって言ってたくせに? ・・・・・・はあぁぁ⁉
 俺は出て行きたい衝動を抑え、二人の様子を伺うことにした。蓮之助と女は何かを話しては笑っている。
 アイツ、笑うのか。俺が好きなら俺だけに笑ってれば良いのに・・・・・・。
悶々(もんもん)とするなか、女は蓮之助に手を振るとマンションの敷地内にある正面入り口とは逆方向にある入り口の方に走っていった。女の姿が見えなくなると、蓮之助はこちらに向かって歩いてきた。俺は小走りに駆け寄り、蓮之助の前で仁王立ちする。まるで少年漫画で追い続けた敵を目の前にしたかのようだ。
「響。ごめん、遅れ―――」
「遅せぇんだよ! このクソ野郎が!」
 ―――ドカッ!


 メニューを広げると、そこには色とりどりのパフェが写真付きで載っていた。
「ほぁぁ・・・・・・」と感嘆(かんたん)の声を漏らす。沢山ありすぎてどれにしようか選べない。胃袋が沢山あれば全部食べるのに。
「なぁ」
「なんだよ」
「まだケツ痛てぇんだけど」
「知らねぇよ」
 メニューから視線を逸らさず答える。
 よし、このプレミアムイチゴパフェにしよう。
「俺、決めた。このプレミアムイチゴパフェにする。お前も早く決めろよ」
 俺はバックの中から勉強道具を取りだしながらぶっきらぼうに言う。
「・・・・・・俺はこの季節限定のモンブランパフェにする」
 蓮之助はテーブルの隅に置いてあるタブレットを取ると、ポチポチッと操作をし注文をする。その間も視線はチラチラと俺の様子を伺っているのが分かる。多分、俺がなんで怒っているのか気になっているんだろう。
 悩め悩め。心の中の俺は悪魔的な笑い声を上げていた。
タブレットを元の位置に置くと頬杖をつき筆記用具を取り出す俺の手を掴む。俺はそれを振り解こうと手首を捻るが思った以上に力が強く振り解けない。しばらく無言の押し問答が続く。
「遅れたのは悪かったって。まさかあんなに怒るとは思わなかったわ。響は時間をちゃんと守るタイプなんだな」
 時間を守るタイプ? そりゃあ守るだろ普通。何か重大なことがない限り俺は遅れない。
 ―――ダンッ!
「じゃなくてっ!」
 的外れな回答に声を上げ、テーブルを叩く。思った以上の大きな音に店内にいた客の視線が一斉に俺達に集まった気がした。蓮之助も目をパチパチと瞬きをし驚いている。
「・・・・・・っ。あの女、誰?」
「女?」
「さっき一緒にいただろ。ツインテールでミニスカート穿いた・・・・・・。彼女いるのに俺と浮気していいんですかぁ?」
 俺は嫌味たっぷりに言ってやる。蓮之助は顔を(しか)め怪訝な顔をしている。
 しらばくれる気かコイツ。そうはさせねぇぞ。
沈黙を破ったのは「あっ」と声を上げた蓮之助だった。顰め面が何故かどんどんとニヤけ顔になっていく。しまいには片手で顔を隠し肩を振るわせ笑い始めた。
「あ~、納得。由美(ゆみ)の事か」
 はぁ? 名前呼びかよ。
「そうそう。その由美ちゃんとやらだよ。随分と仲良さそうで―――」
「あれ従姉妹」
「は?」俺は目を丸くし「従姉妹?」と蓮之助の言葉をそのまんま返す。
「母さんの弟の娘。普段は県外に住んでんだけどさ、Crystal(クリスタル)・・・・・・なんとかっていうV系バンドが隣町でライブするとかで、それを見に昨日の夜から泊まりに来てたんだよ。チケットが当たったんだってさ」
 従姉妹? V系バンド? ライブ?
 一気に気まずくなる。これは・・・・・・恋愛漫画や恋愛ドラマでよく見る勘違いってやつでは?
素早くノートを開いて顔を隠す。勘違いした事も恥ずかしかったが、一番は俺がまるでコイツの従姉妹に嫉妬したみたいじゃねぇか。
「なぁなぁ、嫉妬してくれたん?」
「し、してねぇし! つか、ノート引っ張んなし!」
 ノートを握る手に力が籠もる。蓮之助が執拗(しつよう)に引っ張ってくるからだ。非力な見た目してるくせに・・・・・・!
俺は益々(ますます)手に力を籠める。今、この顔を見られるわけにはいかない。絶対に真っ赤だし、揶揄(からか)われる。コイツのニヤけ面だけは見たくない! 
