「響。さっきからスマホばっか眺めて何してるんだ?」
リビングのソファで横になっていると父さんが上から覗き込んできた。
「え? 俺、そんなにスマホ見てた?」
「見てた見てた。珍しいよね、お兄ちゃんがスマホ眺めてるの」
少し離れた場所から三つ下の妹、明里の声も聞こえた。半身を起こし、時計を見る。時計の針は既に午後二十時を回っていた。
「え⁉ もうこんな時間⁉ 課題しなくちゃ」
俺はソファから立ち上がり自室に向かう。途中、母さんに「夜食いる?」と言われたけど今の体重をキープしておきたい俺は断った。リビングからは父さんの「響は本当に勉強熱心だな」と感心する声が聞こえた。
そうだろ? だって息子が成績優秀であればあるほど親は鼻が高いだろ? 俺だって本当は他の奴らみたいに休日は勉強のことなんか忘れて色んな所で遊びたい。けど『青春は一度きり』という言われるように『人生も一度きり』なんだ。気を抜いたら、弛んで堕落した人生を送ってしまうかもしれない。
俺は良い大学に入って、良い会社に入って充実した人生を送るんだ。今はその階段を上っている最中なだけ。
―――ピロン♬
短く響いた着信音に俺は勢いよくスマホを手に取った。今のはトークアプリの着信音だ。
ロック画面から届いた通知を見ると蓮之助からだった。思わず顔が綻ぶ。帰ってきてからずっとスマホと睨めっこしていたのは蓮之助からメッセージが来るかもしれないと思ったからだ。
・・・・・・待てよ。もしかして、俺ってアイツからのメッセージ待ってた? ・・・・・・いやいや、それはない!
俺は心の中でそう断言するとアプリを立ち上げメッセージを開いた。シュポンッという軽快な音と共に画面に表示されたのはウサギのスタンプだった。ネコが木製の看板を持ち、そこには『こんばんわ』と書かれていた。アイツ、あんな澄ました顔してこんな可愛いスタンプ使ってんのか・・・・・・。
『明日、朝九時半。マンション入り口で』
・・・・・・『入り口で』、何?
俺はカッカッと音を立て文字を打つ。
『入り口で何だよ』
『入り口で待ち合わせ。近くにある Cafe Liebeでパフェ食べよう』
Cafe Liebe・・・・・・。確かマンションから徒歩十五分ぐらいの所にあるパフェが人気な喫茶店だったな。俺は机の端に山積みになっている教材を見て溜息をつく。
『無理。勉強しなきゃ』
そう送ると、もう一度溜息をつく。
本当は行きたい。俺は甘い物が好きだからパフェなんて甘党の俺からしたら魅力的だ。でも勉強しなきゃ・・・・・・。
シュポンッという音が数分も経たないうちに鳴り、画面に目を落とす。
『なら、一緒に勉強しながらパフェ食べよう。糖分って頭に良いらしいから』
糖分が頭に良い? 甘党な俺には魅力的な文だった。俺はすぐさま『OK』という犬のスタンプを返した。すると、すぐに軽快な音が鳴る。
『勉強も良いけどたまには息抜きしろ。頭爆発するぞ』
次に届いたのは犬のスタンプに対抗するかのようにネコのスタンプが送られてきた。スタンプには『また明日』と書いてある。俺は画面に表示された『勉強も良いけどたまには息抜きしろ。頭爆発するぞ』というメッセージに何回も目を通した。嫌な奴だけどコイツの言葉には何だか温かみがある。カッチカチに固まった氷を少しずつ溶かしてくれるような温かさ・・・・・・そんな感じだ。今までそんな言葉をかけられた事がないからそう感じるんだと納得する。
「息抜きか・・・・・・」
息抜きなんて最後にしたのはいつだろう? 高校は授業の進みが早いから入学してからはまともにしてない気がする。学年一位をキープするのも大変なんだ。俺はスマホの左斜め上に小さく表示されている時間を見る。もうすぐ二十一時だ。時間を眺めてから机の上に置いてある教材を再び見やる。
「息抜きも大事・・・・・・」
そう小さく呟くと椅子から立ち上がり部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。二十一時前に寝るなんて小学校低学年ぶりだろうか? いつもは平日、休日関係なく日付が変わるまで勉強しているから何だか新鮮だし、はっきり言ってしまえば早く寝れることに喜びを感じた。俺は遠足前の子供のようにワクワクしながら眠りについた。
―――チチチ、チュンチュンッ。
微かに聴こえる鳥の鳴き声に反応し、目を開けると朝だった。
カーテンの隙間から太陽の光が射し込み、光の筋だけが室内を明るくしている。
「久し振りにめっちゃ寝た・・・・・・」
久し振りの長時間睡眠は頭の中がスッキリしたように感じた。壁にかかったアナログ時計を見るともうすぐ朝の八時を回るところだった。俺はカーテンを左右に勢いよく開ける。照りつける光に反射的に目を細める。季節は確実に冬に動き出している。それでも時々、夏を思い出させるような暑い日もある。今日はそんな日な気がする。あの夏の暑さを思い出すと気が重くなるが今日はパフェの日だ。部屋から出るとリビングに向かいコップ一杯の水を飲んだ。父さんと母さんはいない。明里もいない。父さんと母さんはいつも七時半には仕事に行くから、もう家を出たのだろう。明里は多分、朝練。大きな欠伸をし、だらしなく腹を掻く。朝ご飯を食べようか迷ったがあと一時間半もすればパフェだ。久し振りに甘い物を堪能したい。そんな気持ちから朝食は食べずシャワーだけを浴びた。