「あっ!」
 そんな事を考えていると、あっさりとノートを取り上げられてしまった。
「うっわぁ、思ってた以上に顔真っ赤」
「てめっ、見てんじゃ―――」
「お待たせいたしました。こちらプレミアムイチゴパフェのお客様」
「あっ、はい」
 そこへ運良く店員が来た。俺は満面の笑みを(たたえ)え手を上げると優しげな笑みを浮かべた店員が目の前にプレミアムイチゴパフェを置いた。俺はまたもや「ほぁぁ・・・・・・」と感嘆の溜息を漏らす。視線を前に向ければ蓮之助の前には期間限定モンブランパフェが置かれている。あっちも美味しそうだな・・・・・・。しばらく二つのパフェを交互に見比べるとパフェに感謝した。
 ありがとうパフェ。お前等に救われた。
俺は何事もなかったかのように蓮之助からノートを取り上げる。
「糖分って本当に頭に良いの?」
 この甘さ漂う幸せな空気をさっきの忌まわしい空気に戻さないように間髪入れず話題を変える。
「ん? あぁ、食べ過ぎは良くないけどな。リラックス効果とかあるんだってさ」
「へぇ、初めて知ったわ・・・・・・」
 俺はイチゴを口に運ぶ。口内に広がる甘酸っぱさがなんとも言えない。一口食べただけでも分かる。絶対最後まで美味しいやつ。
「・・・・・・親、厳しいの?」
「ん?」唐突な質問に俺は目を丸くする。疑問に思いつつも唇を舌で一舐めし、考える。
「いや? 普通だと思うけど」
「成績悪いと怒られるとか」
「ないない。明里なんか・・・・・・あっ。明里っていうのは俺の妹なんだけど、アイツなんか全く勉強してねぇけど怒られないし。強いて言うならテスト前に「勉強しなさい」って言われるぐらい」
 笑いながら首を左右に振る。事実、本当に父さんも母さんも全く厳しくはない。多分、世間一般的な普通の親だ。俺と明里を比べるような事はしないし、母さんは今さっき言ったようにテスト前に明里に勉強を少し促すくらいだ。父さんだって剽軽(ひょうきん)な性格だからか、成績に執着する人でもない。俺も明里も(主に明里だけど)成績が悪かったり、点数が落ちたからといって怒るわけでもない。
「ふーん。なら、なんでそこまで勉強ばっかしてるわけ? 良い人まで演じて」
 蓮之助の言葉を聞いて察した。
 なるほど。コイツ、俺が勉強ばっかりしてるから親が成績に関して五月蠅い奴だと思ってるんだな。あと、良い子にしてないと怒られるとか・・・・・・今でいう毒親ってやつ?
「良い成績とったら褒められるし、良い子を演じてたら何も言われないじゃん。だからかな」
「でも良い成績を取ったり、良い子にしてなきゃ怒られるわけじゃないんだろ? 息詰まんねぇの?」
 俺は思わずキョトンとしてしまった。
 息が詰まる? なんで? 良い成績とって良い子ちゃんぶってたら親だって鼻が高いだろ。
「なんで息が詰まんの?」
「家の中でも良い子ちゃん演じて、休める場所がねぇじゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
 口にフォークを咥えたまま考えた。息が詰まるなんて考えた事なかった。だってこれが俺にとっての普通だから。
確かに本音を言えないのはストレスだけど、深呼吸すれば多少は緩和されるし問題ない。
「色々溜め込んでるから表裏激しいんだろ。まぁ、俺はウラの我が儘で嫉妬深い響も好きだけどな」
「・・・・・・良い子の方がいいだろ、普通。・・・・・・てか俺、我が儘じゃねぇし嫉妬深くもない」
「自覚ナシかい。人間誰しも表裏があるものよ。もちろん俺もな」
 蓮之助は微笑みながらモンブランパフェを口に運んでいく。俺はそんな蓮之助の顔をじっと見つめては「コイツ、やっぱり趣味悪」と思った。もう一度、口内に真っ赤なイチゴを運ぶ。
『俺はウラの我が儘で嫉妬深い響も好きだけどな』
 そんな事、初めて言われた。俺の中で何かがジワジワと溶けていく感じがする。本来の自分を受け止めてくれる奴がいるなんて思ってもみなかったから、ちょっと嬉しい。ほんわりと胸の辺りが温かい。
「お前、趣味悪いけど良い奴だな」
「趣味悪いは余計だけどな」


「なぁ。俺の事、好きなんだよな?」
 腹がパフェで満たされた俺達は、次にそこの名物のナポリタンを追加で頼んだ。多分、俺も蓮之助も今腹がはち切れそうだと思う。あと食べる順番を間違えた。「口の中がモンブラン。先にナポリタン頼めば良かった」と言った蓮之助には大笑いした。まぁ、俺も同意見だが。そんな普通の出来事が俺には心地良かった。
「好きだよ」
 蓮之助は何を今更とでも言うように小さく笑い、答えた。
「なら、必要最低限の女子との会話は禁止な」
「え?」
「俺が好きなんだろ? なら、お前は俺だけを見てればいいの」
「・・・・・・もしかして、ヤキモチ?」
 腕を組みハッと鼻で笑う。 
「だーれがお前なんかに嫉妬なんかするかよ。勝手に女子と話しとけ!」
「いや、どっちよ・・・・・・」
 バカか。俺がお前なんかに嫉妬なんてするわけがない。
 俺は蓮之助を見つめ、妄想に(ふけ)る。相手は誰にしようか。あっ、ウチの学年のマドンナと言われている佐藤泉(さとういずみ)にしよう。蓮之助と佐藤が仲良く喋っている姿を思い浮かべる。それから手を繋ぎ、抱き合い、キ―――。
「やっぱダメ! 俺だけを見ろ!」
「えぇ・・・・・・?」
 意味なんかない。だって、俺がコイツとまともに話したのは脅しをくらった次の日の帰り道からだ。そんな短期間で人を好きになるわけがねぇだろ。気にもなりやしねぇ。
「分かった。っても、普段からあんま女子となんか話さないけどな」
「従姉妹とは仲良く話してたじゃん」
「・・・・・・従姉妹は別だろ」
「別じゃない、全然違う」
「めんどくせぇ~!」
「何にも面倒くさくねぇ。良いか? 本来の俺は我が儘なんだよ!」
「さっき『我が儘じゃない』って言ってなかった?」
 俺はケラケラと笑う蓮之助のケツを蹴り上げる。何にも面倒くさくない。俺が好きなら俺だけを見てればいい。
 ただそれだけだ。
「うん。知ってる。てか、それ胸張って言うこと?」
「言うこと」
 大きく頷くと、蓮之助はまた声を上げて笑った。何が可笑しいのか全く分からなかったが不思議と笑みが溢れた。